花宴 

〜 『刹那』 番外編 〜

後編

 

 しばらくして黙っている事に飽きたのかフィブリゾが口を開いた。


「ねぇ、ガーヴ。」
「・・・・あぁ・・・」
「ここ。きれいな花畑だと思うかい?」


 とたんにガーヴの目の色が変わる。しかし、口調はゆったりとしたままだった。


「『きれい』などと言うな!こんなもんはさっさと消し炭にすればいい。」
「乱暴だなぁ・・ガーヴ。君、僕達の中で1番魔族らしいんじゃないかい?」


 フィブリゾが半ば呆れ、半ば感心したように笑っている。すると、フィブリゾの言葉が終わるか終わらないかのうちにガーヴが何事かを呟いた。


「・・・・・・・1番らしくないんだよ、俺は。」
(そうだ。らしくない。腹心とまで言われているはずの魔族が滅びよりも何よりも優先するものがあるなどと・・・)
「えっ?何か言った?ガーヴ。」
 ガーヴは何も答えず、フィブリゾは軽く肩を竦めて苦笑していたが、その視線を落とすとガーヴと競うような力無い声で問いかけた。 
「僕が・・・・・本当は君のコト気に入ってるって言ったら信じる?」


 フィブリゾの囁くような言葉が聞こえた。しばらくの間があいてから、夢でも見ているようなぼんやりとした答えが返ってきた。


「さぁな。」
「・・・ガーヴ?」
「・・・あぁ・・・・」
「君、寂しいの?」


 フィブリゾの問いにようやくその表情に変化が現れる。その瞳の色が少し瞬いたような。


「・・そうだ・・・・と言えば、慰めてくれるってのか?フィブ。」


 ようやく、その口調にも笑いが含まれ始めたようだ。その口の端もわずかに歪められている。けれどフィブリゾの方は気にも止めずに今だぼんやりとした声で答える。


「・・・・・いいよ。僕も寂しいから。」
「フ・・・・気持ちだけ受け取っておく。俺はお稚児趣味はないんでな。」


 フィブリゾは軽く受け流されたのが癪に触ったか、幾分ムキになっているようだ。更にガーヴへの問いかけを増やす。


「じゃあ、どんなのが好みなのさ。」
「・・・そーだな。可愛い感じの女がいいな。毒のない・・ただ・・可愛いだけの・・・」


 ガーヴはつい、ある名前を口にしそうになっていた。すんでのところで口をつぐみ、まったく別の言葉を連ねていた。そんな己に気づき、そっと溜息をつく。隣のフィブリゾには気づかれないように。


「女?・・・がいいんだ?」
「そりゃあな。男でもかまわんが・・・・女の方が楽しいからな・・・・。」


 普段とは違うフィブリゾに感化されたか、これまたさらりとガーヴは答えていた。その表情には少しだけだが、笑みが浮かんでいる。やはり、二人して様子が違うようだ。いつもなら「お前には関係ない!」「女なんかにうつつを抜かしてるんじゃない!」と大騒ぎになるのが落ちだったのだが。
 すると、横にいるフィブリゾの気配に変化が起こる。と同時にあぐらをかいていたガーヴの膝に柔らかな塊が飛び込んできた。


「っなっ!?」


 さすがにこれにはガーヴも驚いたようだった。その塊は驚くガーヴを尻目にその逞しい体に擦り寄り首に腕を巻きつけてきた。外見は18,9。ぬけるような白い肌、黒髪に黒曜石の瞳の女性。可愛らしい顔立ち。だが、その面影と気配は・・・。


「フィブ・・・・お前、何やってる?」


 ガーヴの問いかけに更に強くしがみついてくるだけで答える様子はなかった。少し苛立ったようにガーヴがフィブリゾを引き剥がそうとその細身に手をかける。が、何かに気づいたのか、フッとその力を抜いた。ガーヴは静かに口を開く。


「お前・・・アイツのことを思い出したのか?」


 間を置かず、フィブリゾの頭が揺れる。


「そうか・・・アイツが滅んでからどれくらいだ?」


 やはり答える気が無いのか、ガーヴにしがみついたまま激しく頭を振る。振って幻影を追い払うかのように。


「強かったな、アイツは。あのゼロスより強かったからなぁ・・・・。」


 ボーッと記憶を引き出しているガーヴが、フィブリゾの異変に気づく。なんとも驚いた事に震えていたのだ、彼の冥王が。その冥王は、またも不似合いな不安げな声で囁く。


「もう、アイツの話なんてしないでよ・・・。」
「ようやく、顔を上げたか。効果覿面だな。」


 ガーヴはくつくつと笑っていた。


「しかし、そんな気にすることもないだろうが。他に2人もいることだしな・・・・」
「簡単に言うな!!」


 今の今までしょげ返っていたのが嘘のような声音だった。フィプリゾは瞳に怒気を漂わせている。


「そんな、そんな・・・・・・簡単に言うな!僕にとってはあいつ以外は部下なんてもんじゃない!!手が足りないから適当に創っただけだ!!・・・・そう、アイツだけだ・・・・アイツだけが僕の・・・・。」


 が、そんな威圧感もほんの一時だけで、あっという間にしぼんだ風船のようになっている。そこへガーヴの指がフィブリゾの額を弾く。


「らしくないな、しっかりしろよ、フィブ。それに・・・何時までもそんな女のままで俺にしなだれかかってるとイカせちまうぞ。」


 ガーヴはにやりと笑っている。しかし、その言葉と表情はフィブリゾに、覇気を取り戻せと言っていた。フィブリゾは曲折的な物言いに苦笑を浮かべたが、すぐに含み笑いに変わった。そして、またガーヴの首に腕を絡めた。


「おい、フィブ。冗談もいい加減にしろよ。」
「・・・冗談なんかじゃない・・・。」


 ガーヴの首っ玉にしがみついて囁く。あまりに強くしがみついてくるフィブリゾにガーヴは苦笑する。


「・・・・まったく。今も言っただろう、フィブ。そんな格好でしがみついてるとイカせちまうってな。」


 ガーヴは笑いながら囁いた。だが、そんな言葉にもフィブリゾはただしがみついているだけだった。


「・・・・いいよ・・・・犯られても・・・・」
「おいおい・・・・」
「寂しいんでしょ・・・ガーヴ?僕も寂しいんだ。だから・・・・慰めてよ・・・。」


 ガーヴにしがみつく腕の力とは対照的な程の儚げな言葉。
 ガーヴは唇に浮かべた苦笑をさらに深くする。そして、花に嘆息した。
 後はゆっくりと、二つの影が花影に埋もれていく。咽かえる花の香りだけが漂っていた。









 気がついた時にはすでに陽が傾き、空の半分は夜の帳がかかっていた。
 ガーヴが視線をめぐらし、神殿を見ると煌煌と明かりが焚かれている。今だ、ざわめきが聞こえるところからまだ宴はこれから最高潮とでもいうのだろう。
 軽く溜息をつくと、腕の中に抱えていた者をそっと抱きなおす。


「・・・ぅうん・・・」
「・・すまん、起したか。」


 まだ、桃源郷をさ迷っているようなその者はぼんやりとガーヴを見ている。ガーヴはその様子に少し笑って髪を撫でてやる。


「もう少し休んでろ。」
「・・・・馬鹿・・・少しは・・・手加減してよ・・・・」


 小生意気な台詞だが、口調は柔らかい。その様子にガーヴの笑みは更に濃くなっていた。


「おい、フィブ。少しは忘れていられたか?」


 しばらく、ぼーっとしていたが、ガーヴの云いたい所を悟った瞬間、フィブリゾは慌てて顔を背けていた。しかし、耳まで真っ赤になっているところを見ると盛大に、赤面しているのだろう。


「っ!?あっ、あん、あんなに・・・たら・・・ブツブツ・・・・って、言うけど!!そーゆー、ガーヴはどーだったのさっ!」


 何やらブツブツ言っているフィブリゾが、お返しとばかりに返してくる。いきおい、振りかえったフィブリゾの顔は面白いくらい赤い。


「予想外だったな。」
「えっ?・・・・それって・・・」
「ああ。寂しいだら、なんだらと、思い出してる暇は無かったな。お前のその格好。妙に色気があるからなぁ。思わず頑張っちまったくらいだし。」


 ニンマリと笑みを浮かべるガーヴ。フィブリゾの反応と言えば当然・・・・。


「〜〜〜〜〜こ、このスケベっ!色魔ッ!!!!」


 さもありなん。が、当のガーヴは全くこたえていない、というより聞いてくれなかったようだ。


「それから?他には?・・・・・おやおや、もう、終わりか?」


 ガーヴはさも面白そうに笑っている。普段フィブリゾには向けたことなどない笑み。その笑みを目の当たりにしたフィブリゾは見なれぬものに照れたのか、言葉に詰ってしまっている。ついでに赤い部分が飛躍的に増大したことは言うまでも無い。
 そこへまた、ガーヴの追撃が加えられた。


「忘れていられたろ?」
「〜〜〜〜〜〜〜」


 フィブリゾの赤面は最高潮に達しているようだ。もう、全身茹蛸のようである。ただただ俯いてその赤い顔を隠している。中々に純情なところがあるようだ。その様子を見たガーヴはとたん、したり顔に変わる。 


「ふーむ。忘れられなかったか・・・・・俺もヤキがまわったな。こんなガキ1人イカせられんとは・・。」
 ガーヴはフィブリゾを眺めながら、何やら考え込んでいるようだ。が!
「・・・・よし、決めた!」
「な、何をだい?」


 瞬間、ガーヴの口元が妖しく歪む。あまりの妖しい気配にフィブリゾがそっと顔を上げる。


「俺だけっても悪いしな。しっかり忘れられるまで相手してやる。折角冥王様がわざわざイイ女に変体してくれたことだしな。」
「んなっ!なななな、何をっ!・・・い、い、いいっ、そんなの気にしないで欲しいな。僕、もう大丈夫だからさ、ええ、遠慮するよ。さぁ、元の姿に戻ろうっと!!・・・・って!ああっ!!」
「そうそう、言い忘れてたが・・・・俺のポリシーの一つなんだが・・・この手の礼は倍返しってことになってる。」
「ああぁぁぁっ!!」


――― 花の宴はこれからである。


完!



今回の懺悔室

うふふふふ。えへへへ。おほほほほほっ!!
とうとう番外編を書いてしまいました。それもキワモノ中のキワモノ!!馬鹿丸出し!!

いえまぁ、これを書いたのはいろいろとありまして(汗汗)

その辺の下りはまた、機会があればどこかで書くこともあるかもしれません。
が、とにかく、これを発見され、読んでしまわれたそこの貴方。
見なかったことにしていただけると嬉しいです。
私の、ドリームですから。白昼夢だとでも思って下さいませ。
なんせ、キワモノの館ゞ主ですから(滅殺!!)

きょん太 拝


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