伝えたい想い

「うわぁ、雪だ!」
 窓のカーテンを開け、メイはレオニスを振り返った。
 レオニスは窓に目をやる。
「・・・そうだな」
「ねぇねぇ、今日どっか行こう!」
 一緒に暮らし始めてから初めての新年祭だ。
 街通りも広場もにぎわっているに違いない。
 レオニスと二人で街を歩くのは、とても素敵なことに思えた。
「・・・・・・」
 にこにこと自分を見るメイから、少し目を反らしてレオニスはクローゼットを開けた。
「だめだ」
「え〜! どうしてよー」
 メイは不満の声を上げる。
 レオニスはクローゼットから正装の服を取り出す。
「今日は神殿でセレモニーがある」
「セレモニー?」
「・・・殿下と姫が新年の祝辞を述べられる」
「ああ、天皇陛下が国民の前で手を振るようなやつだ?」
「?」
 レオニスは眉を寄せたが、納得したふうのメイに言葉を続けた。
「私は殿下と姫の護衛につかなければならない」
「・・・そっか。近衛のお仕事ならしかたないね」
 残念そうに言ってから、メイはパッと明るくなった。
「そうだ! あたしもそれ見に行く」
「だめだ」
 即返された言葉の強いその調子に、メイは首をかしげる。
「どうして?」
「・・・・・・」
「誰でもそこに行けば見れるんでしょ?」
「・・・・・・近くで話せるわけではないぞ」
「いいよ、別に」
 メイは軽く笑う。
「殿下とディアーナには、後でいくらでも新年のあいさつに行けるもん」
 近衛のレオニスさえ皇太子と末姫の部屋を個人的に訪れるということがないというのに、この異世界から来た少女は、なぜか今はフリーパスでセイリオスの部屋へもディアーナの部屋へも入って行ける立場にいた。
 レオニスは珍しく柔らかく言う。
「では、なにも人込みに混ざって眺めることはないだろう? 今日のセレモニーをわざわざ見に行く必要もない」
「・・・・・・」
「そうだな、明日なら私も空いている。明日二人で出かけよう?」
「・・・・・・何か、隠してる」
 メイはそう断言する。
「・・・・・・」
 レオニスは表情を動かさなかった。
「何も隠してなどいない」
「じゃあ、さっきの間は何よ?」
「・・・・・・」
「あたし、行くからね」
 メイは自分の腕を組んだ。
「理由がないなら、行ったっていいじゃない」
「来るな」
 刺すようなきつい眼差しに、メイは一瞬ビクリとする。
 気まずい沈黙が流れた。
 メイは顔を伏せる。
 レオニスは何か言いかけ、だが、そのまま口を閉ざした。





「って、酷いと思わない!?」
「・・・は、はぁ」
 訪ねてくるなり、声をはさむ間もなく今朝のことを話すメイの剣幕にシルフィスはたじたじとなる。
 メイはぐい、とシルフィスに寄った。
「ね? シルフィスもそう思うでしょ!?」
「・・・でも、メイ。隊長には隊長のお考えがあるのだと思いますよ」
「わかってるわよ。でもさ、理由を教えてくれないんじゃ怒るしかないわよ」
「きっと、話せない理由があるのですよ・・・」
 やんわりと微笑む親友を、メイはじろりと見た。
「だから、その理由って何よ」
「・・・・・・それは・・・その」
 微妙に視線を反らすシルフィスに、メイはピンとくる。
「シルフィス、さては、知ってるわね?」
「あ、いえ・・・」
「白状なさい! 親友でしょ!?」
「たとえ親友でもこればかりはお話できません」
 困ったように言ってしまって、シルフィスはハッと口を押さえる。
 語るに落ちるとはこのことだ。
 メイは迫力のある笑みを浮かべた。
「ふふふ・・・やーっぱり知ってるわね〜」
「メ、メイ。あ、あの、私そろそろ行かないと」
「どこへよ」
「セレモニーです」
 シルフィスはまだ騎士見習いの立場だったが、警護の人員増強のために見習いの騎士も一部セレモニーに配備されるのだ。 
 シルフィスはいそいそと上着をとる。
 その腕をメイがつかんだ。
「シルフィス、まだ理由を聞いてないわよ」
「ええと、急ぎますから、またセレモニーの後で」
「後だったら意味ないじゃない」
「シルフィス〜! 早くしろよ、まだかよ!? ディアーナに何かあったら大変だろ!!」
 ノックもせずに、すっかり用意の整ったガゼルがそう顔を出した。
「バ、馬鹿、ガゼル!」
 シルフィスは頭を抱えるがもう遅い。ガゼルもメイを認めて顔を覆った。
「あちゃ〜」
「ちょっと、ガゼル! 今のどういう事よ!」
「え? いや、オレ何か言った?」
「―わざとらしいのよ、あんた! そんなことでこのメイさんが誤魔化されるわけないでしょーが!」
「うわぁっ」
 襟首を捕まれて、ガゼルは視線を反らせる。
「メ、メイには関係ない事だって」
「ディアーナの事なら関係ないわけないでしょ!」
「ええと。・・・・・・シルフィス〜」
 助けてくれ〜。
 そのガゼルの目に、シルフィスは大きく息をついた。
「・・・・・・他言無用ですよ」
「うん」
「一週間程前に、脅迫文が届いたんです。セレモニーを中止するように、と」
「そうしなければ妨害するって? ―ううん、ガゼルの話からすると、狙われてるのはディアーナ?」
「いえ。『王族』ということなので、セレモニーに列席する殿下か」
「ディアーナってわけだ」
 そう、シルフィスの言葉をガゼルが奪った。
 ガゼルは開き直ったのか、指を立ててメイを見る。
「どうしてセレモニーを中止しないのかって思うだろ? けどな―」
「ううん、思わない」
 はっきりメイに否定されて、ガゼルは転けかける。
 メイは唸った。
「脅迫文で行事を中止したら、権威が落ちるもんね。それを狙ってるのかもしれないし、それに一度屈したら、絶対何度も同じ手を使われるもの」
「・・・・・・そのとおり」
 すこし腐ったふうに、ガゼルは頷く。
 その様子からすると、ガゼルは「どうして中止しないのか」とレオニスにでも言ったのだろう。
「でもさ、どうしてあたしにまで秘密にすんのよ」
「言ったら、絶対にセレモニーに来るでしょう」
 シルフィスがそう言うのに、メイはきっぱりと頷いた。
「もちろん。・・・何もそんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。あたしだって殿下とディアーナが心配だもん」
「メイが心配しなくても、オレたちや隊長たちがバッチリガードするから大丈夫なの」
「一般の人たちだって普通に参加するんでしょ? あたしだけ行くななんて・・・・・・。レオニスも横暴だわ」
「―そりゃ、メイが来たら騒ぎが大きくなる確立が高いから―」
「隊長はメイのことを心配なさっているのですよ」
 ガゼルの口をふさぎ、シルフィスはにっこりとメイに微笑む。
 メイはじと目で二人を見た。
 ちゃんと聞こえたわよ。
 人を歩くトラブルメーカーみたいに言ってくれちゃって。
 今までのことから考えるとそれが限りなく事実に近いことを、メイは棚の上に押しやった。
「・・・わかったわ。がんばってね」
 にっこり。
 メイの笑顔に、シルフィスとガゼルはあからさまにほっとした表情になる。
 メイはそして騎士団宿舎を後にした。
「・・・・・・なーんてね」
 メイの足はレオニスと自分の暮らす屋敷ではなく、セレモニーの行われる神殿へと向かっていた。
 理由は分かったが、行かないとは言っていない。
「まだまだ甘いのよね、シルフィスもガゼルも」
 ディアーナとセイリオスは、メイにとって大切な友人だ。
 自分だってもしかしたら何かの役にたてるかもしれない、と思う。
 それに。
 今朝のレオニスの態度を思い出し、少しむかむかしてしまう。
 あの時は苦しいぐらい悲しかったのだが、時間が立つと腹立たしさが大きくなっていた。
 なにも、あんなにきつく言うことないのに。
 自分が仕事の邪魔だと思うのは分かるが、それにしても、と思う。
 レオニスがあれほど鋭く怖い目でメイを睨んだことは、今までなかったことだった。
 しかしメイの足は止まらない。
 セレモニーで何か起こることを思うと、胸が締めつけられているように痛んだ。
 セイリオスとディアーナが心配なのもある。
 いや、正確にはメイは二人をそれほどは心配していない。近衛たち精鋭がしっかりガードしているだろうし、しかも側にはあのレオニスとあのシオンがついている。どんな相手であれ、あの二人の前でセイリオスとディアーナが傷つけられるとは思えない。
 けれど。
 レオニスは?
 彼は何があってもディアーナたちを守りきるだろう。そう、自分の命に代えても―。
 メイは知らず、唇を噛んだ。
 レオニスのことが心配だった。とても、屋敷で待っていることなどできない。
「・・・・・・」
 来るな、と言ったレオニス。
 どうして、分かってくれないのだろう。
 そう、メイは思う。
 こんなに心配しているのに。こんなにいてもたってもいられないのに。
 こんなに大切なのに。
 ・・・・・・どうして分かってくれないのか。
 メイは神殿前についた。
 そこにはもう多くの人が集まっていた。

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