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『 博多にっき 』
― ファンキーやけん、博多たい!! ―


博多慕情

平成12年 冬 <第八章 〜家へ帰ろう〜>


私は家が好きなのか?というか、家の中にいるのが当たり前の感じがする。
うちの母は結構厳しくって、小学校のときも外に遊びに行くとよく小言を言われた。
だから、家で勉強するふりしてぼんやりしていた。

中学になると、母は仕事が忙しくて夕方まで家にはいなかった。
じゃ、思う存分遊んだかというと、ここぞとばかりに家でぼんやりした。
中学ぐらいになると子供が遊ぶのにもお金を使うようになる。
でも、うちは「子どもにお金は持たせない」という主義だったので「おこづかいナシ」。
だから友達とお買い物なんて風に華やかに遊ぶことはできないのだ。

高校になると私は進んで遠い学校を選んだ。
バスで天神まで。そこから地下鉄で学校というドリームコースだ。
お金はなくとも、毎日定期券で繁華街通いというわけ。我ながら、あっぱれな作戦だった。
それまで私の中に眠っていた欲求がここでやっと花開いた。
本屋へ行ったり、デパートうろうろしたり、雑貨屋さん行ったり。
部活があるので多少帰るのが遅くなっても構わなかった。放課後は有意義だったなぁ。
でも、休日は相変わらず外出禁止だった。日曜は月に4回しかないのに・・・。
定期あるから簡単に出掛けられるんだけどなー。
2週連続日曜に出掛けるのは色々と言われるので、隔週で出掛ける方法をとった。
抵抗できない子どもの苦肉の策だった。それでもまー色々と言われてたけど。
だから、日曜のお出掛けは最高月に2回。いろいろ苦労の多い青春時代であった。

短大生以降はあまり色々言われなくなった。でも社会人になっても私はあまり出掛けなかった。
いつの間にか家にいることがリラックスタイムへと変わっていた。
過去、締め付けと感じていた窮屈な生活もいつの間にか違ったものになっていた。
大人になったから?年をとったから?外で働いて疲れたら、寄り道せずにまっしぐら。
家にいるのが普通の生活。で、たまには外で遊んで、また家に帰る。
今もたまに福岡へ帰ってのんびりするのは結婚前の昔に帰るのではなく、
今なお続いてる私の生活のパターンってことなのかな。だから帰るのは特別なことじゃない。

以前は帰る場所は自分の家だった。今は実家であり、友人であり、街だ。
その全てが私のベース。30年ちっぽけなものが積み重なって私を形取ってる
新しい街で生活して2年ちょっと。10年、20年先にはその場所での私がいる。
でも、きっとホームタウンは福岡。



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