祈り

 
どうして まだ そこにいるの?

 どうしてって・・・。

役目は終わったのに

 役目?

運命に導かれて
その責を はたしたのに

 ・・・・・・・・・。

この世界にはもう 
あなたの運命はないのに

 だけど。だけどあたしはっ!

あなたは異なる者
この世界に属さぬモノ

 あたしはただ、そばにいたいだけ。そばで、普通に暮らしたいだけだよ?
 どうしていけないの?

あなたを飲み込んだまま
この世界が悲鳴を上げている

「―っ!」
 がばり、とメイは起き上がった。
 息が上がっている。
 傍らのレオニスが、そんなメイの頭に手を伸ばした。
「メイ、どうした?」
 レオニスを振り向くメイの顔は、こわばっている。レオニスも身を起こした。
「メイ? 悪い夢でも見たのか?」
「・・・・・・大丈夫」
「大丈夫という顔色ではないな」
 レオニスは言って、恋人を胸に抱き寄せた。
「? ・・・・・・震えているな」
「レオニス・・・あたし」
 あんな夢をなぜ見たのか、メイにはよく分かっていた。
 昨日やった魔法のせいだ。
 数カ月ほど前から、クラインでは珍しく季節はずれの嵐が度々街を襲っていた。王都には被害という被害はでていないが、辺境ではかなり被害が増えていた。特に作物の被害は大きい。
 そして嵐とは別に、野生の獣が狂暴化しているらしい。クライン王国に来る途中の商隊が、襲われて全滅したとも王宮に連絡が入っていた。先月は2度、クラインは大がかりな狂獣の討伐を行っている。
 ここ最近の状態は異常だった。
 魔法研究院でもその原因を調べている。
 一応今では一流の魔導士に名を連ねているメイも、昨日シオンと二人で協力して魔法でそれを探ったのだった。
 この異常に係わる大きなもの・・・・・・それを映し出した球に浮かんだのは、まぎれもなくメイ自身の姿だった。
 シオンはもっとはっきりするまでこのことを内密にするようにと、メイに言っていた。
 魔法が失敗して偶然術者の一人であるメイを映し出したのかもしれないし、万一メイの存在が関わっていたとしてもメイが原因であるとは限らないからと。
『案外嬢ちゃんの存在が、本当はもっと大きな厄災になるのを防いでいるのかもしれないぜ?』
 別れ際には、そうメイに笑って見せた。
 メイは唇を噛んだ。
 夢はあまりにも生々しかった。響いた声は、どこかアリサにも似ていた。それならなおさら、この世界の声な気がして。
「メイ・・・」
 あたしという異分子がいるから、この世界が?
 人間の身体に異物が入ることをメイは想像した。身体は拒否反応を起こして必死でそれを体外へ放出しようとする。もしもそれがかなわなければ・・・・・・人間の身体は死へ・・・。
 ゾッとした。
「メイ!」
 強くゆすられて、メイは我に返る。
「あ・・・」
「顔色が悪いぞ」
「・・・怖い、夢見て」
 まだこわばったまま、だがメイはレオニスに笑って見せた。
「小さな子どもみたいだよねー」
「・・・どんな夢だ?」
 レオニスは笑わなかった。優しくメイの背中を撫でる。
 メイはにこっと笑った。
「あのね〜。大きな熊に追いかけられる夢!」
 本当のことなど言えるはずがない。
 言ったら、泣いてしまいそうだった。この不安を、恐怖を、抑えられなくなりそうで。
 レオニスは熊という言葉に一瞬あっけにとられた。
 だがすぐに優しい眼差しになると、メイを横にならせた。そのメイの肩にしっかりと腕をまわす。
「・・・・・・こうしているから、もう大丈夫だ。何も怖がることはないだろう」
「レオニス」
「わたしがお前を守ってやる。熊ぐらい敵ではないさ」
 言い慣れない冗談を口に、レオニスはもう片方の手でメイの髪を撫でた。
「まだ朝まで時間がある。・・・・・・もう一眠りするといい」
「うん。・・・ありがと。起こしちゃってごめんね」
「・・・かまわない」
 静かなレオニスの声に、メイは目を閉じた。彼のぬくもりを感じる。伝わる鼓動が心地よかった。
 いつもならこうしていればどんな不安も消えてしまうのに、今は反対に胸が苦しくなる。
 愛しているから。
 幸せだから。
『この世界が悲鳴をあげている』
 耳に甦る声に、メイはレオニスの胸にさらに深く顔を沈める。
 レオニスと離れなければならなくなるかもしれないことが、恐ろしかった。

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