第2章 街のざわめきが気になり楽しげな幻想からボーダーレスに意識が戻るとそこには日曜日の朝が既に訪れていた。 木製の格子でできた長方形の窓から見える太陽は燦々と煌めいている。 雲一つない快晴。 それを確認してから、木製のやや大きめのベッドからゆっくりと身を起こし、ウーンと一つ大きく伸びをした後シャワーを浴びるために浴室へと向かった。 毎日憧れの騎士になるために厳しい訓練を黙々とこなしているシルフィスであるが、はっきり言ってそれは若干15歳の身体にとってはかなり堪えているであろう。 まだ分化を終えていない未熟な躰でレオニスをはじめとする著名な騎士と同じ練習をしているのだから。 部屋の中では時折無意識に肩をグルグルと回してみたり首を左右に幾度となく傾けたりしている。 だが、週末の唯一の休日が来ると不思議とそんな毎日の辛さを忘れ、体力もすっかり回復しているのだ。 そしてシルフィスはこの事実を実感する瞬間がとても好きだ。 ひどい筋肉痛になることは珍しくもないのだが、歩けないほどに傷まないのはアンヘル種の持つ治癒力を知らず知らずのうちに行使しているのかもしれない。 (シルフィス自身魔法は使えないのでその力は微量なものではあろうが・・・。) とりあえず今日も元気である。 数十分してからバスタオルを身に巻き付け、シルフィスは自分の部屋に戻ってきた。 やがてハラリとその布を外し、素早く身なりを整えると、自分の机のスケジュール表をチラリと覗いた。 「今日は『外出』の予定になっていますね。本来は『補習』の方が効率がいい気はするのですが・・・。じゃあ、そうですね、神殿にでも寄ってみますか。」 目的はもちろん先日出会ったエルディーアに再び会いに行くためである。 シルフィス自身、他の女性にはない一種独特の魅力を彼女に対して敏感に感じ取っており、あの日以来もう一度会ってみたいといつも思っていた。 加えて、普段は騎士団宿舎の存在する王国の東側へはよく足を運んでいたが神殿がある西側へは見回り以外ではあまり足を運んだことがなく、じっくりと散歩してみたいという思いもあった。 シルフィスは休日人のごった返す広場を経由して、やや閑静な神殿前へと辿り着いた。 「コンコン」 ドアを軽くノックし、応答を待つ。 やがてドアが内側からゆっくりと開き、真っ白な衣装に身を包んだ小柄な少女が眼前に現れた。 「あら、いらっしゃいませ。シルフィスさん。お待ちしておりましたわ」 外で見たときとは若干イメージの違う感じがしたせいか一瞬驚いたシルフィスであったが、それがエルディーアだと認識すると例によって軽く敬礼をした。 「こんにちは、エルディーア様。約束通りお邪魔してみましたが今日はお時間ありますか?」 「あ、私との約束覚えていて下さったのですね。嬉しいですわ。どうぞ中に入って下さいませ。」 そういうと彼女はシルフィスを神殿内へと招き入れ、奥の小部屋へと誘導した。 「な、中はすごく広いんですね!」 シルフィスは自分の想像を超えた広大かつ神聖な空間を目の当たりにして、キョロキョロしながら声にした。 「ふふっ、騎士をなさっているとこういう場所には無縁でしょうから驚くのも無理はないかもしれませんわね。 ・・・あ、ごめんなさい。お茶入れますわね。」 小部屋に入ってしばらくして、香ばしいお茶が差し出された。 「さ、どうぞ♪」 「わざわざありがとうございます。」 シルフィスは普段経験しない、美しい女性と二人で共有する時間にやや照れた表情を見せるとそれをコクリと一口飲んだ。 「わ、とてもおいしいですね。」 「ありがとう。・・・この仕事を毎日していると私、色々な人に会いますのよ。いい人ばかりだと問題ないんだけど時々招かざる客が来たりしてね。ほんと困っちゃう。」 エルディーアはシルフィスの丁度反対側に座り、フウッと息をして小声で語った。 「そうなんですか・・・。世の中には悪い人もいますからね。私たちはなるべくそう言う人を取り締まってはいるんですけど。純粋に参拝が目的でなくて遊び半分でここに来る人が多いのかもしれませんね。」 「何が目的なのかしら・・・?」 「うーん、例えばエルディーア様自身が目的とか。」 少し冗談めいた言葉ではあるがシルフィスが言うと真実味を持って伝わってくる。 「えぇ!?だって私、そんなに美人じゃないし、つまらない人間なのに。」 「そんな事ないですよ。エルディーア様は本当に魅力的だと思います。お優しい感じがするし、それに神官らしい魅力をお持ちだと思います。」 「まぁ、お世辞のお上手なこと。ふふっ、でもそう言ってもらえるとすごく嬉しいわ。ありがとう♪」 エルディーアは若干紅潮した自分の顔を隠すようにシルフィスから目線を外すと、少し首を下げて静かに続けた。 「ねぇ、今度良かったら一日一緒に付き合って下さらない?それとも、やっぱり私じゃダメかしら?」 思ってもいなかったいきなりの提案にシルフィスは驚きやや体を硬直させたが、心は冷静にして答えた。 「もちろんいいですよ。来週は騎士団の特別訓練がありますから再来週なら・・・」 「じゃあ決・ま・り♪」 再びお互いの視線が合うと同時ににっこりと笑みを交わしあった。 |