尚も ここに愛は深く X |
「―約束の地、あなたたちが考えてるのと違うもの」 エアリスの声が震えていることに、まだクラウドたちは気づかなかった。 「それに、わたし、協力なんてしないから。・・・どっちにしても神羅に勝ち目はなかったのよ」 エアリスは、ツォンから目を離せない。 赤い血。 腹部を押さえる彼の手から、見えるそれに頭の中が真っ白になっていた。 「・・・きびしいな」 ツォンの、そう漏らした苦笑に、エアリスは我に返った。 「エアリス・・・らしい・・・言葉だ」 「ツォン・・・・・」 エアリスの瞳が揺れているのに気づいて、ツォンは優しく笑んで見せる。 クラウドとティファは、初めて見る彼の表情に驚いた。 しかし、時間は無駄にはできない。 クラウドはエアリスを見た。 「――行こう」 「そうね」 ティファもそう同意する。 しかし、エアリスは動かなかった。 「―――行くといい。これでは君たちを止められないからな」 ツォンは、そう言ってエアリスたちを見上げた。 ツォンの表情はいつものタークスとしてのそれに戻っている。 だがエアリスは、頷きはしなかった。 パタリ、とエアリスの頬を涙が零れた。 クラウドとティファはそんなエアリスを驚いて見た。 「――エアリス!?」 「――嫌。・・・・行ける、わけないよ」 エアリスは激しく首を振る。 涙が、散った。 ツォンを――彼を、失う恐怖。どうしようもない焦燥感。 狂おしい感情が、エアリスを支配した。 優しい目も、温かな胸の温もりも、支えてくれる強い腕も。知る前ならば耐えられる。――しかしエアリスはそれを知ってしまっていたのだ。 「――そんな貴方を置いて、行けるわけないッ」 「・・・エアリス」 困ったような、咎めるような、たしなめるようなツォンの声。 しかしかすかな歓びがそこに含まれていることに、ツォン自身も気づかなかったかもしれない。 エアリスは崩れるように、彼の肩へと抱きついた。 クラウドもティファも動けない。 しばらく沈黙がその場を包み、そして、一つの震える声がそれを破った。 「・・・・・・・な、に?」 ティファは、様々な感情の混乱に半分笑ったような硬い表情になった。 酷く悪い冗談でも聞いたような。 そんな表情。 「―――どういうこと」 だがティファがそう聞いた声は、自分でも不思議なほど冷静だった。 「どういうことなの、エアリス」 「ティファ」 ティファの声に我に返ったクラウドが、反射的に彼女を宥めようとする。 ティファの感情が昂ぶっているぶん、クラウドの方は冷静さを取り戻していた。 しかしクラウドの声は、むしろティファの感情を更に昂ぶらせる。 我慢できなくなったように、叫んだ。 「どういうことなのって、聞いてるじゃないの!」 ティファの頭の奥がガンガンと鳴っていた。 好きだからこそ、認めていたからこそ、信じていたからこそ。――怒りは大きい。 「何とか言ったらどうなのよ!」 「やめろ、ティファ」 クラウドの押さえる手さえも、ティファは振り払う。 「いつから繋がってたの!? 情報を流してたのね!!」 裏切られたという想いが、彼女を傷つけていた。 愛情の深さのぶんだけ、憎しみが爆ぜていた。 エアリスは顔を上げるが、ティファの動きの速さに抵抗できるわけもない。 ティファの手は、エアリスの胸倉を掴んだ。 その勢いにエアリスが苦痛で顔を歪める前に、ティファのその手首をツォンの手が掴んだ。 怪我人とは思えない力に、ティファの手はエアリスを解放する。 ツォンの強い瞳に、ティファは気圧された。 「・・・・・彼女はそんなことはしない」 「そうだ。エアリスは違う」 誰がそうなのか知っているクラウドは、そうティファの背を静かに叩いた。 「落ち着け、ティファ」 「だって・・・・・だって、クラウド・・・・」 「・・・・・・私と君が敵だというのと同程度には、私はエアリスの敵だ」 「・・・でも・・・・・だって・・・」 ティファの顔に戸惑いが浮かぶ。 ツォンは手を下ろした。失った血の多さに、息が苦しくなっていた。 「ツォン、手当てを・・・・・」 エアリスが彼を振り仰ぐ。 ティファは、そんなエアリスをぼんやりと見た。 「だって・・・・・エアリスは、ツォンが好きなんでしょう?」 「うん」 エアリスの応えは迷いがない。 ツォンのために包帯を出しながら、エアリスはティファを振り返った。 「愛してる」 きっぱりと言う友人に、ティファは詰まった。 そして先ほどのように責める声ではなく、言う。 「――じゃあ、やっぱり仲間なんじゃない」 「仲間じゃない。だって、ツォンはタークスで。私は、クラウドと、ティファたちの仲間だもの」 「・・・・・好きなのに?」 ティファは浮かんだ自分の感情に、唇を噛んだ。 裏切られたと思った時はあれほど腹が立ったはずなのに、今度は裏切られていないのだということが――同じ女として、エアリスが好きな男と敵同士であることが、切なくてしかたなかった。 エアリスはこくん、と頷く。 ツォンが口を開いた。 「―――行くんだ、エアリス」 「ツォン!」 弾かれたように叫ぶエアリスに、ツォンは言った。 「仲間なのだろう」 「・・・・・・・・・・・・・」 エアリスは唇を噛み、そして泣きそうな顔で微笑んだ。 「そだね」 エアリスは立ち上がった。 「・・・・・・死なないよね」 「・・・・・・・。ああ」 ツォンは、頷く。 エアリスは頷き返してから、クラウドとティファを振り返った。 「・・・・・行こ?」 「いいの?」 「うん」 エアリスは言って、1番前を歩き出した。 クラウドたちもそれに続く。 しかし、すぐにエアリスはピタリと足を止めた。 「エアリス?」 「・・・・ごめん」 ちょっと。 そう呟くように言って、エアリスはバッと踵を返した。 駆け戻るエアリスを振り返りかけたクラウドを、そっとティファが止める。 「だーめ」 わざと、軽い口調で言う。 さすがに意味に気づいて、クラウドは視線を前に戻した。 キスを交わす恋人たちを、見る者はいなかった。 |
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