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「ふう、はぐれてしまったかな」 セイリオスは立ち止まって汗を拭った。 シオンやディアーナと共に、決勝の場所を目指して移動している途中だった。 シオンの提案に従って、雑魚戦を避けて迂回してきた。 そのせいで、随分と森の奥まで進んでこられたが、ここに来て、セイリオスは他の二人とはぐれて一人になっていた。 もっとも、たとえセイリオスの方で戦闘を回避しなくても、相手の方で彼を避けたことだろう。 そもそも、騎士団の特別野外演習という名目で行われているのに、王宮から魔導士たちの特別参加があるのはいいとしても、なぜ皇太子が自ら参加しているのか。 この演習の真の目的からすれば、その理由は明らかだ。 後々のことを考えると、平の騎士風情が、恐ろしくて皇太子の側になんか近寄れたもんじゃない。 自分がこうしてここにいること自体がヤバイということに気付いていないセイリオスが、 「戦う時は一人だからな」 自分の熱い覚悟を確認して再び足を踏み出した時、前方の木立の合間に、彼によく似た浅葱色の髪がひらめくのが見えた。 目指す決勝の相手、ノーチェだ。彼女を倒せば、そこで優勝が決まる。 セイリオスは走り出した。 森の中の少し開けた草地に、ノーチェが立っていて、走り込んでくるセイリオスに向き直ると、優雅にお辞儀をしてみせた。 「これはこれは皇太子殿下。このようなところでお目にかかれるとは、恐悦至極に存じますわ」 「ノーチェ、挨拶や皮肉は抜きだ。さあ、私と勝負してもらおう」 ノーチェとしては、追手を撒くように迂回して決勝の地を目指していたところで、ここで皇太子に遭遇するのは計算外だった。 これであいつに追いつかれてしまう。 直ちに作戦を変更するのが、プロのやり方だ。 「殿下ってわかりやすい方ね……でもまだだめよ。もう一人、ここに来るわ、もうすぐ」 ノーチェに言われてセイリオスがあたりの様子を窺うと、左手の木々の間に、レオニスが姿を現した。 レオニスはノーチェの気配を追ってここまでやって来たのだった。 「むっ…レオニス……」 「……殿下……ご無事で」 両者しばし無言。沈黙を破ったのはノーチェだった。 「で? どうするの? お二人のうち、勝った方が私と戦う? それとも、一人ずつ私に挑戦するの?」 その言葉に反応したのはセイリオスの方だった。 「レオニス、私が先に彼女を見つけたんだ。私の方に挑戦権があると思うが」 「了解致しました。お心のままに」 「あら、隊長さん、それで私を消耗させるおつもり? セコいわよ」 「殿下が勝たれる可能性もある」 そう言うレオニスの態度が余裕ありげに見えたので、セイリオスはかちんときた。 (おのれ、二人とも私が負けると思っているのだな……絶対に勝つ!) セイリオスの胸の内で燃え上がる炎を知ってか知らずか、ノーチェは微笑みかける。 「いいわ。皇太子殿下が先ね。私は公平な勝負がしたいの。剣と魔法、どちらがお好み?」 「剣で勝負だ、ノーチェ!」 つい剣を選んでしまったのは、傍らで見ていたレオニスへの対抗意識からだったのか。 この時セイリオスはノーチェの挑発に乗らず、自分は自分の流儀で剣も魔法も使う、と宣言すべきだったのだ。 全力を尽くすことが勝利への第一歩だったのに。 ノーチェVSセイリオス。勝負の行方は……詳しくは書くまい。 その場にがくりと膝をつくセイリオスに、ノーチェが追い討ちをかけるように言葉を投げつける。 「これ以上やっても無駄よ。降参なさったら?」 「くっ……まだだ……」 その様子を、レオニスは最初の位置から一ミリも動かないで冷静に見つめている。 セイリオスが剣を地面に突いてなおも立ち上がろうとした時、シオンが飛び込んできた。 「はいはい、そこまでーーっ! 勝負あったー!」 ノーチェとセイリオスの間に割って入ったシオンは、セイリオスに手を貸しながら、左を向いてレオニスを軽くなじる。 「まったくーー、やられるのを黙って見ているだけなんて、趣味悪いじゃねえかー」 (…シオン! 私はまだ負けた訳ではないぞ…!) 「これは一対一の勝負です。それに、殿下が戦意を喪失しておられるならともかく、まだ戦う気でおられるのに、妨げることなどできませんので」 (そ、そうだっ、勝負はまだこれからだっ…) セイリオスの叫びは、ぜえぜえという荒い息にしかならない。 当然彼の主張は無視され、話は次の対戦へと移っていた。 「それじゃあ、筆頭魔導士さん、こうして乱入して来たってことは、あなたが殿下の代わりに私と戦うってことかしら?」 「…いや、それは順番が違う」 初めて積極的にレオニスが発言した。 ここでシオンがノーチェと戦うというのは、彼にとっては認めがたかった。 そんなレオニスの意向を察してか、 「パス」 シオンは片手を挙げてあっさりと答えた。さすがにレオニスの眉が動く。 「シオン様、それは棄権ということになりますが、よろしいのですか」 「いーの、いーの。シルフィスとデートしたいのは山々だが、あんたと、このねーさんと、二人続けて相手するってのは、いくら俺でもちょーっときついからな」 (シオンが言うとあやしい台詞だ…) そう思ったセイリオスもかなりあやしい。 それまで立っていた木の陰から、レオニスはついと歩み出ると、ノーチェに向かって言った。 「では、私が相手だ」 ノーチェが唇の端を上げて何か言おうとしたが、そのまま一同は、動きを止めて周囲を窺った。 すぐに、数人の人声がすると、剣を提げた騎士たちが木々の間から出てきて、そして、その場の光景を見て硬直した。 「あっ、あの女…!」 「げ、第三部隊の……」 「え……皇太子殿下…?」 彼らは一瞬にして、自分たちが恐ろしい修羅場に足を踏み入れたことを悟った。 「安心しな。この隊長さんがここで一気に決勝戦をしてくれるってさ」 からからと声を上げてシオンが笑う。その言葉に、騎士たちの顔に安堵の表情が浮かぶが、 「駄目だ」 レオニスの一言で、一転、恐怖のそれになった。 「おやー、レオニス、順番が大事なんじゃなかったのかー?」 にやりとしながら混ぜっ返すシオンを一瞥すると、 「王宮の方々とは訳が違います。これは騎士団の特別野外演習も兼ねているのですから」 そしてレオニスは騎士たちに向かって、冷厳に宣告した。 「騎士に不戦敗はない」 これで彼らの運命は決まった。レオニスと実戦形式で戦ったら、明日の休暇は一日中ベッドの上だ。 がっくりとうな垂れる騎士たちを尻目に、ノーチェは 「決勝の場所で待っているわ、レオニス=クレベール。必ず来るのよ!」 そう言うと、身を翻し、たちまちのうちに森の中へと姿を消した。 ノーチェの奴、レオニスの優勝に金賭けてるな、とシオンは見抜いたが、口には出さず、 「んじゃ、俺たちも失礼するぜ。さ、セイル、長居は無用だ」 疲れきったセイリオスに肩を貸すと、その場に背を向けた。 後はどうなろうと、知ったこっちゃない。 背後から、情けない悲鳴と、どかばきっという音が聞こえたが、無視。 そのまま空き地を離れて、森の中の小道を抜けていくシオンとセイリオスの前に、今度は唐突にディアーナが現れた。 「シオン〜! 探したんですのよ〜! わたくしを置いてどこにいってたんですの?」 「…ディアーナ、声が響いて頭ががんがんする……」 「あっ、お兄様! どうなさいましたの? もう! シオンがついていながら〜!」 「へーへー、わるーございました」 (今度こそ、今度こそ、絶対に勝って、シルフィスと正々堂々デートするのだ……) 漫才のように騒いでいるディアーナとシオンを横目に、皇太子セイリオスは、第二回大会の開催協賛を、固く心に誓うのだった。
……変ですか? セイルというと、「無口で怜悧」(と取説に書いてある)なイメージだそうなので、 シルフィスのために熱血している殿下というのは、変なのかも。 でも、タイトルからして「闘う皇太子」なんだからさ! 殿下、タイトルロールですよ。 隊長VS殿下の直接対決がないだけでも、随分遠慮しているってもんです(誰に?)。 まあ私が書くんですから、間接対決の結果からしても、勝負の行方は明らかですがね。ふっ。 そうそう、「ぶっとび殿下とそれに尽くすシオン」の構図がここにもありますね。 |