祈り V

「・・・・・・ちっ」
 シオンはシルフィスの話を聞き終えた後、小さく舌打ちした。
 射殺しかねない目を、シルフィスの横に立つ男に向ける。
 広場でメイが駆け去った後、シルフィスはメイを追いかけなかった。本当は追いたかったのだが、街人を集めてメイのことを吹聴していた男を放っておくことはできなかったのだ。
 はじめは警備隊にでも連れ渡そうと思ったのだが、それではこの男の話が広がってしまう恐れがある。考えたすえ、筆頭魔導士のシオンの元へ連れてきたのだった。
「失礼していいですか」
 シルフィスはそうシオンに切り出す。この男のことも気になったが、メイの事が心配だった。
「メイを探したいので」
「ああ」
 シオンは頷くと、シルフィスを執務室から送り出す。扉に手をかけたまま、廊下に出たシルフィスの背中に声をかけた。
「お嬢ーちゃんのことは頼んだぜ。・・・・・・それから」
「はい?」
 シルフィスはシオンを見た。
 シオンは軽く笑うと、人さし指を自分の口の前に立てて見せる。
「このことはまだ、内密にな」
「わかっています」
 シルフィスはそう、しっかりと頷く。
 それを見て、シオンは少し目を見張りそして笑みに目を細めた。
「・・・・・・シルフィス。お前さん、いい騎士になるぜ」
「え? あ、はい、ありがとうございます」
 慌てたように軽く頭を下げて、シルフィスは去って行った。
 シオンは優しい眼差しでその背中を見送り、そして扉を閉めた。男を振り返った時、その目には先ほどまでの優しさのかけらも残ってはいなかった。
「で? 何か言い残すことはあるか」
「・・・・・・何も聞かないのですね」
「何を聞くことがある?」
 シオンは冷たく笑った。
「渡りの占術士、となってるが、どうせダリスあたりの魔導士だろ? メイを厄災の元凶にしたててこの国を混乱させようとしたんだろうが・・・・・・ずいぶんとお粗末な作戦だったな」
「そうでもないと、今確信しましたがね」
 もはや言い逃れはできないと悟ったのか、男は酷薄な笑みを浮かべる。
「クラインの筆頭魔導士殿が、あの異世界の娘に肩入れしているという噂は本当のようだ」
「・・・・・・・・・」
「今に国民が彼女を裁けと言い出しますよ。その時に筆頭魔導士の立場にある貴方が、個人的感情で娘を庇えば、混乱は必至」
 国民の王室への信頼は、地に落ちる。
「そしてもちろん娘を見放すしかない幼なじみといわれる皇太子殿と、貴方は争わざるを得ない」
「・・・・・・」
 シオンは肩をすくめて見せた。
「オレがそんなにお人好しに見えるかねー。たしかに嬢ちゃんはオレのお気に入りだが、特別ってわけじゃないんだぜ?」
「そうは見えませんがね」
「・・・第一、お前さんを捕らえた以上、バカな話は終わりだ」
「私は何も嘘を言ったわけじゃない。厄災を占えば、あの娘が見える」
「それだけで元凶だとは決まらないな」
「その台詞、国中の人間が騒ぎ出した時に言えますか? ―誰も聞きはしないでしょうな」
 男は喉の奥で笑い声をたてた。
「私が投げたのは小さな一石。・・・・・・それで充分なのですよ。今はよほど力ある者しか見えずとも、厄災が大きくなればその中に見える娘の姿も強くなる。やがて誰もが、水晶球の向こう水鏡の向こう揺らぐ炎の向こうに娘の姿を見ることになる。そうなれば誰かが私の言葉を思い出す・・・後は風よりも早く噂は国中を駆け巡る」
「・・・黙れ」
「・・・私はクラインの崩壊だけを望んでいるわけではないのですよ。娘のことでクラインの内部が割れて国が疲弊するのは歓迎だ。だが、厄災はわが国にも影響を及ぼし始めている。元凶をそのままにしておけぬのは我らも一緒」
「黙れ」
「安心なさってくださいシオン殿。娘をめぐりクラインが混乱に力を失った後、我らが娘を処理してこの世界を救ってさしあげますとも」
「黙れと言っている!!」
 シオンは男の胸ぐらをつかみ、そのまま荒々しく壁に打ちつけた。
 男は顔を歪ませたが、にぃっと笑う。
「言われなくとも退散します」
「誰が逃がすか!」
「私が何の準備もなく、貴方の元に連行されるとでも?」
 言い終える前に、男の胸元が光り出す。
 爆炎呪文!?
 シオンはとっさに、ソファーの向こうに身を投げた。
 激しい閃光とともに、男のあらかじめアイテムに封じ込められていた呪文で火炎が爆発する。男は使い捨てのシールドを投げ捨てると、そのまま煙を突っ切って出口へ走る。
 だがその背中を、風の刃が貫いた。
 男は自分に何が起こったのか自覚することもできず、どうと倒れた。
 煙が収まった後、ソファーの影からシオンはゆっくりと立ち上がった。ソファーに身を投げた時に、すでに呪文を唱えていたのだ。後は男が扉に到達するころに、その力を放てばよかった。
 シオンはもう何も応えることのできない男に近寄る。
「・・・・・逃がさないと言ったろ」
 その声はどこまでも冷たかった。

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