| Courtship〜求愛〜 U |
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| 「会議の日程が決まった」 セイリオスは務めて平静に言った。 その幼馴染の彼の気持ちが分からないわけでもないはずなのに、シオンは怒鳴りだしたくなる衝動にかられる。 それでも、すんでのところでそれを抑えた。 「そうか」 「・・・・・・」 議題は、異世界の少女の処分の行方だった。 シオンは、拳を握り締める。 彼女が無罪放免になる確率は今の所全くなかった。 よくて国外追放。・・・・だが、そうはならないだろうということをシオンもセイリオスも分かっていた。 メイが災厄の原因ならば、彼女を国外に追放したとしても何の解決にもならない。 彼女に下されるのは、異世界への送還か、最悪ならば処刑――。 誰が、そんな目にあわすか! シオンは自らの胸に叫んだ。 手は、ある。 シオンは無言でセイリオスを見ていた。 そう、手はある。まだ。 彼女を守る方法(て)は。 「・・・・何を考えている、シオン」 セイリオスは言った。 彼はシオンの前でさえ、今、王子の目をしていた。 シオンの幼馴染ではなく、メイの友人ではなく。クラインの皇太子の目だった。 それはセイリオスにとっても苦渋の決断だった。 それでも、彼はこの世界を、自分の国を、民を守らなければならなかった。 今までならそんな自分を絶対に補佐してきたこの目の前の筆頭魔導士が、はじめて違う立場に立つかもしれないことをセイリオスは感じ取っていた。 「シオン」 「・・・・・・・」 沈黙が限界に達した時、激しく扉がノックされた。 入れ、という皇太子の許可が終える間もなく、扉から近衛騎士の一人が入室した。 動転を隠せない様子で、膝をつく。 「どうした」 「王宮の前に、民が集まっています!」 民に漏れた!? 弾かれたように、セイリオスとシオンは立ち上がった。 踵を返そうとするセイリオスを、シオンは止めた。 「お前はここにいろ! ――オレが出る!!」 まだ、来てくれるなよ、メイ。 今日メイがここに来るのを思い出したシオンは、そう願った。 なに・・・・・・・? 王宮前に集まっている人の数に、メイは立ち止まった。 集団の熱気のようなものに、気圧される。 門の前に集まっていた集団の中の一人が、メイに気づいた。 「お前――!!」 「え・・・」 その男の目に、メイは危険を感じた。 「異世界の女!!」 叫びに、メイはビクリとする。 集団が一斉にメイを振り向いたのだ。 「あ・・・・あたしは」 誰もメイの言葉を待ってはいなかった。 「アレが災厄の元だ! 全部あの女のせいだ――!」 あきらかな、扇動の言葉。だが集団の誰も、それを怪訝に思う理性を残してはいなかった。 不安が、恐怖が、怒りへ変わる。ただその感情がメイに向かって放たれていた。 メイの喉はからからに渇いていた。 逃げなきゃ。 そう、思う。けれど向けられる剥き出しの敵意に、メイの足は動けなくなっていた。 じりじりと、集団が彼女を囲む。 無意識に後ろに下がる。後ろにあった小さな石につまずいて、メイは体勢を崩した。 その時、頬を熱い衝撃がかすっていった。 渾身の一撃を避けられて、男がメイの前に転がる。体勢を崩していなければ、まともに当たっていただろう殴打は、かすっただけでもメイを崩すのには十分だった。 メイは頬に当たる冷たい感触に、初めて自分が地面に倒れているのに気づいた。 目の前にいくつもの足。 メイは慌てて立ち上がった。 それが合図のように、一斉に集団はメイに襲い掛かった。 「――っ」 悲鳴を、上げることもできなかった。 シオンは、1階へ降りる階段に向かって廊下を走った。2階の渡り廊下から、門に殺到する集団を横目で見て、その中にメイを見つけて足を止める。 「!」 「シオン様!?」 一緒に駆けていた騎士が、シオンが立ち止まったのに足を止めた。 「――シオン様!!」 シオンは、窓枠に手をかけると飛び降りた。 すたりと着地すると、窓の上から見下ろす騎士を振り返りもせずに門へと駆けた。 さっきまで門に殺到していた集団は、門を開け放っても入ってこようとするものはいなかった。 すでに、集団の矛先は全てメイへと向かっていた。 「―やめろっ!」 シオンは少女に向かって行こうとする。 だが、興奮する者たちに彼の声は届かなかった。 「どけ!」 少女を囲む人々の壁がシオンの行く手を遮っている。 「どけって言ってるんだよ!」 シオンは激しく舌打ちするが、それさえもむなしかった。 しかし、人々に囲まれた少女が膝を折って視界から消えた時、シオンは考えるより先に呪文を詠唱していた。 「――ファイアーボールっ」 天に向かって放たれたそれに、人々は目を向けた。 その爆ぜて消えた炎の下に、宮廷の筆頭魔導士の姿を認める。 シオンは今度こそ、少女へと駆けた。 「――メイ!」 「・・・・シ、オン?」 メイは、顔を上げた。 自分を見下ろし立ち尽くすシオンに、メイは笑って見せようとする。 笑おうとすると、頬がズキッと痛んだ。 そういえば殴られたんだっけ、と思う。 服も泥や埃で汚れていたし、腕も足も擦り傷や切り傷で汚れていそうだった。 何よりシオンの自分を見る目で、自分の様子がヒドイことが分かってしまう。 「・・・・あは・・・」 どんな顔をすればいいのか分からなくて、メイは痛む頬を我慢して小さく笑う。 そんなメイの頭を、シオンは胸に抱きこんだ。 「・・・・・・遅くなって、すまん」 シオンたちを取り巻いたまま、我に返った人々がざわめく。 「・・・・・・」 シオンは、彼女を支えてゆっくりと立たせた。 「大丈夫か、メイ」 「うん・・・」 「シオン様!!」 どういう事ですか!? そんな声が次々と上がる。 なぜその災厄の元を庇うのかと。 自分への敵意が再び膨れ上がるのを感じて、メイは身を硬くした。 「静まれ」 シオンはメイを胸に抱いたまま、周りを見回した。 「まだメイ=フジワラの処遇は何も決まっていないはずだ。勝手なことは王も殿下もお許しにはならない」 「何を悠長な!」 一人が声をあげると、それよりもさらに大きな声が上がる。 「俺たちには生活がかかってるんだ!」 「その女を渡して下さい!」 メイの肩がビクリと揺れる。 シオンはその彼女の肩を、さらにしっかりと抱いた。 「うるせえ!!」 その怒気に満ちた声に気圧されたように、辺りは静まる。 「こいつに手を出す者は、オレが――この、シオン=カイナスが許さん!!」 誰も、何も発することはできなかった。 シオンはメイを抱いたまま、踵を返す。シオンの前の集団が、逆らうこともできず割れる。 その間を、シオンとメイはゆっくりと歩き去っていった。 |