伝えたい想い  U

 知らず、レオニスはため息を漏らした。
 レオニス配下の警備の配置は終わった。辺りをそれとなく見渡すと、他の所属の者も配置についたようだ。セレモニーまで後少し。
 今の所異常はない。このまま、何事も起こらなければいいのだが・・・。
 ふっと今朝別れ際のメイの顔がよぎる。
 ズキリと胸の奥が痛んだ。
 自分は器用に話せる方ではない。
 もっと他に言いようがあったかもしれないとも思う。
 けれど上手く表わせないのだ。
「・・・・・・」
 少しでも危険なところには近づいてほしくないのだと、そう正直に言えばよかったのだろうか。
 プライベートな時間ならいい。
 レオニスは自分の腕にはそれなりの自信があった。
 メイ一人なら、どんな危険からも自分が守りきってみせる。
 むしろメイの姿が見えないほうが、レオニスは不安だった。
 ―自分のいないところで、恐ろしいめにあっていないかと。何かにまきこまれてはいないかと。・・・助けを求めて、自分の名を呼んでいるのではないか、と・・・。
 そんな不安で、落ち着かなくなる。
 けれどそれは、あくまでもプライベートな時に限られた。
 なぜなら・・・・・・。
「レオニス」
 かけられた言葉に、レオニスの思考が遮られる。
 シオンがそこに立っていた。
「おいおい、しっかりしてくれよ? 主役がついたぜ」
「・・・は」
 レオニスは言い、完全に思考を切り替えた。
 シオンの振り返った視線の先に、セイリオスとディアーナが現れる。
 二人の話し声が、近づくにつれはっきりと聞こえてくる。
「・・・・・・ねえ、お兄様。なんだか警備の数が多くありませんこと?」
「そうかい? いつもこんなものさ」
「そうかしら?」
「それよりディアーナ、何度も言ったけれど、絶対に私の側から離れてはいけないよ」
「もう、朝からそればかりでしてよ。でもどうしてですの?」
「そりゃー、姫さんが皆の前で転びでもしたら大変だからさ」
 シオンが軽い声をかける。
 ディアーナは小さくふくれた。
「まぁ! いくらわたくしでも、転んだりいたしませんわ」
「絶対に?」
 そうシオンに返されて、ディアーナは思わず言葉に詰まってしまう。
「う・・・・・・。ぜ、絶対、ですわ」
「まあまあ。万一の場合の支えだと思っときなって」
 シオンは言って、軽くウィンクした。
 セイリオスとシオンは、ディアーナに気づかれないように意味深な視線を送りあう。
 セイリオスはその時浮かんだ真剣な眼差しを、すぐに優しいものに変えて妹姫の背に軽く手を添えた。
「さ、行こうディアーナ。皆が待っているよ」
「はい、お兄様」
 ディアーナは微笑み返す。
 二人は壇上へと進む。
 その背後にぴたりとレオニスが、そして少し後方にシオンが続いた。
 視界がひらける。
 壇上からは、集まった人々の顔がよく見渡せた。
 ―メイ!
 その中に恋人の姿を認めて、レオニスは青ざめた。
 ディアーナが、小さく声を上げる。
「まあ、メイですわ」
 ディアーナは小さく手を振りかけ、その手を演台の下でセイリオスがぎゅっと握った。
「―こら」
 顔はあくまでも集まった人々に笑顔を向けながら、器用にディアーナを叱る。
 ディアーナははっとなって、小さく内心舌を出した。
 いけない。
「はぁい、お兄様。ごめんなさい」
 やはりディアーナもセイリオスを見ることなくそう微かに囁く。
 セイリオスのディアーナの手を握る力は、それに応えるようにごく優しくなった。






 荘厳にセレモニーは始まる。
 メイは本当なら退屈しそうな種類のセレモニーだったのだが、壇上の姿に見惚れていた。
 セイリオスとディアーナは元々美形なのだが、今のように美しく着飾ると絵のような一対だ。
 セイリオスもディアーナもこういう華美な服装が好きではないのはメイはよく知っていたが、たまには目の保養になって―周りにとっては―いいものだと思う。
 そしてレオニス。
 礼服の彼を、メイは実はあまり見たことがない。レオニスは自分の職務中、特に近衛として出ている時にメイが現れるのをひどく嫌がるのだ。
 だから近衛然としてディアーナたちの後ろに控えている彼を見るのは初めてのことだった。
 かっこいい。
 ひねりも何もなかったが、それがメイの正直な感想だった。
 胸が高鳴る。それは痛いようでもあり、嬉しいようであり、誇らしいようでもあり、叫び出したいようなじれったさでもあった。
 一番近い言葉は、信じられないような喜び、だろうか。
 あの人が自分の好きな人だ。あの人が自分の一番大切な人。そして、あの目が自分を見てくれるのだ。優しく笑って、自分の名を呼んでくれるのだ。
 けれどその気分は長くは続かなかった。
 このセレモニーを誰かが妨害するかもしれないのだ。
 メイは無性に腹が立ってきた。
 そいつがいなければ今朝自分がレオニスにあんな目を向けられることはなかっただろう。
 それになによりも。
 メイの大切な大切な大切なレオニスやセイリオスやディアーナ、ついでにシオン、それからもしかしたらこの神殿のどこかにいるシルフィスとガゼルが危険な目にあうかもしれないことはなかったのだ。
 絶対に許さないんだから。
 心配で胸を焼く不安は、犯人への怒りへと変わっていく。
 その時、メイの斜め前にいた男が、何かを振り上げた。
 メイの頭に浮かんだのは、レオニスとディアーナたちの笑顔。
 考える間もなかった。足が勝手に動く。
「このー!」
 メイは男の背中に飛びついた。だがその前に、男は驚きながらも手にしていた球のような物を地面に叩き付けていた。球が割れ、濃い白煙がぶわりと広がる。勢い良くとびかかられ、メイに押し倒された男は懐から短剣をかざした。
 壇上から、白煙で見えなくなる瞬間に、それがはっきりと見えた。
 光に照返す不気味な刃の反射。
 メイの頭上に煌いたそれ―。
「―きゃあああああ!!」
 ディアーナが悲鳴を上げる。
 けれどその剣が振り下ろされようとした時、白煙が全てを覆い隠してしまった。
「いやあああ!!」
「ディアーナ!!」
 悲鳴を上げ続ける妹を、セイリオスは演台の影に押し倒した。
 先ほどまでディアーナが立っていた場所に、矢が立つ。
「お兄さ・・・」
「じっとしていろ!」
 ディアーナの頭を抱くようにして庇いながら、セイリオスが鋭く言う。
 セイリオスのかたわらから、矢が射かけられた方向へ爆炎が走る。
 天井近くの窓にいた矢を射った男が、すさまじい悲鳴を上げて落ちる。その窓もすぐに白煙に見えなくなる。悲鳴と怒号が交錯している。辺り全てが濃い白煙に包まれていた。
「しとめたな」
 爆炎の呪文を飛ばしたシオンが、ディアーナをぎゅっと胸に抱き守るセイリオスのそばで軽く言った。だが、その目はひどく真剣だった。
「嬢ちゃんのおかげだな。矢を射かけるタイミングをはかられてあの白煙が広がったら、とても対処できなかった」
 シオンにも見えていたのだ。もちろん白煙に消えた時のメイの状況も。
 レオニスもシオンのいる反対側、セイリオスのかたわらで彼らを守るように片膝をついていた。
 セイリオスの腕に抱かれたまま、ディアーナはハッと我に返ると青ざめたままレオニスを見た。
「レ、レオニス、メイを・・・っ」
「・・・・・・」
「メイをはやく! 助けに!」
 間に合わないかもしれない。
 その恐怖が、ディアーナの胸に冷たい何かを落とす。
 必死のディアーナに対して、レオニスは冷たいほど冷静に見えた。
「この状況でお側を離れることはできません」
「メイが危ないのですのよ!?」
 ディアーナの声には非難があった。他の誰でもない、自分の恋人ではないか。
 しかしレオニスの表情は動かない。
「私の任務は殿下と姫をお守りすることです」
「では、では、命令です!」
 ディアーナは怒りに震えていた。
 メイはディアーナにとって大切な友人なのだ。
 レオニスがこんなに冷たい人間だとは思わなかった。
 メイが可哀相だ。
「メイを助けに行きなさい」
「・・・・・・そのような命には従えません」
 レオニスの言葉に、思わず立ち上がりかけたディアーナを、セイリオスは後ろから抱き寄せる。
 彼女を落ち着かせるように優しく肩を撫ぜながら、レオニスの方を見た。
「私からも頼む、レオニス。メイは私の大切な友人でもある」
「刺客は退治できたんだ。後は、嬢ちゃんと対していた奴をどうにかしないといけないだろ。ここはオレがついてるからさ」
 シオンがそう口をはさむ。
 だが、レオニスは動こうとしない。
「あのなぁ、オレのお気に入りの嬢ちゃんなんだぜ?」
「レオニス」
 セイリオスは息をついた。
「このままでは私の大切な妹が、この壇上をかけ降りて行きかねない。行くんだ」
「・・・・・・では。もう少し白煙が収まりましたら」
 そうすれば視界がきくようになり、レオニスが離れてもセイリオスとディアーナの安全は確保される。
 ディアーナが何か叫ぶ前に、シオンがきつい声を上げた。
「―それじゃ遅いんだよ!!」
「・・・・・・」
 レオニスは応えない。ただ、周りに警戒を向けるだけ。
 シオンはそんなレオニスに激しく舌打ちした。
 ディアーナはすがるようにシオンを見る。けれどシオンはその目から視線を反らせた。
 シオンこそ、セイリオスとディアーナの側を離れることはできないのだった。

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