ひたひたと、闇の足音が迫ってくる。 それが果たして幾度目のことなのか、数えてみたことはなかった。そのようなおぞましいことが扉の向こうで行われているということを、想像するのすら汚らわしかった。そのために指を折ることなど、したくもなかった。時折、厚い扉を通して漏れるかすかな、嬌声とも悲鳴とも聞こえる声が彼に耳を塞がせる。それが、どう逃れてもそこにある現実を彼に突きつける。 どうして。 それは、彼にはあまりにも不可解なことだった。なぜ、彼はあの男に身を任せるのか。しかも、彼が望んで、だ。知らないわけはない、密かにあの男の元に書簡が寄せられる。その夜は、必ず彼は窓を閉め、緞帳を厚く引き、扉をしめて時を待つ。薄い夜着と、白いローブ。髪をほどいて、彼の訪いを待ち受けるのだ。 どうして。 彼は、王族の血を引かぬまま、皇太子の座に座ることをあまりにも恐れている。それを不敬と、いつも不安に戦いている。彼が青い血を持たぬという事実を知るのはほんのわずかのもののみ。父である王と、皇太子本人と、そして、自分。あの男がそのことを知るわけはないのだ。それは、あまりにもひた隠しにされた極秘事項。なのに、あの男はそのことを知っているかのように、彼を蹂躙する。彼がその血を厭い、自らの体を貶めようとするのを疑問に思わないのか。そして、躊躇いもなく彼が求める破壊への道を手助けしてやる。それは、一体どういう心持ちからなのか。 あの男は、その昔、王家に背徳を向けた存在だった。そのために牢につながれたことも、一時はその命を危うくしたことすらある。しかし、現国王がその剣の腕を惜しみ近衛騎士に取り立て、今は大尉という地位にいる。そんな王の酔狂も彼には不可解だった。そして、何にも増して理解できないのは、なぜ彼は、そんな背徳と忠義を合わせ持つような危うい存在に惹かれ、身を任せ、愛のない行為に溺れてゆくのか。そうやって、己を貶めるのをよしとするのはなぜなのか。 どうして、あの高貴の体をあえて穢そうとするのか。たとえ青い血が流れてはいないとしても、やはり彼は王だった。彼以外には考えられなかった。そんな彼に永遠の忠誠を誓うことも厭わない自分には、彼の焦燥はあまりにも理解できないものだった。 彼は、髪をかきむしる。 そこに幾許かの嫉妬があることを認めないわけにはいかなかった。それどころか、彼が今ここに立っていること、扉を通して彼の悲痛にさえ聞こえる声から耳を背けながら、それでも中の様子を確かめずにはいられない、そのことが彼を嘖む嫉視以外何ものでもなかった。彼は、自分のものだった。決して穢すことの出来ない、至高の存在。まるで磨き抜かれた宝石のように彼はそこにいて、自分は、その彼を守り、慈しみ、己自身よりも大切な存在として常に彼のためだけに動いてきたのだ。 彼に、劣情を抱いたことがないといえば、それは嘘になろう。しかし、それをよしとしたことはない。そんな穢れた欲望に彼を染めるなど、考えてもみなかったことだった。あの肌に手を触れること、唇を這わせて白い肌を赤く染め上げてゆくこと。それは、夢想の中ですら罪悪で、いつも自分のそんな欲望を常に押さえ込んできた。気づかないふりをしてきた。珠玉のように大事な存在。己の全て、自分の命そのもの。 そんな彼を穢したのだ、あの男は。きっと、あの白い肌を蹂躙し、赤い唇を吸い、秘められた下肢をはだけてその奥に潜む、彼には想像すら出来ないことではあったが、彼の欲望を愛撫して。そして、彼を嘖むのだ。彼の体を押し開き、あられもない姿をさせて、そして。 「……」 彼は呻いた。扉の閉まった、王宮の最も奥まった部屋の前、しかもそこには緑の茂る観葉植物が置いてあり、たとえ廊下の向こうからでも彼の姿を見るものはいない。それが、このような夜遅い時間でなくとも、だ。しかし、彼は自分の漏らした小さな声を憚るようにあたりを見回した。 夢想は彼を苦しめた。それならば、このようなところにいるべきではないのだ。彼を救う唯一の場所、夢の中に閉じこもって、一番鶏が鳴くまで出てこなければいいのだ。 しかし、彼はそうしなかった。彼の愛おしむ彼が、果たしてどんな声を上げるのか、どんなふうに組み敷かれるのか。一番見たくないものが見たいという歪んだ好奇心が、彼をそこに立たせた。しかし、それ以上のことは出来なかった。そして、彼はただ待った。 どれほどの時間が過ぎたのか、相変わらずの静けさの中、部屋の中で人が立ち上がる気配がした。それは迷わずまっすぐに扉の方へ向かってくる。彼は身構えた。 小さく金属の軋む音がして、扉が開く。そのわずかな隙間からは、彼の愛おしい、淡い色の髪を寝台に広げて死んだように動かない、彼の姿が見えた。 「………!」 出てきたのは、艶やかな黒髪を短く切りそろえ、近衛騎士のお仕着せをまとい、そして耳には血のように赤いピアスが視線を奪う、背の高い美丈夫だった。 「…シオン、様」 彼は出来うるかぎり、驚きを押し隠した声でそう囁いた。背後で扉が閉じて、彼の囁きはその音にほとんどかき消された。 「レオニス・クレベール大尉」 出来うるかぎりの皮肉を込めて、シオンは丁寧にそう囁いた。 「意外なところから現れるもんですな」 「……」 レオニスは、何も言わなかった。ただ、少々身構えた形でシオンを見た。 「何用がお有りでした、皇太子殿下の私室に」 「…あなたこそ」 非難を込めた視線で、レオニスは小さく言った。 「このような時間に、このような。のぞき見は感心いたしませんね」 「……っ…」 シオンはきっと顔を上げてレオニスを見た。その、恐ろしいほどに落ち着き払った表情が、シオンを限界まで苛立たせた。 「大尉こそ、一体何を」 レオニスは、薄く笑ったように見えた。シオンはそれに負けじと笑みを貼り付かせたが、果たしてそれがいつもの彼らしい表情になっていたかは分からなかった。 「…あなたには、関係ありません」 まるで、わざとシオンを怒らせようとでもしているかのように、レオニスは澄ました顔でそう言った。そして、本気でそう思っているということの証しに、レオニスの行く手を阻むシオンを押しのけて、前に進もうとした。 シオンは、体を張って、それを止める。そして、間近に迫ったレオニスを、じっと睨みつけた。 その唇は、彼に触れたのか。その指は、彼を愛撫したのか。その体は、その髪は。彼に触れたのか。シオンは、ざわりと体中を襲う悪寒から逃れられなかった。それが、レオニスの一方的な行為ではない、それどころか、それを求めレオニスを誘ったのはセイリオスの方であるという事実が、シオンを狂わせんとばかりに焦慮させた。 シオンの手が、レオニスに伸びた。 「……っ…」 レオニスは、驚いたようだった。シオンから逃げようと、顎を引き後ずさりをしたが、シオンは彼を逃がすまいとその胸倉を掴んだ。掴んだまま、重ねた唇の結合をさらに強くした。 「ん……っ…」 声を封じられて、レオニスが低く呻くのが、小気味よかった。苦しそうな声に、ほんの少し胸がすいた。 レオニスは、シオンの手を取って無理にそれを振り払った。乱暴に叩かれて、体のバランスを崩したシオンは少しよろめいたが、すぐに顎を上げて、レオニスの方を薄く笑いながら見上げることが出来た。 「下手くそ」 シオンは毒づいた。 「そんなんで、あいつを満足させてやれるのか?」 「……」 レオニスの体液を拭い取るかのように手の甲で唇を乱暴に拭い、シオンは言った。 「その程度で、殿下の褥に侍ろうなんて、ずうずうしい話だな?」 そして、吐き捨てるように鼻を鳴らし、再びレオニスに近づいた。顎を上げて、目を細め、セイリオスを抱いた、その体を見た。 「それとも、何か、別の魂胆があってか?」 挑戦的な笑みを浮かべてレオニスを見る。レオニスは、いつものポーカーフェイスを崩すことなく、じっとシオンを見下ろしていた。 「クレベール大尉は、意外と野心家だった、ってことか?」 レオニスの眉が、ぴくりと動いた。青の瞳が薄く嫌悪の色を帯び、そのことがシオンを喜ばせた。 「その体で権力を無心しようなんて言う輩だったとはな。忠誠が聞いてあきれる」 長く伸ばした髪を、首を反らせることで後ろにはね上げ、シオンは挑発的な言葉ばかりを綴った。 「王妃殿下を懸想したのも、今またその息子に手を出したりなんかしてるのも、結局はその野心のためだったんじゃないのか?」 レオニスの怒った姿なぞ、見たことはなかった。いつも、心の内を押し隠しているような無表情の、その心の色を読み取るのは難しく、それがいつもシオンを苛立たせていたのだ。 しかし、今のレオニスは明らかに怒りを浮かべていた。シオンの言葉が、レオニスを逆上させている。そのことが、ほんのわずかな復讐となったかのように、シオンはほくそ笑んだ。 「人の心につけ込むような、人の風上にも置けんやつ」 シオンは吐き捨てるように言った。 「こんな男が、大尉だなんて…」 言葉は最後まで綴られなかった。シオンはその頬を殴り飛ばされ、さきほどくちづけを振り払われたときよりも激しく体の均衡を失った。しかし、床に膝を突きはしなかった。寸でのところで持ちこたえ、殴られた頬の痛みをこらえるように歯を食いしばった。 「…そう言うやつなんだな、お前は」 わずかにくぐもった声で、シオンは言葉を続ける。 「言葉が通じなくなったら、暴力か。それが、殴るか抱くかだけの違いじゃないのか?」 レオニスの怒りは、まだ解けてはいない。それどころか、その青の瞳はますます怒りの炎をあげ、憎々しげにシオンを睨みつけていた。 「お前の望みは何だ。はっきり、口にしろよ。権力は、地位か?お前の、その聖人君子ぶった顔なんざ、見ていて吐き気がする」 「…あなたには、分からん」 レオニスが重く言った。 「私が何を望んでいるかなんて、あなたには分からない」 「ああ、分からんね」 シオンはなおも毒づいた。 「分かりたくもない」 二人の視線がかち合った。まるで、お互いを射殺さんとでも言うような、二つの燃え上がる眼差しの応酬は、その刹那、そこに聞こえた声にかき破られた。 「…レオニス…?」 それは、扉の向こうから聞こえてきた。セイリオスの声。それが遠く、くぐもった声なのは、きっと彼がまだ寝台の上にいて、起き上がっての言葉ではないからなのだろう。それでも、扉の向こうにある人の気配には気づいたのに違いない。 「いるのか…?」 セイリオスの声が薄く聞こえる。シオンは、いきなりレオニスの首に手を回した。そして、彼がそれに抗う前に、再び彼にくちづけた。 「………」 二人の息が絡み合い、シオンが伸ばした舌がレオニスの口膣に吸い込まれた。彼の歯の隙間を縫って、シオンがその中を嬲る。レオニスがそれに抵抗しようとしても、まるでやっと捉まえた獲物をとらえて離さない、毒蜘蛛のようにシオンはレオニスの唇を貪った。 「…あいつが、出てくる」 シオンは囁いた。 「こんなところ、見られたらお偉い大尉閣下はいかがなさるのかな」 嘲笑うように、シオンは言った。吐息に絡んだ声は、レオニスの眉をひそめさせる。 「お前の愛おしい殿下に、こんなふうに別の男と乳繰り合っているところなんか、見られたらどうする?」 レオニスの手が、シオンの腰に絡んだ。ぐいとそれを抱き上げられ、シオンは一瞬息を奪われた。 「お前が、どう言い訳するのか、見たいもんだ」 シオンの歯が、彼の舌に引きずられたレオニスのそれに噛みついた。わずかに血の味が広がる。それに呼応したように、レオニスはシオンの腰にまとわりつく衣装をかき分け、彼の素肌に手を差し込んだのだ。 セイリオスの声は、それ以上近くはならなかった。先ほどシオンが見たように、まだ寝台の上から動けないのだ。男の身で男に抱かれること、その衝撃はいつになっても慣れるようなものではないことを、シオンは身をもっては知らずとも想像は出来たから、それを無理からぬこととしか思わなかった。 「…私には、どうでもいいことだ」 レオニスの手が、シオン自身に絡む。シオンはわずかに息を飲んだが、すぐに彼らしい落ち着きを取り戻した。 「…口止め、か?」 それが、果たして愛撫と呼べるものなのか、誰にも分からなかったに違いない。レオニスの手は荒々しく、同じ性の欲望の源を弄り、同性であるからこそ知り抜いた性感を確実に押し上げていく。 「……う、っ…」 シオンは唇を噛んだ。せり上がってくる快楽は、たとえそれが誰よりも厭う男の手から生みだされたものであるとしても、肉欲という側面からは何の関係もないことらしい。シオンの半身はたちまちにその首をもたげ、レオニスの手の中で透明の滴をこぼしさえした。 「………」 レオニスの、嘲笑が聞こえた。耳元でほんのわずか、漏らされただけのそれはシオンの頬を染めさせ、そしてシオンは自らも手を伸し、今レオニスが弄ぶ、己自身と同じものが宿るそこへ滑り込ませたのだ。 「…これで……」 シオンの呟きは、レオニスにさえ聞こえないものだった。レオニスは、わずかに首をかしげたが、すぐに興味を失ったかのように、シオンの言葉に耳を貸そうとはしなかった。 「これで、あいつを……?」 それが、ほんの一時前にはセイリオスを貫いていたのだ。その時、彼はどのような表情を見せたのか。どんな声を上げたのか。どんなふうに瞳を潤ませて、彼を愛してもいない、ただ肉欲のために己を貫く男の体を抱きしめたのか。 セイリオスの顔が、よぎって消えた。 「は、ぁ……!」 レオニスの手の中で、シオンが弾けた。どろりとその手のひらを汚し、シオンはわずかに肩で息をした。 「あなたが、こうしたかったんでしょう」 まるで、なにをかも知り抜いているような口調でレオニスが言った。 「あなたが、こうやって殿下を…」 「言うな…!」 揺れる息の中で、シオンが言った。 「俺が、そんなふうにあいつを見ているとでも…」 「違いますか?」 レオニスの嘲笑は、シオンを我慢ならないくらいに苛立たせた。手の中に包み込んだレオニスを力任せに扱くと、やはり明らかな反応があった。 「教えて、あげましょう」 彼にしては珍しいくらいに、レオニスはたくさんの言葉をシオンに放った。 「こうやって、殿下を抱くんです」 腰を抱いた手をずらし、シオンは片足を持ち上げられた。開いた腿の間を縫って、レオニスの指が、シオンの秘門にたどり着いた。先ほど彼の手を汚したシオン自身の精をそこに塗りこめ、シオンが引きつった息を吸い込むのを面白そうに眺めながら、一気に指で貫いた。 「は……っ…!」 シオンの歯が、ぎりぎりと音を立てた。そんなことには頓着しないとでも言うように、レオニスはそのきつい締めつけにも構わずに、ただ力任せにシオンの体を押し開く。シオンの、片足だけで立たされている体ががくがくと震えた。 「あの方は、もっと艶めかしいお顔を見せて下さいますが」 レオニスは、そんなシオンの耳元に囁きかける。 「…あなたには、無理ですか」 「な、にを……っ…」 シオンの唇が切れて、その顎に一筋の赤い線が描かれた。それを見たのか見ていないのか、レオニスはシオンの耳に吹き込む言葉を途切れさせようとはしない。 「殿下は、ここをこうされるのがお好きなんです」 レオニスの指が最も最奥に突き刺され、そこで遠慮もなしに蠢いた。無理にこじ開けられた痛みを全て補うような、邪悪な快楽がシオンの脳裏を貫いた。 「は、ぁ、っ……」 ゆるゆると、放ったばかりのシオン自身が再び立ち上がる。それを、もう一つの手で乱暴になでさすり、レオニスは貫く指を予告もなしに二本に増やした。 「が、ぁ……っ…」 シオンの咽喉を、苦痛の声が破る。 「あなたも、殿下と同じ…?」 「う、ぐぁ……」 シオンの腕が、せめてもの復讐とでも言わんばかりにレオニスの首を締めつける。それにレオニスはわずかに眉を顰めたものの、だからと言ってシオンを嘖むことをやめようとはしなかった。 「そして、何よりも…」 レオニスの指が引き抜かれた。解放された責め苦にシオンがほっと息をつく。しかし、それは長くは続かなかった。シオンの手の中からレオニス自身が逃れ、そしてそれが解きほぐされたばかりのシオンの体の入り口に押し当てられた。 「……ぁ……」 それが、このような場所でなければシオンの咽喉は絶叫にかき破られていたのかもしれない。しかし、シオンにはまだそれを押しとどめるだけの理性はあった。そして、その分体の受けた衝撃はレオニスを受け入れたその場所に集約され、レオニスはその締めつけに眉を顰めた。 「これが、お好きなんです」 「き、さま……っ…」 身を襲う苦痛よりも、セイリオスを貶めるその言葉が許せなかった。そして、その言葉一つ一つにセイリオスの媚態を妄想し、それゆえにさらに燃え上がる自分が何よりも許せなかった。 「あの方も、そんな顔をしてらっしゃいましたよ」 レオニスがシオンの腰をつかみ、乱暴にゆすり上げる。その度にシオンのかみ殺した声が上がった。 「もっとも、あの方はもっと艶っぽい顔をなさいますけど。時折、男だということを忘れるくらいにね」 「き、さ……まぁ……っ…!」 シオンの声はかすれて聞き取りにくく、それでもレオニスの言葉に憎々しげに非難を浴びせているのだということだけは分かった。 「何よりも、あの方は、好んで私に抱かれるのですよ?」 最奥を容赦なく突き上げ、二人の下腹部に擦られるシオンが限界を訴えて大きく張りつめる。そして、それはシオンの中でそのきつい締めつけに耐えるレオニス自身も同じだった。 「私に抱かれたいと、自らおっしゃるのですよ」 「ぁぁぁっ………!」 その言葉がきっかけだったのか、それとも与えられる物理的な刺激がそうだったのか、シオンは再びその精を放ち、そして彼の体の中にはレオニスのそれもがまき散らされた。 「あ、ぁ………」 レオニスの精が、彼がシオンの中から出ていくのを助けた。突き立てたときよりもはるかに滑らかに戒めは解け、そしてレオニスを締めつけたシオンの腕は力を失ってほどかれた。レオニスは、あっさりとシオンの腰を抱く手を解き、そして彼の体は冷たい床に投げ出された。 「…しばらくは、動けないと思いますよ」 冷たく、レオニスは言った。そんな彼を睨み上げ、シオンの視線にレオニスは薄く微笑んだ。 「これが、あなたの求めていたものですか?」 レオニスの言葉に、シオンは視線では反抗した。しかし、その体は無理にこじ開けられた衝撃で、立ち上がることも出来ない。 「こんなことで、殿下とのつながりを得ようと…?」 シオンの顔に、暗い影が走った。レオニスが体を屈めて座り込むシオンに顔を寄せ、そして、小さく囁いた。 「あなたは、間違っている」 「レオニス…!」 小さな歯ぎしりと、レオニスが体を起こすのは同時だった。 「あなたともあろう人が。こんな醜態を晒してまで、何を求めるのか」 シオンは、それでも許されるかぎりの声を上げた。 「お前には、分からん……。俺の、気持ちは」 レオニスは、もうそれ以上の言葉を待たなかった。きびすを返し、月だけが彩る暗い廊下にかすかな足音を残した。 全ては茶番でしかないと、呟いたのはどちらの口だったのか。 |
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