甘い接吻
〜時代劇浪漫譚妖恋話−外伝其之一〜
(Written by まりあ さま)
〜上様お忍びの巻〜
四之段
「これはまた別嬪さんがいらっしゃる」
ゴロツキの一人がリリアを爪先から頭の天辺までご丁寧に品定めをしてくれた。リリアは、黙ったまま男達を見詰めていた。その瞳には恐怖とか負の感情は一切感じられなかった。だが、男達は彼女がまるで震えて何時泣き出すか待っている様ににやにやと笑ったままだった。リリアの美しい顔が恐怖に歪むのを本当に待っている様だった。
「お嬢さん、わたくしめと茶でも致しませんか?」
男の一人がリリアの肩になれなれしく、手を置いた。
「お断りいたします」
リリアは、凛とコバルトブルーの瞳で威圧する。男は、その気品の高さに一瞬唖然とするが、直ぐにそれがますます魅力的に思ったのかますます馬鹿面で、リリアに言い寄り始める。
「連れない事を言いなさんなよ。こんな良い男達が一杯居るんだぜ?」
臭い息を吹きかけながら、リリアの顔に余計に近付ける。リリアは、少しだけ顔を歪めたが、それでもきっぱりと断りの言葉を投げ掛けた。
「わたくしは貴方がたとお付き合いする理由はありませぬ、どうぞお引き取り下さい」
その断り方が彼らには単細胞とでもいうのであろうか、カチンと頭に来たらしい。今まで笑っていた顔から怒りの顔へと変じていった。
「人が下手に出ていれば、良いから付き合え!」
かなり乱暴に肩を押し掴み、リリアの腕を引っ掴み強引に連れていこうとする。
「・・・言っても分からぬ方々の様ですね。申し訳ありませんが、致し方ありません」
リリアは、溜め息交じりに言うと、置かれた手の方の肩をずらす。掴んでいた男のバランスが崩れた。
リリアは、そのまま男の手を逆手に取り、一回転させ地べたに投げつけた。投げられた男は、一瞬何が起こったのかわからなかった。だが、回りのゴロツキ達は怒りに身を任せ、リリアを囲み込んだ。
「てめぇっ!!」
他の男達は、一斉にリリアに襲い掛かった。
リリアを探していたシルフィスは、境内の方へ足を向けていた。
何やら騒がしい気配に、彼女は気が付き、足を向けてみる事にした。そこで、彼女が見たものとは・・・。
リリアは、懐から取り出すと、何やら一気に組み立て始める。それは何と仕込み薙刀であった。ゴロツキも、それには一瞬唖然とした様であるが、男達も短刀を手に持ち始める。
「・・・参る」
リリアは、静かに言うと、そのまま駆け出す。最初に飛び出してきた男の脛に強烈な一発を食らわせた。器用に皆柄を遣い、全ては峰討ちを当てる。大抵の男ならば、薙刀を手にした彼女の前では叶うものは居なかった。なぜならば、薙刀は特にリリアが最も得意とする武であったからである。
その身のこなし方はまるで日舞を舞っているかの様に美しかった。都人と謳われる方ならではといった感じであろう。一瞬、その場に居たシルフィスも、見惚れるくらいであった。
「リリア様!」
そこに、シルフィスも飛び出した。
「・・・貴方は」
リリアは、一瞬目を見開いた。
「助太刀致します」
シルフィスが身構え、男達を睨み付けた。リリアは、それではと笑みを形どり、ゴロツキ達を相手に再び構えを取った。
決着はものの数分で、片が付いた。当然の如く、リリアとシルフィスの圧勝であり、ゴロツキ達は、無様にもその場で失神する事になる。
「奥方様、お怪我の方は?」
シルフィスが最後の男を叩きのめすと、直ぐにリリアに駆寄った。
「平気ですよ。ありがとうございます、シルフィス」
にこりと笑みを浮かべるリリアに、シルフィスは首を振った。
「お強いのですね、吃驚しました」
正直に感心した様に言うシルフィスに、リリアは、仕込み薙刀を折り畳み懐に仕舞い込むと、少々恥かしそうに目を伏せながら、はにかんでみせた。
「はしたない処をお見せいたしましたね」
「いいえ。とんでもありません。何処かでお習いになっていたのですか?」
「ええ、宮中に居る頃から少々・・・」
「そうなんですか?」
とてもじゃないが、少々などと言える立ち回りでは無かった。あれは、もう十数年以上その道を究めている様な動きだ、と武芸をたしなむシルフィスは感じ取っていた。
「・・・・実は幼少の頃より殿の元へ参ると心に決めた時からで学んでおりました」
卆無く襟元を正しながら、リリアは汗も呼吸もかかずに正直に応えた。
「上様を思うようになったのは何時頃からなんですか?」
そう問い掛けてから、シルフィスは余計な事を聞いてしまったかと思い、すいませんと謝った。リリアは、一瞬目を丸くさせたが、直ぐににっこりと笑みを浮かべてみせた。それから、少々長くなる話ですが、宜しいですかと前置きをすると、シルフィスは頷き返した。シルフィスも女性であり、そういった色恋沙汰には常々興味があったりもした、何よりも将軍の妻というファーストレディの馴れ初めには憧れもあって興味津々であった。
「・・・殿とお会いしたのは、丁度五つの時です」
そうして、リリアの話が始まった。
一方、レオニスとセイリオスは途中で合流し、今度はシルフィスが戻ってこないので彼女が行った方へ向かっていた。そして、境内の方へ足を向けると、そこで彼女達がいるのを発見した。そして、足元には無数のゴロツキの情けない姿も見掛ける事になる。だが、何か話をしている様なので、男達二人は出るに出られない状態で、暫く黙って見守る事にした。
そんな二人を知らずに、リリアは話が始まった。彼女のの話は以下の様であった。
リリアが内親王として生れ、五つの春である。まだ喪着(成人)もしておらず、父帝に連れられて都の寺の奉納行事に参列した際にまだ将軍の嫡男としてその行事に参列していたセイリオスと出会ったのだ。彼は、当時から優しく賢く、美しかった。彼女が出会ったのは丁度彼が庭先に出ていた時であり、リリアが父帝の行事の邪魔にならぬ様に手毬で遊んでいた時にその手毬が彼の元に転がり込んだのが切っ掛けだった。その時は子供であった為に、互いに気兼ねなく遊んでいたのである。それが切っ掛けで何度か出会い、文を交わしたりと交友を深めていた。何時の頃か、リリアは彼に対し淡い恋心を抱く事になる。そして、彼が後に将軍になる事、また自身の夫となる事を聞くと、自身が出来る限りの全ての物を学ぼうと心に誓った。教養も、芸術もどれも血の汗の滲む様な努力をした。
噂の様に別段才女という訳ではなく、乙女心の成せる業だったという訳である。
「・・・武芸も何か秀でるものが一つ欲しくて、薙刀を習い始めました。中々旨くいかなくて、困ったものです。まだまだ修行の身ですけど」
一番これだけは苦手なので、中々お墨付きが貰えなくて困ったものだ、と屈託なく笑うリリアは、正に恋する乙女だった。シルフィスはリリアを奥方様としてではなく、自分と同じ一人の女性として身近に感じ、またその献身的な姿が共感を覚えた。愛する人の為に少しでも近付ける様にしたいと思うのは、シルフィスも一緒だったからだ。
以前に感じたまるで武家の娘としての教育を受けたかの様な心構えがあったのも、それ故だったという訳か。影から見ていたレオニスは、そう納得した。一方、それを聞いたセイリオスは・・・。
「リリア」
彼は、黙っていることがこれ以上いられなくなり、自ら飛び出した。
「あっ」
彼女は、弾けた様に声のした方へと顔を向けた。彼女の視線の先には、何処か怒った様な夫の姿があった。
「殿っ?!」
「・・・私は薙刀を習っているとは聞いていなかったよ」
意外そうに呟きながら近付く上様に、リリアは悲しそうに目を伏せた。
「・・・殿にはお知らせしたくなかったのです。殿のお叱りはわかっていましたから」
「じゃあ、中々私の元に来てくれなかったのもこれもその一つのせいなのかな?」
リリアは、叱られた小犬の様に顔を伏せながら、小さく頷き返した。
シルフィスは、その後ろからレオニスが来るのに気が付き、彼の元に近付いていった。それから、奥方達の方の様子を心配そうに見詰めていた。
「全く君という人は・・・・」
呆れた様な、怒った様な口調でセイリオスが溜め息を一緒に言葉を投げかけた。
「・・・・・・・・殿、申仕分け・・・」
目を伏せるリリアの頭上に、セイリオスの手が挙がった。あっ、とシルフィスが声を上げる前に、セイリオスの手が振り下ろされる。瞬間的に、リリアは覚悟した様に静かに目を瞑った。だが、不思議と打たれる音はしなかった。かわりに、温かい温もりがリリアの体を包み込んだ。
「無茶をするんだね。・・・君が居なくなった時、心がそぞろではなかったよ」
「殿・・・?」
不思議そうに見上げるリリアに、セイリオスの菫色の瞳が細められた。
「君は何処までも完璧すぎて、・・・その、迷子になったりとおっちょこちょいな面もあるけど、私はそういう処も含めて、愛しているのだよ」
耳元に囁きながら、抱き寄せる。口説き文句もここまでくると甚だ気障になりがちであるが、そこはそれ美形の上様、様に成るという事だろう。
「・・・殿」
俯き、真っ赤になるリリアを抱き寄せながら、顎に手を掛け上向かせる。そして、その愛らしい唇に将軍の唇が正に落ちようとしたその時である。
ごほん。
小さな咳払い。
セイリオスが寸前で止まり振り向くと、黙ったまま見詰めるレオニスと目の遣り処に困っているシルフィスの姿があった。
「・・・・・」
「すまないな。・・・居るのを忘れていたよ」
「・・・っ!!」
リリアは、更に真っ赤になってあたふたと半ば混乱した様にセイリオスから離れようとする。だが、セイリオスは構わずに思いのほか強い力でリリアを押え込んだ。
「と、殿!?」
「気を利かせてどうやら退散してくれた様だ」
いいながら、再び抱き寄せる。リリアが気が付いた時には気を利かせたのか、レオニス達の姿は直ぐ側には無かった。そして、サービスにも、のびていた哀れなゴロツキまでも、見事に回収しておいてくれた様である。
「これで二人きりだ。存分に誰に構う事もあるまい」
「と、殿っ!」
困った様に顔を浮かべる奥方は良い加減に為さって下さいと小さな拳を軽く振り上げる。しかし、それも構わずに今度こそ思い切り新妻を楽しむ上様だった。
「全く困った御方だ」
上様夫婦の様子を遠目で見ながら、シルフィスを伴いレオニスは呟いた。二人のいちゃつき場面に、シルフィスは本当に目も当てられない程で伏せていたが、いつも自分があういう感じである事も全く分かっていない。
「さて、シルフィス」
何時の間にか、シルフィスはレオニスに抱き締められていた。
「旦那様?」
不思議そうに、恋人を見上げる。
「今日は要らぬ邪魔が入った。今夜はゆっくりとしたい。・・・付き合ってくれるな?」
「は、はい?」
未だに情況が掴めずに首を傾げる恋人に、レオニスは楽しそうに目を細めた。
「今宵は眠れないと思え」
「だ、旦那様〜〜っ!?」
シルフィスの抗議も空しく、その夜はレオニスによって毎度行われるお調べをされるのであった。
・・・・今日も今日とて、下町は平和な様である。
了
作者の言葉嗚呼、またこんな長いものを。しかも、前回と同じオチ(死)。すいませ〜〜ん、ちょっとリリアが評判良かったので、調子に乗って書いてしまいました。本来セイル(もしくは他のキャラ)にはファンタの三人娘以外は基本的に認めていません。ただ、もし彼に奥さんが出来るならば、こんな人じゃなくちゃ嫌と考えて作りました。
・・・しかし、結局似たものカップルな様です<若旦那と上様の処。
さーふぃさん、本当にごめんなさい(;;)それでは、逃げの準備OK(脱兎)。
感謝の言葉何をおっしゃいます、まりあさん(笑)。リリア大活躍の番外編、ありがとうございました。
仕込み薙刀とは、何というか、さすが茶目っ気将軍の手綱をさばく御台所。やはりいつの時代も女は強くなければ!物腰や言動は雅やかな姫宮ですが、その実夫を尻にしいてますね(笑)。管理人もこの姫宮さまをとても気に入っています。今後の活躍も期待したいです!