甘い接吻
〜時代劇浪漫譚妖恋話−其之十一〜
(Written by 沙月 さま & さわ さま)


 
「お祭り、ですか?」
いつものように朝のお茶を若旦那レオニスの部屋へ届け、その場で「今日の仕事だ」と言われた内容にシルフィスは首を傾げる。
「でも……」
レオニスはフッと笑う。
生真面目なシルフィスのことだ、仕事中に遊びに出かけるのは悪いとでも思ったのだろう。
「確かに仕事だ、シルフィス。祭りには骨董の店も出る。中には掘り出し物もあるのだ」
偶に、とレオニスが心で付け加えたことは、シルフィスには内緒である。
「はぁ、そういうことですか」
安堵したような落胆したような複雑な表情で、シルフィスは息を吐く。
それを見透かしたように、レオニスは言う。
「もちろん、祭りなのだから、楽しまなくてはな」
「いいのですか?」
「ああ。そう振る舞った方が、いかにも同業者と思われなくていい」
「そういうものなのでしょうか?」
シルフィスにはまだ商売の駆け引きというものがよくわからない。
むー、と眉を寄せているシルフィス。
その様子を可笑しそうにレオニスは眺めていた。
 
 

祭囃子に人々のざわめき。
「賑やかですね」
祭りの雰囲気に浮かれるシルフィスを見ながら、レオニスは連れてきて良かったと思う。このところ、裏の仕事が忙しく、満足に休ませてやれないことが気がかりなレオニスだった。
夜、彼女をゆっくり寝かせてやればいいのではないか……しかし、レオニスにそういう気持ちは少しもないらしい。
「楽しいか?」
「はい、とても」
とにっこり笑うシルフィスの顔を、目を細めて見るレオニス。
「そうか」
「でも、掘り出し物ってなかなかないものなんですね」
朝の言葉を信じてあくまで仕事と思いこむシルフィスに、レオニスは苦笑する。
「そんなに焦ることはない」
ぽん、とシルフィスの頭に手を置き、その手をさりげなくシルフィスの腰に回す。
少し驚いた様子のシルフィスに、レオニスはフッと笑って言う。
「人手が出てきたようだ。はぐれるといけないからな」
「はい」
頬を染めて、シルフィスは俯く。
夕暮れ時、西の空は段々と茜を増していた。
しかし、祭りはますます賑わいをみせていた。
 

「旦那さまぁ、この飴おいしいですね」
歩き回って疲れてきた二人。シルフィスは灯籠の側に腰掛け、レオニスに買ってもらった飴をなめている。
「そうか?」
そんなシルフィスの側に立ち、彼女を愛おしそうに眺めるレオニス。
「あ、旦那さまは甘いものお嫌いでしたね」
思い出し、シルフィスは顔を曇らせる。
「ああ。だが……」
スッとレオニスの手がシルフィスの顎にかけられる。
「甘いおまえは食してみたい」
「だっ……」
シルフィスが抗議するより早く、レオニスはその唇を己のそれで塞ぐ。
「んんっ……」
シルフィスの口中に広がる飴の味を楽しむかのように、レオニスは舌を絡ませる。
「ふうっ……こ、こんな人の多い場所で」
人出の多い祭りゆえ、シルフィスは恥ずかしさに抗議する。
しかし、レオニスは平然とした顔で、手をシルフィスの首筋に這わせる。
「大丈夫だ、ここは露天の陰で誰も気が付くまい」
「だからってっ」
懐に差し入れられようとするレオニスの手を掴み、シルフィスは抵抗をみせる。
「ん? そんなに弱い力では私を退けられないぞ」
断固たる抵抗ではないと見てとり、レオニスは笑みを浮かべてシルフィスの耳朶を噛む。
「だって、さっきので……意地悪です、旦那さまぁ」
と、レオニスの動きが止まる。
「旦那さま?」
とろんとした目つきでレオニスを見たシルフィスだったが、彼の背の向こうに焦点を合わせてハッとなる。
「だ、旦那さま……」
ぎゅっ、とレオニスの腕を握るシルフィス。
レオニスは殺気が宿った目を細め、ゆっくりと後ろを振り返る。
「よう、にいちゃん。いいことしてるじゃないか」
祭りに浮かれて酒が入った浪人風の男三人が、二人を……正確にはシルフィスをいやらしい目つきで見ていた。
「何の用だ?」
押し殺した声でレオニスは男たちに訊ねる。しかし、酒に理性を奪われている男たちは、レオニスの怒りに気付かない。
「なぁにね、ちょっとそのねーちゃんを貸してくんねーかなっ、と思ってさ」
ひひひ、と笑う男たちに、シルフィスは身震いする。
「断る」
「なにぃ」
レオニスの返答に、男たちは意気上がる。なにしろこちらは三人、相手の男は一人。
酔っているとはいえ、腕におぼえのある三人が負けるとは思えない相手。
男たちはレオニスをただの気楽な大店の息子なのだと思っていた。
「シルフィス、下がっていろっ」
言うが早いか、レオニスの拳が手近な男の鳩尾に飛ぶ。
「ぐぇ」
男は呻き、その場に踞る。なかなか起きあがらないところをみると、内臓を痛めたのかもしれない。
「この野郎っ」
一人が小刀を抜き、レオニスに身体ごとぶつかっていく。
レオニスは難なく小刀から身体をかわし、その男の首の後ろに手刀を打ち込む。
「ひっ、つ、強い」
残った一人は、まだ分別があったようだ。
仲間二人がやられたと見てとると、顔を引きつらせ後退る。
「酔った勢いの夢、だな?」
レオニスが真顔で念を押す。
男は首を激しくたてに数回振ると背中を見せ、仲間を顧みずに逃げ出した。
「だ、旦那さまぁ、ひっく、怖かったですー」
泣き顔ですがりつくシルフィスの背を、レオニスは先ほどとはうってかわった優しい表情で撫でる。
「もう、大丈夫だ」
「ひっく、はい」
「とんだ邪魔が入ったものだ」
と言いながら、レオニスの手は背からゆっくりと滑り落ちた。
レオニスの意図に気付いて、シルフィスは逃れるように身体を引く。
「だ、だからって、ここで続きをしないでくださいっ」
「ここでなければいいのか?」
フッと確信犯的な笑みを漏らすレオニス。
「う……」
シルフィスは真っ赤な顔で俯く。
「……はい」
「そうか」
笑んだレオニスは、そのままシルフィスを抱き上げる。
「え?」
「お前が足をくじいたことにでもしておこう」
そう言って、レオニスはすたすたと門前の宿に向かう。
「連れが足をくじいたのだが、休めないか」
と宿の主人に話をつけ、込み合う客を後目にさっさと部屋に通してもらい、手当のまねごともそこそこに、シルフィスの着物を脱がしにかかる。
「だ、旦那さまぁ」
抵抗するシルフィスに、レオニスは真顔で言う。
「気にすることはない。宿の主人に後で虚言は詫びておこう」
「でも……あぁんっ」
そういう問題ではないのですが、と思いながら、次第に流されていくシルフィスだった。
 
 

……とにかく、祭りの夜は賑やかに更けていった。
 
 

おしまい


 
感謝の言葉

レオニスの計画的犯行(笑)にシルフィスは気づいているのかいないのか……。いい加減気づけよ(笑)。
何のかんの言っても結局断りきれないシルフィス。っつーか、もう若旦那レオニス無敵?(爆)
だいたい掘り出し物は見つかったのかレオニス……と読み終わったあと呟いてしまいました。
沙月さん、さわさん、どうもありがとうございました。
 

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