唯一の花 |
唯一そこに在る 鮮やかな花。 |
ヘリは七番街の支柱の最上部に近づいた。攻撃用の武器が装備されている上へ、飛行中は格納されているタラップが広がる。 ツォンは後部ドアを大きく開け放つと、そこに出た。 上空の風が激しく吹いている。 しかしツォンはその不安定な足場も何ともないようだった。 クラウドたちを悠然と見下ろしている。 エアリスはツォンの後を追う。 「おねーちゃん!」 レノの珍しく厳しい声に、エアリスは振り返った。 レノは自らで応急処置をしながら、軽く笑う。 「おねーちゃんだと、立ち上がるとバランスをくずすぞ、と。落ちたくなかったら絶対立つなよ、と」 エアリスは頷き、タラップへと足を踏み出した。 風が吹き上がる。 エアリスはレノに言われたとおり膝をついた。思った以上の強い風と揺れに、ゾッとする。だが、眼下にクラウドたちを見つけてその全てが消え去る。 瞬間、バレットの銃がヘリに向かって撃たれた。ヘリの特殊装甲に弾かれて、すぐそばで甲高い音をたてるのにエアリスは思わず目をつぶる。 「そんなことをされると、大切なゲストがケガするじゃないか」 冷たい声に、エアリスは顔を上げた。彼女の真正面にツォンの後ろ姿があった。 「エアリス!」 ティファのその叫びに、エアリスはハッと我に返る。ツォンは軽くエアリスを振り返った。 「おや、知り合いなのか?」 ツォンはエアリスを見下ろし、クッと軽く笑った。 「最後に会えてよかったな。私に感謝してくれ」 エアリスはキッとツォンを睨み返した。 鮮やかな緑玉の瞳が、強い光を放つ。それは燃え上がる自然の生命そのものの力のように、美しくそして不可侵の輝きだった。 「エアリスをどうする気だ」 クラウドの怒りを押し殺した声に、エアリスに目を奪われていたツォンは苦笑とともにクラウドたちに目をやる。 「さあな。我々タークスに与えられた命令は、古代種の生き残りを捕まえろということだけだ」 「ティファ!」 伝えなければ。あの子のこと。 そうしなければ、きっとティファたちは逃げられない。 エアリスはその思いにつき動かされて、勢いよく立ち上がると身を乗り出した。 「大丈夫だから! あの子、大丈夫だから!」 「あぶ・・・っ」 危ない! 立ち上がったエアリスへのレノのその叫びは、声に出ることはなかった。その前に、ツォンの平手がエアリスの頬に飛んだ。エアリスは倒れる。 ツォンは静かに言った。 「・・・・・・勝手なマネをするな」 エアリスはツォンを一瞬だけ睨み、すぐに自分の名を叫ぶクラウドたちに目を戻した。 「だから、早く逃げて!」 「・・・離脱をはじめろ」 ツォンはそうヘリの中に向かって命じると、エアリスの腕を掴んだ。その目はだが、クラウドたちに向いている。静かな嘲笑がそこにはあった。 「そろそろはじまるぞ。・・・逃げ切れるかな?」 ヘリが上昇を始める。機体の揺れが激しくなった。エアリスは自分の腕を掴むツォンの手を振り払おうとする。だがその手はびくともせず、かわりにツォンの冷たい声が返った。 「ここから落ちたいのか」 エアリスは悔しさに唇を噛む。ツォンはそんなエアリスを引っ張るようにして中に戻った。エアリスは後部の窓に張りついた。 クラウドたちが、もうあんなに小さく見える。 爆発が始まった。 「クラウド! ティファ!!」 エアリスの言葉が途切れる。その目に、ワイヤーを使って脱出するクラウドたちが見えた。だがその先はもう見えない。けれど。 「・・・逃げ切った確立が高いな」 耳のそばで聞こえた声に、エアリスはビクリとする。いつのまにかツォンが、エアリスのすぐ背後に立っていた。その目は窓の外を見ている。 エアリスの視線に気づいて、ツォンは彼女を見るとかすかに唇の端を上げた。 「彼らを歓迎する準備が必要らしい」 エアリスはツォンから顔を背ける。そのエアリスの瞳に、落ちていくプレートが映った。 「あ・・・」 エアリスの顔が強ばる。 見たことのないはずの情景が次々と浮かぶ。 七番街で暮らす人々の日常。彼らの笑顔。明日への祈り。すさんだ瞳。そして苦しみの内にも真っすぐな瞳。子どもの笑い声。恋人の会話。悲しみ、挫折、怒り、そして喜び。優しさ。・・・希望。 「ああ・・・」 エアリスの身体が震えた。 胸を締めつける激しい恐怖。それが人々のものなのか動物のものなのかエアリスにももう分からなかった。ただ、言葉にならない感情の渦がエアリスを飲み込む。 痛みと悲鳴、行き場を知らない憤り。そして死の恐怖。 轟音が響く。 「エアリス?」 ツォンはエアリスを怪訝に見る。だがエアリスは反応しない。 天にも届くかと思うほどの嘆き。 助けて。苦しい。死にたくない。 やがて最後のプレートが街を押しつぶした。 断末魔の悲鳴と呻き。 ツォンが何かに気づいたようにハッと顔色を変えたのと、エアリスの背がびくりとのけ反ったのは同時だった。 「ああああああああ―っ」 エアリスを、ツォンは後ろから強く抱き込んだ。 まるで錯乱したような彼女を押さえつけるように、片腕で彼女を抱きしめる。 ツォンは空いた片手で小さな錠剤を口に含むと、声にならない悲鳴を上げ続けるエアリスの顎を強引につかみ、上向かせた。 エアリスは無意識に抗うが、ツォンの彼女をつかむ手はそれを許さない。 ツォンは彼女に覆いかぶさるようにして、口移しで錠剤を流し込む。 「ん・・・!」 ごくり、とエアリスの喉が小さく上下した。 ツォンは唇を離す。 「・・・・・・あ・・・・」 エアリスの視界が揺らいだ。意識が急激に遠のく。エアリスの身体からがくりと力が抜けた。 ツォンは無言で彼女の身体を支える。 意識を失ったエアリスを、ツォンは抱き上げた。 レノが、我に変える。 「・・・・・・いったいどうしたのかな、と」 クラウドたちが脱出できただろうことは、エアリスにも分かったはずだった。 レノは、なぜエアリスがこうも取り乱したのかが理解できなかった。 レノの知る彼女は、いつも驚くほどに強かったのだ。 「感応したのだろう」 「?」 「大地や動物や人間たちの悲鳴が聞こえたのだろう」 死んでいくものたちの、断末魔の叫びが。 レノは軽く肩をすくめた。 レノに良心の痛みはない。いや、あったとしてもそれに意識を向けずにすむ方法を、タークスの人間として当然ながらレノも身につけていた。 「それも古代種の力ですかね、と」 「さあな」 ツォンはふっと笑うと、後部シートにエアリスを寝かせた。その横に自分も座る。軽く、足をくんだ。 「だが、それだけでなく・・・」 彼女の魂が、純粋で輝いているからだろう。 だがその言葉はツォンの口から漏れることはなかった。 レノはそれを気にするふうもなく、操縦席の隣に座った。後ろの兵に合図して、ツォンのいる後部シートを遮るカーテンを引かせる。兵はカーテンを引いた後、レノを振り返った。 「でも、どうしてあんなめんどくさい事するんですか? みぞおちに一発でいいと思うのですが」 「そりゃ、苦しいからだろ、と」 レノは軽くシートを倒すと、もたれた。 「みぞおちで眠らせると、気がついた時に気分最悪だからな、と」 「・・・けっこう優しいんですねえ」 「あのおねーちゃんにはな、と」 「は?」 「なんでもないぞ、と」 聞き返す男にそれだけ言って、レノは目をつぶった。そうなると声をかけられるわけもなく、男は息をつくと前方の窓に目を戻した。 ツォンは眼前のカーテンがひかれてから、眠っているエアリスを見た。 エアリスは強い。エアリスは優しい。・・・エアリスは美しい。 だが、強い女は他にもいる。優しい女も。 そして美しい女もどこにでもいる。 けれど。 「お前は一人しかいない」 小さく、ツォンはエアリスに向かって言う。 「お前のような女は他にはいない」 彼女が古代種だからか。 それとも、やはり「エアリス」だからか。 彼女のこの身体に、彼女の強さが、優しさが、そして弱さが。悲しみが喜びが、過去の全てが。未来への眼差しが、そして魂があるからこそ。 「・・・お前の全てが、お前を唯一のものにしている」 なにが欠けても、エアリスではない。 お前がお前だからこそ。 惹かれずにはいられないのか・・・。 「だがわたしは、任務ならば君を・・・」 殺すだろう。 それが声にでることはなかった。 ツォンの手が、エアリスの乱れた前髪を静かに拭う。 体温の温かさにひかれるのか、意識のないエアリスは赤子が母親を求めるように、ツォンのひいた手を追ってツォンにすり寄る。 「!」 そのまま、ツォンの膝を枕にしてしまう。 驚いたツォンだったが、次の瞬間にはふ、と優しい笑みを浮かべていた。 「エアリス・・・」 ツォンは、エアリスにそっと口づけた。唇が触れ合うかどうかというほどの、優しいキス。 不思議だ、と思う。 世界の全てが色褪せた今も、彼女だけは輝いて見える。 ツォンのモノクロの世界に、エアリスだけが鮮やかな色彩をまとっていた。 この自分が願わずにいられないのだ。彼女を殺すような命令がでないで欲しい、と。 「目が覚めれば、わたしたちは敵なのだろう?」 ツォンはエアリスの頬をかすかに指で撫でた。 窓の外に目をやる。 「少し・・・悲しいけれどね・・・」 彼らはすでに神羅ビルの上空にさしかかっていた。 |
End