The knight's heart

part3








        

 煉が目を開けた時、周りを理解できない服装の男たちが囲んでいた。
 ここは魔法研究院、男たちはもちろん魔導士たちである。
 しかし煉にそれが分かるはずもない。
「・・・・・・ここは・・・?」
 煉は立ち上がった。思ったより高い身長―しかも周りを警戒しているせいか端正な顔は鋭く、妙な威圧感があった―に、魔導士たちはたじろぐ。
 だが、この目の前に立つ美形に一瞬気圧された事が悔しいのか、魔導士たちはわざと高圧的な態度で口を開いた。
「お前は何者だ」
「名前は」
「どこの世界から来た?」
「何が出来るのだ」
「・・・・・・・・・」
 煉は当然険悪な目で、男たちを見返した。突然の状況に呆然となりかけたが、生来の気の強さが彼を普段の煉に戻す。
「礼儀というのを知らないのか?」
「・・・貴様」
 可愛げのない煉の態度に、男たちはムッとする。魔導士の一人が、呪文を唱えた。
「―ファイアーボール!」
 小さな炎の塊が、煉の横をかすって爆発する。
 さすがの煉も、顔色を変えた。
 何だ、これは!?
 煉の常識では考えられないことだった。夢でも見ているのではないかと思う。
 その煉の様子に満足したのか、魔導士は嘲笑した。
「魔法だ。・・・・・・何だ、魔法もない世界の人間か」
「・・・・・・」
 あざけりは煉にとって幸いだった。
 すうっと混乱が引いていく。
 この男たちの前で、醜態をさらすのは耐えられなかった。
 煉はフッと笑った。
「ここがどこかは知らないが、とりあえずディズニーランドじゃあないようだな」
 ディズニーランドの意味は分からなかったが、煉の皮肉な声に、男たちは馬鹿にされたような気がする。
 先ほどとは違う魔導士が、同じ炎の呪文を唱えた。
「―ファイアーボール!」
 やはり、それは煉の横の空間を薙(な)いでいく。
 煉はそれを見てから、横に、軽く肩幅に足を開いた。
 たったそれだけの動きで、空気が緊張した。殺気のような威圧感(プレッシャー)が、煉から立ち上る。
「・・・・・・・・」
 煉は口を開いた。
 そこから漏れる言葉に、魔導士たちはたじろぎながらも強ばった嘲笑を浮かべた。
「ば、馬鹿な・・・ファイアーボールだと?」
「2度見たぐらいで、そんなことができるはずが・・・・・・っ」
「呪文を唱えればできるというものじゃないぞっ」
 煉の瞳が、鋭く細められた。
「―ファイアーボールっ!!」





 シオンとメイは魔法研究院へと駆けながら、状況を聞いていた。
「ったく、馬鹿なことしやがって・・・!」
 シオンが低く唸る。
 先日魔法の開発に成功したメイだったが、その功績はキールにも与えられていた。元々彼女を召喚したのはキールだったからだ。悔しがったのは研究院の、キールをよく思っていない魔導士たちだった。ぽっとこちらに来て、長年修業研究していた彼らを追い抜いた異世界の娘も気に入らなかったが、そのために今キールが持ち上げられているのはもっと気に入らなかった。・・・キールにしてみれば、今回のことで自分がもてはやされるのは迷惑だったようだが。
 しかし勝手な怒りにとらわれている彼らに、そんな事は通じない。
 魔導士たちは、どうしてもキールに一泡ふかせたかった。
 そこで彼らが考えたことは、もっと力あるものを召喚することだった。キールにメイが召喚できたのだ―といっても、実験の失敗で結果的に召喚してしまっただけなのだが―、自分たちならもっと高位なものを召喚できるに違いない、と・・・。
「だいたい、生き物の召喚魔法ってのは禁忌(タブー)なんだ。間違って凶悪で強力な魔獣でも召喚してみろ、国一つ滅びたっておかしかーない」
「・・・・・・そうだったんだ」
 感心するメイに、シオンは信じられないような目を向ける。
「・・・・・・必須の授業で習っただろーが・・・」
「あれ? そうだったけ。・・・・・・あはは」
 笑ってメイは誤魔化す。
 シオンは深いため息をついた。
 メイはそれにムッとしたように、唇をとがらせる。
「でもさー、ほら、昔あたしドラゴン召喚されたの見たよ」
「・・・それは一種の事故だったろ? それに、『強力な生き物』を召喚しようとしたわけじゃない。強力な生き物を召喚しようとしたら、失敗してこちらがコントロールできるレベルのものだったらいいが、もし成功したらとんでもない化け物が出てくるという危険がある」
「そっか・・・。でもさ」
 メイの顔が少し青ざめた。
「それって、かなりやばくない?」
「今ごろ気づいたか」
「何よ、その言い方〜」
 二人の様子を周りから見ていると、とても大変な事態には思えない。
 ただ二人を呼びに来た魔導士だけが、この世の終わりのような顔をしていた。
 メイが、その魔導士に声をかける。
「それで、どんな化け物が出てきたの!?」
「・・・・・・いえ。召喚は失敗して・・・・・・人間が」
「人間だあ?」
 今度は、シオンが呆れたように声を上げる。
「それのどこが大変なことなんだ」
「そうだよねー。あたしの時と同じじゃん」
「・・・・・・確かに大変だな」
「うるさ〜いっ」
 メイのパンチが、シオンにとぶ。
 しかしそんな二人につきあっている余裕はないらしく、魔導士は情けない声を上げた。
「と、とにかく、それでも大変なんです〜」
 その言葉が終わる前に、何かが爆発する音とともに角の向こうで煙が上がる。魔法研究院の方だ。
 シオンとメイは、おろおろする魔導士を置いてダッシュした。
 すぐに魔法研究院が見えてくる。
 シオンは魔法研究院の前に着くと、驚きを通り越して呆れてしまった。
「・・・・・・これは、凄い」
 メイも同じく。
 研究院は半壊していた。
 魔導士たちは、煉を召喚してしまった者以外は全員避難している。
「これはいったい、どうしたんです!?」
 人込みをかき分けて、キールが近づいてくる。シオンは彼に肩をすくめてみせた。
 メイがキールを向く。
「キールは、何が召喚されたか見た?」
「召喚? 何のことだ」
 どうやらキールは、王宮の書庫の方に行っていたらしかった。
 メイはキールに説明しようとする前に、再び爆音が響き残されていた屋根が吹き飛んだ。
 メイたちの顔色が変わる。
「これって・・・・・・あたしが開発した魔法!?」
 それほどの炎の魔法の威力だった。
 考えるより先に、メイの足が駆け出す。
「「メイ!」」
 シオンとキールが、慌ててその後を追った。
 メイはがれきを避けながら、奥へと進んだ。広間に出る。座り込んでいる魔導士たち数人と、すっと立ている背の高い男の姿があった。
 メイの肩を後ろからシオンがつかむ。
「危ねーぞ」
「下がってろ、メイ」
 シオンとキールが、メイを背に庇った。その二人の間を、メイはふらふらと通り越した。
「嬢ちゃん!」
「メイ!」
「・・・・・・れ、ん?」
 メイは二人の制止を無視して、足を進める。
 その目に映るのは、学生服姿の男。少し・・・いやかなり大人っぽく精悍さを更に増していたが、見間違えるはずがなかった。
 信じられない思いで、メイは呼んだ。
「煉!?」





 魔導士たちはもう、腰が抜けて逃げることもできない。悲鳴を上げることすらできなかった。
 研究院を半壊―全壊に近い―させた煉は、ちらりと魔導士たちを見下ろした。
「さて、ここがどこか教えてもらおうか」
 この男たちに使えて、自分に使えないわけがない。それだけの思いで呪文を唱えた煉だったが、これほど簡単に自分が使うことができるとは予想外だった。
 まさか彼らを殺すわけにもいかないので、とりあえずこの建物を壊してみたのだった。
 魔導士たちは、彼を召喚してしまったことを心から後悔していた。
 煉は男たちを見回す。
「煉!?」
 突然響いた声に、煉の肩はビクリと揺れた。
 自分の耳を疑う。
 3年ぶりに聞いた声。
 けれど自分が、この声を聞き間違うはずがない。
「・・・・・・芽衣?」
 振り返れば、消えてしまうのではないか。
 そんな不安に駆られながら煉はゆっくりと、声の聞こえた方に首を巡らした。




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