確かな想い U


「エアリス、本当に大丈夫なのか?」
 クラウドは身を離し、エアリスの肩に手をやる。エアリスはにっこり微笑んだ。少しの間に、足元もしっかりしてきていた。
「うん。だいじょぶ」
「・・・そうか」
 クラウドは少しほっとしたように息をつき、そしてかすかに顔を背ける。
「・・・・・・その、心配、した」
 エアリスは驚いたようにクラウドを見、そして微笑んだ。
 ツォンはそんなエアリスを見てから、静かに踵を返した。
 その部屋からそっと抜け出す。
 エアリスの輝くような笑顔が、胸を刺していた。
 永遠に、自分には向けられる事はないだろうその笑顔。
 何を考えている。
 自分の思考に、ツォンは自嘲の笑みを漏らした。
 何も望まないと、決めていたのではなかったのか。
 決してこの想いを悟らせず、そして何も求めないと。
 彼女を愛していると気づいた、あの遠い日から、そう心に決めていたのではなかったか。
「ツォン」
 前に立っている男に気づいて、ツォンは足を止めた。
「戻られていたのですか、ルーファウス様。・・・いえ、もう社長とお呼びした方がいいですか?」
「ふん・・・やはり、な。くたばったか、あれは」
「申し訳ありません。私が側にいながら」
「かまわんさ、お前が無事なら」
 ルーファウスはふっと酷薄な笑みを浮かべた。
「あれが死ぬよりお前に何かあったほうが、よほど神羅の損失だからな」
「・・・恐れ入ります」
「詳しい報告は後で聞く。ヘリをまわせ。脱出する」
「はい」
 ツォンはルーファウスの脇を通りこし、動かないルーファウスに振り返った。
「ルーファウス様?」
「・・・元ソルジャーとやらに、あいさつしておこう」
 ルーファウスはニヤリと笑い、そしてツォンを見た。
「ヘリはこっちにまわせ」
「はっ」
「ツォン」
 動きかけたツォンを、ルーファウスの声が再び止める。
「古代種の娘も、元ソルジャーと一緒にいるらしいな」
「・・・・・・」
「私情ははさむな」
 短く、冷たいその声に、ツォンもまた感情のない声を返した。
「私に言われているのですか」
「・・・そうだったな」
 ルーファウスはクッと喉の奥で笑った。
「今の言葉は忘れてくれ」
「・・・・・・」
 ツォンは軽く一礼し、ルーファウスの元から去って行った。ルーファウスはそして、ツォンがやって来た方向へゆっくり歩きだした。







『セフィロス・・・』
 誰だ?
 暗闇に、声がする。
 眠りを守る、優しい夜の闇ではない。無機質な、そして硬質の暗闇。
 けれどそれを冷たいと感じることも、セフィロスにはなかった。
 空虚な闇は、セフィロスにはむしろ心地よくさえある。彼を煩わせる何も、そこにはない。
『セフィロス・・・』
 はがゆいような微かな痛みが、セフィロスの胸に走った。
 誰だ。
 オレを呼ぶのは。
『セフィロス』
 闇に、光が灯った。セフィロスは目を細める。
 そこに、エアリスが微笑んでいた。
 細く白い手が、セフィロスに差し出される。
 切なげな瞳が、じっとセフィロスを見つめていた。
 チガウ。
 鋭い痛みに似たその想いが、セフィロスを覚醒させた。
 はっと目を開ける。
 ごつごつとした岩肌が目に入る。辺りには人どころか動物の気配もなかった。天空の星の位置は変わらず、セフィロスがここに腰をおろしてから、数刻とたっていない。
「夢か・・・」
 呟いてから、セフィロスは皮肉に唇を歪ませた。
 わたしが、夢だと?
 馬鹿な・・・。
 セフィロス、と夢の中の声が耳の奥でこだまする。
 そして、神羅ビルでのエアリスが思い浮かんだ。
 あの娘に会ったせいだ、と思う。
 彼女の存在が自分の調子を狂わせる。
 チリチリと胸の奥が焼ける。
 ツォンとクラウドのエアリスを見る目が、気に入らなかった。いや、むしろエアリス自身が。
「あの娘の存在が、わたしを不快にする・・・」
 それは彼女がセトラだからかもしれない、と思う。
 憎しみか殺意か、自分の胸を焦がす感情が、セフィロスには苛立たしかった。








 クラウドとの戦闘の後、ルーファウスはヘリに乗り込んだ。
 ヘリは神羅ビルから離脱する。
 ルーファウスはおもしろそうに、小さく笑った。
「クラウドか・・・。手ごわいな」
「・・・・・・」
「あの『スラムの花売り』、逃げのびるぞ?」
 揶揄する響きに、ツォンは応じない。ルーファウスはそれに気にするふうもなく、続けた。
「だが、今は奴等より・・・セフィロスだな」
「・・・はい」
「タークスは動けるか?」
 ルーファウスはそう問うてから、言い直した。
「いや、動かせ」
「わかりました」
 ツォンはうなずいた。







 神羅ビルを脱出し、クラウドたちは街を出た。
「エアリス?」
 クラウドが、エアリスの側による。
 エアリスははっと顔を上げた。
「何? クラウド」
「セフィロスを・・・知っていたんだな」
「うん・・・ちょっと、ね。だけど・・・あんなふうなの、おかしい」
 エアリスは、セフィロスに触れられた時の恐怖を思いだし、肩を抱いた。
 クラウドは少しためらってから、エアリスの肩に腕をまわした。
「大丈夫だ。俺が守る、エアリス」
 けれど、エアリスよりも青い顔を、クラウドはしていた。
 セフィロスは昔、自分から故郷を奪った。
 エアリスはクラウドがそれからやっと見つけた、大切なものだった。
 だからセフィロスの腕のエアリスを見たとき、心臓が止まるかと思ったのだ。
 かけがえのないものを、また奪われたのかと。そして、エアリスの存在が自分にとって、どれだけ大きいのかに気づいたのだ。
 彼女の体温が、温かい。
 このぬくもりを失うことは、耐えられなかった。
 今度こそ。
 守ってみせる。
「俺が、ついている・・・!」
 自分の肩を抱く腕がかすかに震えているのに気づいて、エアリスは抱かれたままクラウドを仰いだ。
「うん。それに」
 明るい声に、クラウドはエアリスを見る。エアリスはにこっと笑った。
「クラウドにはわたしがついてる。ね?」
「・・・・・・ああ」
 クラウドの張り詰めた表情がゆるむ。
 クラウドとエアリスは、互いのぬくもりを愛しいと感じた。 

NEXT


HOME