祈り [

 雨は激しく路上を叩いている。
 ただ風がほとんどないせいか、傘はその役にたつだろう。しかしシオンは今、手にしたそれをささないまま、駆けていた。衣は雨をぐっしょりと含み、重いほどだった。
「・・・・・・」
 捜していた娘を見つけ、シオンの足が止まる。
 溢れる噴水のそば、メイははねるしぶきを見つめているように見えた。
「馬鹿が・・・・・」
 狂おしいもの。あるいは苦しい何かに。
 シオンの胸が、どうしようもなく締めつけられる。
 ただわけもなく「馬鹿野郎」と思いきりどなりつけて、この胸にしっかりと抱きしめたい、そんな衝動がシオンの内に沸き上がる。
 シオンは自分の拳を強く握りしめ、メイに近づいた。
 強い雨の音に、メイは気がつかない。
 シオンはメイの傍らに立った。
「・・・メイ」
 この時、メイがほんのかすかでもその瞳に苦しみを残していたならば、シオンは彼女をそのまま抱きしめてしまっただろう。
 だが、振り返ってシオンを仰ぐメイの瞳には、かけらの苦痛もなかった。
「シオン」
 雨に濡れていてさえ、泣いているのだとは絶対に間違わない。
 そんな完璧な笑顔。
 メイはそして、明るい声を上げた。
「ちょっと、どうしたのよシオン。傘を手に持ってどうすんの」
「・・・・・・」
 シオンは、いつものように笑えなかった。
 メイと、何よりも自分に対する苛立ちと腹立たしさで、胸の奥が爛れるように苦しかった。
「シオン?」
「・・・・・・研究院で出た結果も聞いたろ」
「うん」
 メイはそう頷いてから、大げさに両腕を前で組んで見せた。
「ほんと、まいったわ。何だかもう、いいかげんにしろって感じ?」
「その事を・・・・・・」
 メイの軽い言葉を無視して、シオンはそう静かに言った。
「レオニスにも報告しておこう」
 初めて、メイの顔色が変わる。それでも、口元にはまだ笑顔がはりついていた。
「・・・なんで? まだ極秘でしょ・・・」
「オレが決めた。レオニスには話しておく」
「ダメ!」
 メイはたまらず、シオンの腕を掴んだ。
「言わないで!」
 メイはレオニスには、レオニスにだけは、まだ知られたくなかった。きっと苦しめる。自分と同じようにレオニスも選択を迫られる・・・・・・いや、選択などないのだ。メイにもレオニスにも、行き着く答えは一つしかありえない。
 それにレオニスに知られたら、ひどいわがままを、信じられないような事を口にしてしまいそうで、メイは自分が怖かった。
 そう遠くないうちに、嫌でもレオニスにも知られてしまうのは分かっている。けれど1日でも長く、レオニスには知らずにいてほしかった。
「シオン!」
「・・・・・・しかたないだろ・・・・・・」
 そのシオンの呟きは、雨の音でメイの耳には入らなかった。
 メイは強くシオンの腕をゆする。
「言わないでっ。お願い・・・!」
「しかたないだろ!? ―お前がレオニスにしか甘えられねーんだから!!」
 雨が、激しく二人を打っていた。
 呆然とメイはかたまった。けれど、シオンのただ深く真っすぐな眼差しに、メイは目を伏せる。
 シオンはメイを、じっと見つめた。
 メイは頼らない、メイは甘えない、メイは・・・・・・泣かない。
 それを、シオンはよく分かっていた。ずっと・・・そう、まだレオニスが彼女を愛する前から、メイを見つめてきたのだ。
 たいした傷じゃない時にはひどく痛がって見せたり、ささいな苦しみならオーバーに嘆いて見せたりするくせに、本当に辛い時には絶対にそれを表したりしない。
 それもメイの強さなのだとシオンは思っている。
 だが今回のことは、あまりに大きく重すぎた。
 ・・・・・このままだったら、お前が壊れてしまう。
 シオンの手はメイの頬に触れかけ、そしてそのまま下ろされた。
 元気な、明るい、強く立っている愛しい彼女。
 雨に濡れる肩は、こんなにも小さいのに。なぜ、泣いてくれないのか。なぜ・・・・・・求めてはくれない。
「・・・シオンってば・・・。あたしはけっこうわがまま者だよ?」
 人に甘えてないなんて、誰も思ってないって。
 そう笑ったメイは、すでにいつもの彼女で。
 ―それが、メイ。
 シオンはそんな彼女に、苦く、だが笑って見せるしかなかった。
 ―それが拒絶なのだと、お前は気づいているのだろうか・・・・・・。

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