| 祈り X |
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| シルフィスは公園に戻っていた。 だがやはり、そこにメイの姿はない。 どこにいったのだろう。 シルフィスの脳裏に、駆け去って行ったメイの小さな背中が甦る。 彼女の心を思うと、胸が痛んだ。 あらためて、あの占術士の男への憤りが沸き上がる。 よくもあんな根も葉もない中傷を、さも真実のように吹聴できたものだ。 ―災厄の影にメイの姿を見た者は、クラインではまだメイ自身とシオンしかいなかった。だからシルフィスがそう思ったのもしかたがないことだった。 鐘の音が響く。 シルフィスははっと顔を上げた。 「もしかしたら・・・」 シルフィスは、騎士団宿舎へと踵を返した。 メイが行く場所、それはあの人のところしかありえないではないか。 隊長と一緒なら、誰が一緒にいるよりもメイは心強いだろうと思う。 シルフィスはまだメイがレオニスと想いを通じ合わせる前から、彼女がどれだけ彼を想っていたか知っていた。 そしてその、想いの深さも・・・・・・。 シルフィスは騎士団宿舎へ向かう途中で、こちらに歩いてくるレオニスとメイを見つけた。 声をかけるかどうか、一瞬ためらう。 何を話しているのか、とてもメイは楽しそうに笑っていた。 「・・・・・・・・・」 シルフィスは、ふふ、と微笑んだ。 もう、大丈夫みたいですね。 陰りのない友人の笑顔に、シルフィスはほっとする。そして、そっとその場から立ち去った。恋人同士の語らいを邪魔するほど、シルフィスは野暮ではなかった。 「・・・・・・」 「レオニス、どうしたの?」 ふっと人通りの向こうへ視線を向けたレオニスを、メイは仰いだ。 レオニスは、メイに視線を戻す。 メイに穏やかに笑んだ。 「いや、何でもない」 シルフィスの姿を見たのだが、こちらに遠慮して去っていったのだろうと思った。 それから一週間が過ぎた。 災厄も大きいものは報告されず、王都も久しぶりの好天が続き表面上は穏やかな日々が続いていた。 しかしメイの心は反対に沈んでいった。 もちろんそれを表す彼女ではなかったが。 「メイ」 声をかけられて、メイは顔を上げた。 今日はレオニスにさそわれて郊外に来ていた。今までメイが、来たことのない所だ。 時々行く泉を通り過ぎると、林の向こうにひどく足場の悪い・・・・・・岩だらけで景観もお世辞にも良いとはいえない場所が広がっていた。そこを歩いていく。 普通好んでくる場所には思えなかったが、メイに不満はなかった。メイにとってレオニスと一緒ならどこでも嬉しいのだし、歩きにくい足場が多かったが、レオニスがそのたび手をかしてくれるので何だか騎士に―レオニスは本当に騎士なのだが―エスコートされている淑女の気分が味わえて得した気分になる。 レオニスは、岩から滑って降りようとしたメイを制したのだ。 メイを残し、レオニスは岩からその体躯で想像もつかないほど静かに着地した。 メイはその大きな背中を見つめる。 「・・・・・・」 この一週間、メイはシオンとともに災厄の元凶を調べなおしていた。けれど、何度魔法をためしても現れるのはメイ自身の影。それが日に日にくっきりと見えてきていた。 シオンは気にするなと言うが、シオン自身もあせっているのがメイには分かった。 今のところはシオンとメイしか見れていないが、あれだけはっきりしてくると近いうちに魔法研究院でも同じ所に行き着くだろうことは簡単に予想できる。 シオンはメイが災厄にとって何か重要な位置をしめているのは確かでも、イコール元凶というわけではないと何度もメイに言っていた。メイも、自分のせいだとは思いたくなかった。 けれどもしメイが元凶でなかったとしても、災厄について調べている研究院でメイの姿が現れたらどんな反応が起こるのか、そしてそれが発表されたらどうなってしまうのか不安でならなかった。 シルフィスと一緒にいたときの占術士の言葉。それを聞いてメイを見た人たちの冷たい・・・いや、敵意に満ちた目が忘れられなかった。 だが一番恐ろしいのは、本当に自分が災厄を起こしているのかもしれないと思う時だった。 レオニスはメイを振り返ると、岩の上のメイに向かって手を差しのべた。 「メイ」 「うん」 いけない。 メイは想いに沈む自分を叱咤しつつ、いつもの笑顔を浮かべる。 メイはレオニスのその手をとった。 「ありがと」 「・・・・・・」 レオニスは彼女を、抱きかかえるようにして地におろす。 メイの眼前に、小さな泉がひろがった。 その美しさにメイは目を奪われる。 「わあ! 綺麗・・・」 ほんの小さな泉は、真っ青に輝いていた。 大きさに比べてここは水深がかなり深く、さらに大きな岩石にかこまれて殆ど陽が入らないのだが、その光の差す加減でか晴れた夕刻前、この泉は目にしみるほどのブルーに染まって見える。 それで有名な場所だが、来るのがやっかいなせいでめったに人影はなかった。 目を輝かせて泉を見入るメイに、レオニスは内心ほっとした。 いつも元気すぎるほどの恋人。それが時々沈んだ目をするようになったのに、レオニスが気づかないわけがなかった。 メイはレオニスを振り返った。 「すごく綺麗! つれて来てくれてありがとね」 「・・・・・・」 レオニスはうなずく。 その優しい瞳にドキリとして、メイは焦ったようにまた泉へと身を乗り出した。 「・・あ」 勢いづきすぎて、ぐらりと上体がかしぐ。 レオニスはメイの後ろから腕をまわして抱くようにして支えた。 力強い腕を感じて、メイは泣き出したくなった。 失いたくない。失えない。 自分が災厄なら、この世界から去らなくてはならない。けれど、この手を永遠に失うことに自分は耐えられるのだろうか。 「・・・・・・っ」 メイの胸が苦しいほど痛む。 耐えられるはずがないよ・・・・!! レオニスのその腕を、メイはぎゅうっと一瞬握った。 「メイ?」 「・・・・・・」 メイは力を抜いた。レオニスを振り返った顔は、いつもの笑顔だった。 「ありがと、レオニス」 「いや・・・・・・」 レオニスはメイを足場の悪い場所から引き寄せ、そして躊躇してから口を開いた。 「・・・・・・何を、思い悩んでいる?」 「・・・別に、何も・・・」 メイは珍しく、歯切れ悪く答えた。 真っすぐなレオニスの眼差しに、目を反らしてしまう。 「何でもない」 「・・・・・・」 レオニスはじっとメイを見つめる。 メイは目を反らせているのにレオニスの深い眼差しを感じて、震える自分の手をきつく握りしめた。 レオニスの全てが愛しくて。 今はそれが苦しかった。 |