| 伝えたい想い V |
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| 短剣が振り下ろされる。 「きゃあっ・・・て」 メイは、男の脛に蹴りを入れた。 男は思ってもいない反撃に、一瞬ひるむ。 「ビビるだけだと思ったら、おー間違いよっ!」 喚きながらも、とりあえずメイは男から転がり離れる。 辺りは白煙で見えない。 だがその煙の幕を割って、男はメイに迫った。 「このっ」 「それはこっちの台詞!」 許さない許さない許さない。 恐怖は怒りに抑えられる。 自分の大切な人たちを傷つけようとする者。 「ディアーナたちに手を出そうなんて、このメイさんが許さないんだから!」 小さく詠唱していた呪文が完成する。 振り上げられる白刃も。巨体の男の血走った目も。 怖くなどない・・・! 「死ね、小娘!」 「ファイアーボール!!」 メイは男が振り上げた白刃の下へと飛び込んだ。 男の懐で炎の固まりが爆発する。 「うお!?」 「―きゃあ!」 爆風で、メイは後方に吹き飛ばされた。 柱に叩き付けられる前に、何かが彼女を抱き留める。 「・・・う・・・」 「メイ! ―なんて無茶なことをするんですか!」 シルフィスが、メイを腕に抱きながら怒鳴る。 メイは軽く呻いてから、シルフィスを見てにこっと笑った。 「・・・ナイスタイミング」 「ナイスじゃありません! わかっているのですか!?」 シルフィスの配備された位置が、たまたまこの柱の側だったのだ。 そうでなければ、たとえ駆けつけても間に合わなかっただろう。 メイの鍛えられていない身体は、簡単にひしゃげていたに違いない。 「―あんな至近距離でファイアーボールなんて!」 「・・・だってさ、離れてたら周りにも被害あたえちゃうし。煙で良く見えなかったし、他の人に怪我させたら後味悪いもん」 「・・・・・・・っ」 シルフィスは深くため息をつき、表情を緩めた。 「まったく・・・! あなたという人は」 シルフィスは自分がこの柱の側に配置されていてよかった、と思った。 柱の向こうにメイを見つけた時はかなり驚いてあきれもしたが、結果的にはメイがいなければ男のタイミングをずらせることはできなかっただろう。男の不審な動きにシルフィスも気づいたが、彼女(彼)と男の間には人込みの壁があってとっさに間に合わなかったのだ。 後はこのまま、白煙が晴れるのを待てばいい。 シルフィスは動かなくなった男を見てから、メイに目を戻した。 「・・・よく、やりましたね」 優しく綺麗な微笑みに、メイはえへ、と笑った。 「うん、ありがと」 「立てますか?」 「―うん、だいじょぶだよ」 言って、メイは立ち上がった。 「皆、大丈夫かな」 「大丈夫ですよ、きっと」 にっこりと笑んでから、シルフィスは周りを見渡した。 徐々にだが、煙が晴れてきている。 メイの言う通り、男の身体でファイアーボールの爆発は殆どが吸収されて、辺りに被害はない。視界が広がるにつれて人々の狂乱もなんとか静まっていった。 だが、やみくもに煙の中を逃げ道を求めて駆け回ったのか、あちこちに転んだり倒されたりしてけが人がでているようだった。 入り口が開かれ、魔導士が風をおこして煙を勢いよく外へ放出しだす。 すると、見る間に煙は神殿の中から消えた。 「皆、落ち着くのだ」 凛とした声が、ざわめきを沈める。 壇上にセイリオスとディアーナが立っている。 セイリオスはよく響く声で静かに言った。 「もう何も心配はない。無事な者は扉の近くの者から順に退出してほしい。怪我をしている者は、そこを動かずに。―すぐに人を向かわせる。騎士たちは最低限の警備の者を除いてここの処理を。手の空いている者は民の誘導に向かうように」 そのほかにも、次々と的確な指示を出していく。 メイは無事な彼らの姿に、よかったとほっとした。 シルフィスは、ふとメイがさっきから両手を隠しているように思えて彼女を見た。 「メイ? 手を」 どうかしたのですか? その問いは最後まで発せられなかった。 レオニスが近づいて来たのに気づいたのだ。 「あ、隊長」 「え?」 違う方を見ていたメイは、シルフィスの声にそちらを向く。 「あ? レオニス―」 笑顔のメイの言葉は途切れる。 ぱしり、と軽い音が響いた。 白煙が晴れていく。 シオンの固い表情は、ふいと消えた。 軽く、口笛を吹く。 「さっすがオレの嬢ーちゃん」 あなたのメイではありませんわよ、といつもなら突っ込むディアーナだったが、今はそれをする余裕もなかった。 「無事なんですの!?」 演台から、顔を出す。 シルフィスのそばにメイが立っているのが見えた。 その向こうに、どう見ても魔法で倒されている先ほどの男。 「よ、よかったですわ〜」 ほっと息をついて力が抜けたディアーナを、セイリオスは立ち上がりながら支える。 「怪我はないね、ディアーナ?」 「ええ。・・・・・・大丈夫そうですわ」 支えられながら立ち上がるディアーナに、セイリオスは少し微笑んだ。 「私の言っているのはメイのことではなくお前のことなのだがね」 「まぁ。わたくしは無事ですわ、お兄様。お兄様がかばってくださいましたもの」 「そうか」 ほっとセイリオスは息をつく。 シオンがちらりとレオニスを見た。 「ほら、行ってやんな」 「・・・・・・」 「行くんだ、レオニス。許す」 動きそうにないレオニスを、セイリオスはそう促した。 レオニスは微かに頭を下げ、そこを離れた。 シオンが大仰に肩をすくめる。 「ったく、固いねぇ、素直じゃないねぇ、あいつは。オレならこんな事が起こったら、義務も何もかも放り捨てて、一番大切な奴の所に走るけどねぇ」 「そうなのか?」 「だからお前んトコに来たろ?」 シオンは相変わらず軽い笑顔で言う。セイリオスはハハッと笑った。それはディアーナも良く知っている、皇太子としてではない彼の笑顔。だがすぐにセイリオスは公的な顔に戻る。セイリオスはディアーナをちゃんと立たせた。―だが、演台の下では優しくディアーナの手を握っている。セイリオスは演台から、ざわめきの収まらない民たちへと口を開いた。 メイははじめ、何が起こったのか分からなかった。 「―隊長!!」 シルフィスは珍しく、非難の声を上げる。 メイの叩かれた頬が、うっすらと赤くなっている。 シルフィスは、メイの肩を抱いた。 「メイ、大丈夫?」 「・・・・・・レオニス」 メイはぼうぜんとレオニスを見上げた。 自分を見下ろしているレオニスに、メイはビクリとする。 まるで憎まれているような、それほどきついレオニスの眼差し。 「ど、して?」 「―帰れ」 とりつく島もない、冷たい言葉。 まるで突き放すようなそれ。 メイの胸を、心が砕けるかと思うほどの痛みが走った。 ぱた、と涙がこぼれ落ちる。 どうして? どうして? 「な、によ・・・っ」 どうしてよ!? 「―レオニスの馬鹿!!」 叫んで、メイは駆け去った。 「―メイ!」 シルフィスは無意識に彼女を追いかけかけ、躊躇したようにレオニスを見た。何も言おうとしないレオニスに、シルフィスは言う。 「追いかけて下さい、隊長」 「・・・・・・任務の途中だ」 レオニスそう冷たく言うと、まだざわついている神殿の奥へと踵を返した。 立ち尽くすシルフィスに、ガゼルが駆け寄る。 「オレがここにいるから、行ってやれよシルフィス」 「! ガゼル、恩に着る!」 シルフィスは強く頷くと、メイが消えた方向へ駆けて行った。 レオニスは、壇上を降りたセイリオスたちの側へ戻る。 怒り心頭のディアーナの口を、セイリオスが後ろから困ったようにふさいでいた。 セイリオスは息をつく。 「・・・レオニス。我々がメイに救われたのは確かなんだよ」 「あ〜あ〜。オレが行ってやれって言ったのは、いたわってやれって意味で、怒りに行けって意味じゃなかったんだけどな〜」 「・・・・・・」 だがレオニスはこの件に関しては徹底無視を決め込んでいるらしい。 セイリオスの言葉にもシオンの文句にも何も返さなかった。 ディアーナは兄の手を振り払い、びし、とレオニスを指さした。 「わたくし、わたくし、あなたとメイの結婚は絶対に許しませんわ!」 ディアーナは、メイが泣いているのを初めて見た。 そんなメイを、駆け去っていったメイを、この男は追おうともしなかったのだ。 「部下たちの指揮をとらなければなりませんので、これで」 失礼します。 何もなかったかのように、レオニスはそう静かに言うとその場を去った。 ディアーナはふるふると震えながら、セイリオスを振り返った。 「お兄様! メイにふさわしい素敵な殿方を知りませんの? 紹介してあげて下さいな」 「ふさわしい、と言われても・・・」 セイリオスは知る貴族の若者たちを思い起こすが、どう考えても友人に紹介してやりたいような信頼できる人柄の者が想い浮かばない。 「・・・レオニスは充分に立派な奴だと思うぞ? ・・・・・・多少融通のきかないところが難だが」 「それが大問題なのですわ!」 「オレオレ、オレなんかどう?」 「却下、ですわ!」 シオンの口出しに速攻で答えて、ディアーナはふうと小さくため息をついた。 その目は、メイの消えた神殿の出口を映している。 「・・・ディアーナ」 セイリオスはそんな彼女の肩を、優しく抱いた。 メイの足は広場の噴水の前に止まった。 息があがっている。 「なによ、レオニスの奴」 だいたいあいつは横暴なのよ! 怒っていなければ、崩れてしまいそうだった。 レオニスの冷たい瞳。 思い出すと、胸が刺されたように痛んだ。 もう、いらないと。 ・・・・・・そう言われたようで。 |