花宴 

〜 『刹那』 番外編 〜

前編

 


 赤、蒼、緑、紫、桃・・・・・・。一面淡い色彩が広がっている。また、あつらえたように雨まで降り始めていた。雨粒が花に、葉に弾かれている。
 その色彩の一角に小規模な神殿が建っている。耳をすませばなにやら、物音・・・いや、話し声のようなものが聞き取れる。見れば、そこには20人弱程の人影が見える。
 その様子は―――


「ほらっ、ゼロスっ!お酒足んないわよ!!」
「そーだぞ!シェーラ、グラウもっと持って来い!!」
「まあ、いいではないか。こんな時くらい無礼講にしてやるがいい。ゼラス、グラウシェラー。」
「「「いいんです。魔王様。これも僕達の務めなんです・・・・(TT)」」」」


 と、こんな時でも顎で使われている中間管理職達の走り回る姿とその上司である5人の腹心にさらにこの世界の魔王その人達が大量の酒と食料に囲まれて大騒ぎをしている。
 よく見ると、獣王ゼラスは、覇王ダイナストと酒の飲み比べをし、その審判を魔王務めている。その彼らの周囲には酒瓶が山のように転がっていた。ちなみに全てからっぽである。
 かと思えば、その反対側では海王ダルフィンが一生懸命水芸を披露している。「頑張って練習してきたんだからぁぁぁぁ!!」とか、「あっ!失敗したぁぁぁ」などという叫び声が時折、聞こえるのはご愛嬌というものだろう。
 そのダルフィンの周囲には自軍のみならず、他軍の神官・将軍達がやんややんやと喝采を送っている。
 良く見ればその喝采を送っている中にはなんと、冥王フィブリゾまでまじっている。さすがに外見がお子様というのは伊達ではないようだ。無邪気に喜んでいるようである。


「ったく!もう少し静かに飲めんのか・・・・」


 どんちゃん騒ぎの宴会場から離れた場所でぶつぶつとつぶやき声が聞こえる。見ればそこには魔竜王ガーヴが独り酒をちびぢひとやっているようだ。脇にはしっかり酒瓶(それも大瓶)6ダースほどならんでいるところがミソのようだ。


「あんなもん、花見なんてもんじゃない・・・単なる大騒ぎだろーが。よく、あれで酒の味がわかるもんだ。」


 なんぞと、妙に通のような独り言をつぶやいている。この偉丈夫。これで中々、デリケートなのかもしれない。そして、またグラスを傾けては、酒を注いでいる。6ダースほど並んだ酒瓶はもう、ほとんど残っていないようだ。おそらく手にしているもので最後のはず。他の瓶は栓が抜かれ薄く色のついた硝子瓶の向こうに花の陰が映っているからだ。
 そんなガーヴの前へさらさらと風が流れていく。雨が花がそれに連れ添って揺れている。その風景を肴にでもするつもりなのか、ふと、口元に笑みを浮かべるとまたグラスを傾け始めた。
 宴はまだこれから。
 喧騒はまだ止まない。






 そうこうするうち、気がつけばもうガーヴの手元にある酒が底をついたようだ。もう、手の中のグラスにしか残っていない。
 すると何を思ったか、グラスを持ってゆっくりと立ち上がると目の前の花畑に分け入っていく。足取りも千鳥足などというものからは程遠く、しっかりしたものだった。ガーヴが飲んでいた酒は蒸留酒のかなり強いものだったが、まったく顔にはでていない。魔族一の酒豪という看板も伊達ではないというところか。
 どれくらい歩いていたのか。気がつけば、神殿は遥か向こうに小さく見えるところまで来ていた。ふと、周囲に目を止める。そこも淡い色の花が、絨毯のように敷き詰められている。
 花はわりとに背があり、彼の腰ほどの高さがあった。
 ガーヴはぼんやりと花を眺めていたが、


「あいつはもっと派手な花のほうが好きだしな・・・・。」


 ぽつりと呟いていた。すぐに己が口に言葉に驚いたようだ。その目に苛立ちが浮かぶ。


「こーゆーのを『きれい』だとか言うのか・・・神族や人間の奴らは。」


 自分の言葉が更に苛立ちを呼んだか、目だけに止まらず表情もそれに染まる。


「・・・・・・うざったい。」


 次の瞬間、ガーヴの目前に銀光が走った。

――― ザァァッッッッッッ!!!

 そして、花が舞い上がる。見れば、ガーヴの手には愛剣が握られていた。今だに苦虫を噛んだ表情のまま、剣を鞘に収めると、今度は手に緋い光が灯りはじめた。


「うざったいんだよ!!!」


 溜まっていた何かを吐き出すように手の力を解放する!かと思われたが、力が解放される事はなかった。ガーヴの表情は憑き物が落ちたように何も無くなってしまっていた。


「こんなモンが『きれい』だと?こんなものは、一気に消し炭にしてしまうに限る・・・こんなものが在るから・・・・・・アイツを・・・・。」


 また、ぽつりと呟いていた。まるで何かに傷ついた表情だった。そこにはただ咽かえるほどの花の香りが漂っている。


「俺の花は・・・こんなチャチなもんじゃない。もっと・・・・・。」


 ガーヴは自分に言い聞かせるように呟いて、そのまま彫像のように佇んでいた。
 その面、いや、瞳はまるで死んだ魚のように澱んでいた。






 気がつけば、何時の間にやら髪から雫が絶え間なく滴り始めていた。ガーヴはのろのろと、その場で視線を巡らした。と、すぐ傍に雨宿りできるくらいの岩棚を見つけた。その岩棚の入口に腰を下ろす。


「・・・濡れたか。シールドを忘れてたな・・・・・まあ、いい。病気なんざ関係ないしな。」


 すでに、全身びしょ濡れで前髪からは雨粒が滴っている。しかし、ガーヴは全く気にした様子もなく、そのまままた、ちびちびと手に持っているグラスを傾け始める。


「あ〜〜〜。なんて言うんだったか・・・・この花・・・・・・」


 ぼんやりと花を眺めながらガーヴがぽつりと零している。すると誰もいないはずの岩棚の横手から応えがかえってきた。


「紫陽花、っていうんだよ。」


 しかし、ガーヴは別段驚くこともなく、ぼんやりと花を眺めている。 


「こんなところにいたのかい?神殿の中を捜してみれば陛に酒瓶がゴロゴロしているのに、その主はいないし・・・・皆はまだ大騒ぎしてたけどその中に君の姿が見えなかったから・・・・ちょっと探したよ。」
「・・・・・別に探してくれなんて言ってないぞ。フィブリゾ。」


 ガーヴのそっけない一言にようやく姿を現した冥王フィブリゾが肩を竦めた。


「ま、いいけどね。でも、君、なんでこんなとこにいるんだい?まだ神殿には山ほどお酒が残ってるよ。君、飲み足りないんじゃないの?」
「人(?)をアル中みたいに言うな。たまにはこんな時もある。」


 今だ、ぼんやりと遠くを眺めているガーヴをフィブリゾは面白そうな目で見ている。実際、ガーヴと言えば、底の抜けた大樽で宴会となれば、一晩中飲みたおし、その周りには必ず飲み比べで負けた魔王を筆頭に、腹心4人と、その他宴会に参加したもの達が倒れているというのが定番だったからだ。その酒豪がこんなところでボーッと花見。などと誰が信じたろう。すぐにフィブリゾは何かを思いついたようだ。口元に子悪魔のような笑みを浮かべてガーヴの隣へ座り込んだ。


「とか言ってさ・・・・・実は、誰かさんの傍に居たくなかったんだろ?」


 フィブリゾのからかう声が小さな岩屋に響く。だが、それでもガーヴに変化はない。


「知ってるんだよ。君、誰かさんと大喧嘩したんだって?相当派手に・・・・・でもいいのかなぁぁ。さっさと謝っておいた方がいいと思うけど?今日も誰かさんは、ダイナストとイイ感じだったし・・・・取られちゃうよ?」


 くすくすと笑うフィブリゾ。
 さすがは腹心のトップだけあるようだ。すでにほとんどの情報を押さえてはいるようだった。一部違うと言えば違うのだが。普段のガーヴならこれだけ好き放題言われていればとっくに一悶着起しているところだったが、ただちらりとフィブリゾへ視線をよこした後、ぽつりと呟いただけだった。


「外野は黙ってろ。お子様には縁の無い話だろーが。」


 ガーヴはグラスに残っていた酒を氷ごと一気に喉に押し込んだ。欠片ほどに溶けていた氷が酒の熱を冷やしていく。


「僕はお子様じゃない。僕達腹心のトップだ。」
「ふん・・・・外見も中身も同じだろーが。」


 ガーヴの言葉にフィブリゾは苦笑を浮かべる
 今日はフィプリゾもどこか違うようだ。ガーヴの憎まれ口にいつものような毒舌攻撃をしようとはしなかった。ただ、囁くように返しただけだった。


「・・・・違うよ・・・」
「そうか・・・・・。」


 そして、何をするでもなく、二人して目の前の花畑を眺めていた。


(続く)


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