The knight's heart

part2








        

「しかし正直言って驚きだねー、メイがこれだけの魔導士になるとは」
「ふふん。あたしだって本気になればこれくらいはね♪」
 メイは得意げに胸を張った。魔法研究院で新しい強力な爆炎魔法を開発したのだ。昨日からその噂で王宮と魔法研究院はもちきりだった。
 シオンはメイの頭を乱暴に撫でる。
「えらいえらい」
「んもう、子どもあつかいしないでよね〜! あたしこれでももう19なんだから」
「それが不思議なんだよなー。身長から言ったらお嬢ーちゃんなのに」
「―余計なお世話だ!」
 メイの肘打ちが、シオンのみぞおちに綺麗にヒットする。
 シオンはよろめいてメイの肩を掴んだ。
「うう、強烈〜」
「当ったり前よ!」
「オレはただ、身長はお子様だが―」
「まだ言うかっ」
 再び飛んでくるメイのパンチをくるりと避けて、シオンは後ろからメイを抱きすくめた。耳元に唇を寄せる。
「―魅力的な女になったな、と言おうとしたんだぜ?」
「あー、ありがとありがと」
 メイはそう、気のない返事をした。
 シオンはメイを抱く腕をとくと、まじまじとメイを見る。
 メイはそんなシオンを見上げた。
「なによ?」
「・・・いや・・・・・・」
 おかしい。
 メイから視線を外すと、口の中でそう呟く。
 今のは我ながら、なかなかなタイミング、外しようのないアプローチのつもりだったのだが。
 ・・・・・どこまで鈍いんだ、こいつは?
「・・・・・・・・」
 うーん、とシオンは唸って、きょとんとしている目前の娘をじっと見つめる。
 まさか、分かっててとぼけてるわけじゃないよな。
「なによぉ!?」
「・・・・・何も感じないか?」
「だから、何が」
 そう、少し苛立ったように言う娘にシオンは端正な顔を寄せた。
 普通の女ならその気がなくとも頬を染めるところだが、メイは全く動じる様子はない。
「こう、ドキドキするとかだな、あるだろ?」
「ううん」
 メイは首を振る。つれない想い人に、シオンは首をかしげた。
「全然?」
「全然」
 きっぱり。
「・・・・・・」
 シオンはふーっとため息をつくと、顔を離した。
「あーあ、どうしてこんな色男のアップで何も感じないかね〜」
 口に出しては軽いが、自他ともに認める、宮廷一もてる男であるシオンはかなりくさっていた。
「だって見慣れてるもん」
 ケロリとしたそのメイの返事に、シオンは平静ではいられなくなる。
 自分並のハンサムというのも聞き捨てならないが、まあ主観によってはセイリオスやイーリス、それにシルフィスたちも該当するかもしれないのでこれはよしとする。問題は、アップを見慣れているということだ。
 俺の目を盗んで、いつのまに。
 まあ、セイリオスではないとして、と、幼なじみの想いを知るシオンはセイリオスを除外しつつ頭に思い当たるメンバーを並べる。
 イーリスか、シルフィス、レオニス? まさか、キールじゃないだろうな!
「誰だ、そいつは」
 シオンの声に剣呑な響きがあるのに気づかず、メイは軽く応える。
「煉」
 聞いたこともない名に、シオンは驚く。そしてさらに内心の怒りが増した。
「どこの管轄の奴だ? 宮廷に務めてる奴か?」
「こっちの世界の人間じゃないよ」
「・・・・・・・・・・・・恋人、か?」
「ううん」
 あせるふうもなく首を振るメイにほっとしつつ、シオンは眉を寄せた。
「俺みたいな良い男が、そうそういるもんか〜?」
 本気で言っている。
 だがメイは客観的に見てシオンがかっこいい人間だと認識はしているので、それを平然と受け流した。
「うーん、そうね〜」
 言って、じーっとシオンの顔を見る。惚れた弱さか、女に手慣れているはずのシオンの方が彼女の真っすぐな眼差しについ視線を外してしまう。
「・・・・・・」
「シオンの方が、かっこいいかな?」
 そして、メイは小さく吹き出した。シオンはメイに目を戻す。メイはシオンの視線に気づいて、込み上げる笑いを止められないまま続けた。
「ごめんごめん、ちょっと思い出しちゃって」
「?」
「やっぱ、シオンの方が上。余裕みたいなの、あるもんねー。あいつったら、てんで子供だもん」
 一度笑い出すと止まらないのか、苦しそうに息をつぐ。
「でも、あたしの友だちとかあいつの周りの女の子たちとかが、あいつのことクールで・・・・・・あはは」
 途中で耐え切れず吹き出しながら、メイは続ける。
 シオンはおもしろくない気分でそれを聞いていた。
 『クール』『近寄り難い雰囲気』『でも危険な魅力』というのが煉という奴の周りの女の意見らしい。
「どーこが、『ひきつけられる』なんだか! よりによって『クール』ってのが笑えるのよね〜。あいつってばすっごい短気で激情家なんだから」
 そしてメイは、「どれだけ猫かぶってるんだかって、笑っちゃう奴よ」と話を締めくくった。
 けれど馬鹿にしたようなその口調に、たしかな愛情が見えてシオンはますますおもしろくない。
「・・・・・可愛くてしかたがないっていう感じだな」
「え!? そんな事ないって!」
 あわてたようにメイは言って、それから―元の世界のことを思い出しているのか―少し遠い目をして小さく微笑んだ。
「でも・・・・・・まあ、実の弟だしね・・・・・・」
 弟。
 その言葉に、シオンの力はどっと抜ける。
 椅子に、どかりと腰を下ろしてしまう。
 なんだ。弟か。
 その時、乱暴に扉がノックされた。
「入れ」
 シオンがそう短く入室を許可すると、慌てた様子の魔導士が駆け込んで来た。
「どうした?」
 問うシオンの前に、魔導士は入ってきた勢いのままに転がるように膝を折ってしまう。
 魔導士は、泣きそうな顔でシオンと、そしてメイを見た。
「魔法研究院で、大変なことがっ!!」
「すぐ行く」
 何が、とも聞かずシオンは上着を手に取った。
「あたしも行く!」
 そう、メイもその後に続いた。




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