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メイとキールとアイシュ。この三人が一緒にいるのは、それほど奇妙なことではない。 ここが王都郊外の森の中で、今がシルフィスデート券争奪勝抜き戦の最中だったとしても、妥当な組み合わせのメンバーだろう。 「メイ〜、どこまで行くんですか?」 「やあねえ、アイシュ、決勝の場所までに決まってるでしょう」 「ふん。お前が優勝できるとは、とても思えんがな」 「うっさいわね」 「兄貴も兄貴だ。いくらメイに泣き付かれたからって、仕事を休んでまでこんなことに付き合う必要ないだろうが」 「いえ〜、今日は殿下が、王宮からもなるべく大勢参加するように、っておっしゃったんで〜」 (殿下…ご自分の参加を目立たなくさせるつもりでしょうが、逆効果ですよ…) と心の中で舌打ちするキールだったが、 「そう言うあんただって、珍しく研究ほっぽってここまで来たんじゃない。そんなにシルフィスとデートしたいわけ」 じと目で見るメイの言葉は少しも気にならない。 「確かに、シルフィスとのデートというのは魅力的だ。だが、俺の究極の目的はそんなことじゃない」 その顔は、なんだかにやりとしたように見えた。もっとも 「キールは、何か実戦で試してみたい魔法があるんじゃないですか〜」 アイシュにさりげなく突っ込まれて、一瞬狼狽の表情を見せるあたり、兄の前ではつい無防備になるようだ。 「キールってば、不純な動機で参加してるんだー」 「お前に言われたくない」 がーがーと騒ぎながら森の中を進んでいく三人。 実戦形式のはずなのに、あまり緊張感がなく、物見遊山か何かのように見えるのは、なぜなのだろう。 最初に標的に気付いたのはメイだった。 「あ、あれってノーチェでしょ? こんなところで見つけるなんてラッキー♪」 飛ぶように走って行くメイの後を追って、アイシュとキールも駆け出そうとしたが、はっと別の気配を察して、キールは足を止めた。 「どうしました〜?」 「いいから、兄貴はメイに付いててやってくれ」 キールが自分の目的を発見したらしい、と悟ったアイシュは、それ以上詮索せずにその場を立ち去った。 そのまま右手の木立の中を凝視しながら、キールは声をかけた。 「そこにいらっしゃるんでしょう、シオン様」 「よっ。そんなに思いつめた声出すなって」 ふわりとローブを翻して、木陰からシオンが姿を現した。 さっきまで、セイリオスやディアーナと一緒だったのだが、今は一人で休んでいたところだった。 「俺に構わないで、ノーチェんとこ行けよ。メイに油揚げ、さらわれるぜ?」 「この際ノーチェなんかどうでもいいんですよ」 キールの目がやけに熱っぽいので、シオンは苦笑いする。 この勝ち抜き戦、もちろんラスボスはノーチェなのだが、途中で会う者は皆ライバルなのだから、遭遇したら即対戦、が基本ルールでもある。 とはいえ、ノーチェがそばにいるのにわざわざシオンに挑んでくるのは、本来のあり方とは言えない。 「お前、会う奴会う奴全員を魔法の餌食にしてんのか?」 「まさか。せっかく実戦形式なのに、騎士団の筋肉バカ共とやり合うのは時間の無駄です」 ということは、キールのターゲットは魔導士ということ。 若き緋色の魔導士が日頃の研究を中断してまで魔法戦を挑みたい相手と言えば、一人しかいまい。 「あなたを探していたんです」 「そんなに俺に会いたかったのか? 嬉しいけど、男は守備範囲外」 「茶化しても駄目です。シオン様、これに参加した以上は、ルールに従っていただきますよ」 「俺、今休憩時間なんだけどなー」 「戦場でそんなこと言ってられないでしょう」 「確かにな。だけど、名乗ったり予告してから攻撃する奴も、戦場にはいないぜ」 軽い口振りだったが、キールは自分の甘さを指摘されたような気がして唇を噛む。 「では、予告なく攻撃させていただきます」 そのまま直ちに魔法を放つような馬鹿な真似はしない。それでは予告しているのと同じことだから。 寛いでいるように見えて一分の隙も見せず立っているシオンを前に、ゆっくりと呼吸を整えるキール。 静かな、しかし張り詰めた空気が流れる。 このまま師弟間の魔法対決が見られるか! と思いきや。 「あの〜お取り込み中申し訳ないんですけど〜」 遠慮がちな台詞のくせに、この緊迫した場面に割込んでくる度胸の良さ。 「何なんだ、兄貴…」 脱力しながら振り返るキールをものともせず、アイシュは続ける。 「メイがノーチェにやられてしまって〜…キールも来て下さい〜」 「そりゃあ大変だ、お前、ここでは嬢ちゃんの保護者なんだからな。すぐに行ってやれ」 シオンに「あっち行け」の仕草をされて、 (メイの奴、この場にいなくても俺の足を引っ張るのかあ〜っ!) キールのこめかみがぴくぴくと震えるが、アイシュの手前、無視する訳にもいかない。 「シオン様、俺は諦めた訳じゃないですから」 全くもって不本意というオーラを振りまきながら、渋々とその場を離れるキールの後ろ姿に手を振ると、シオンは軽く息をついた。 (やれやれ、無駄なエネルギーを使わなくて済んでよかったぜ) 今日のシオンには、戦闘に参加する気などさらさら無かった。 シルフィスとデートするために勝抜き戦だなんて、冗談じゃない。 本気でデートしたかったら、ノーチェの妨害なんか軽く突破して、自力でデートしてみせる。 (こんなのに真面目に参加するんだから、まったくセイルも頭が固いな) 頭が固いと言えば、今日、絶対に遭遇したくない男が一人いた。 ノーチェがこの辺にいるということは、そいつも近所にいるはずだ。 (真面目で融通が利かない奴ほど、こういう時に手に負えないんだよなあ) またしばらく気配を消して隠れていて、セイリオスに何かあったら助っ人しよう、と思いその場を立ち去るシオンだった。 こうして、注目すべき魔導士同士による魔法対決は回避された。 では、一方メイはどんな目に遭っていたのか。 野性の勘かと思われるような確かさで、メイはノーチェの居場所を察知していた。 キールたちを置いて走って行った小道の先には、同じようにメイの気配に気付いたノーチェが、彼女の到着を待っているところだった。 「やったー、みーつけたっ!」 「あなたねえ、もう少し気配を消すとか、考えた方がよくてよ」 ノーチェには切羽詰まった感じは微塵もない。むしろどこか楽し気にも見える。 「中途半端に消しても、どうせバレるなら同じじゃない」 屈託なく答えるメイ。手抜きのようでいて、実はなかなか分相応な考えだ。 「あたし、今日のことすっごい楽しみにしてたんだ。なんたって、思いっきり魔法がぶちかませるんだもんね♪」 「この私に魔法で勝とうと言うの?」 ノーチェの口振りは明らかに、それは分不相応な考えだ、と語っていた。 「やってみなきゃわかんないって」 メイの目がやる気に燃えている。 いつもなら、周りに人がいないかとか、十分な空間があるかとか、気にしなくてはならないが、今日は特別。 この森全体が戦闘可能区域だ。 人が死んだら困るが、多少の怪我はOKだし、森をふっとばしたって文句は言われないだろう……多分。 「いいわ、お相手してあげる」 青い目をメイから離さずに、ノーチェは左手で印を結ぶ仕草をする。 メイも身構えて息を吸い込む。 ようやくタイトル通りに魔法対決が見られるか! と思いきや。 ばこっ☆ 木々の間に鈍い音がこだました。 太陽の照り返しを受けて銀色に光るフライパン。 それを握り締めたまま、メイは、信じられないという表情を浮かべて前のめりになった。 「うそっ……なんで……」 一瞬のうちにメイの後ろを取ったノーチェの右手には、黒く輝く中華なべがあった。 「引っかけたつもりでしょうけど、甘かったわね。中国四千年の歴史を思い知りなさい」 「なんで……ここに……中華なべ……」 その言葉を最後に、メイは草むらで沈黙した。 代わって響いたのはアイシュの叫び声だった。 「ああ〜〜〜!メイ〜〜〜〜〜〜!」 途中で追いついて成り行きを見守っていた彼だったが、さすがにこうなると、倒れたメイのもとへすっ飛んできた。 といっても隠れていたわけではない。 「しっかりして下さい〜、今キールを呼んできますからね〜」 気絶しているだけで治癒魔法の必要もないと判断したが、ひとまず弟を呼んでこようと、ノーチェには軽く会釈だけすると、アイシュは走り去ってしまった。 「ちょっと……私のことは無視ってわけ?」 軽く首を振ってため息をついたが、すぐに警戒態勢に戻るノーチェ。ラスボスの自覚、十分である。 (あんまり一ヵ所にじっとしてると、あの男に捕まっちゃうわ) その人物とは、途中で戦闘したくなかった。 どうしても決勝で会わねばならない理由が、ノーチェにはあった。 ……彼が決勝に来ることに大金を賭けていたから。 周囲に気を配りながら、ノーチェは、事前に公開されている決勝の場へと道を急いだ。 そして今、アイシュとキールは、目を回しているメイの傍らにたたずんでいた。 「ノーチェを逃がしちまってよかったのか、兄貴?」 「まあ、今回は仕方がないですね〜、きっと第二回もあることでしょうし〜」 さすがにアイシュは大局的見地に立っている。 「…キール、抜け駆けはなしですよ」 ぽつりと漏らしたアイシュの言葉に、キールの身が固くなる。 「何のことだ」 「今日はシオン様がいらしたからこれで終わりましたけど、次回はこうはいきませんよ。優勝を目指すのか、メイをサポートするのか、はっきりさせて下さいね〜」 しばし無言でにらみ合う二人。もしかして、魔法対決が見られるのは、この二人だったのか……?
ただし、戦闘シーンを書く力がなくて、結局肩透かしになってます。 フライパンと中華なべのネタを思い付いたので、メイにも見せ場(?)が出来てよかったです。 実は終わり方に非常に悩んだのですが、同人誌用にお願いしていた智砂乃さんのイラストが先に届けられ、 そこに「メイを挟んでなんとなく火花を散らしているように見えるアイシュとキール」のイラストがありまして、 「これだ!」ということでああいうラストになりました。 同人誌の場合はシルフィス総もて風に作ってあるのですが、実際のところ、 シルフィスを奪い合ってると思ってもよし、メイを取り合ってると思ってもよし。 ということなんですが、メイファンの方々からの反響がよかったことからして、 どうもメイのトライアングルのイメージが強かったようです。 |