determination U

「・・・・・・・・・」
 執務室を訪れている招かれざる客に、レオニスは心から辟易していた。
 表向きは近ごろ国境を騒がせている狂獣について、となっているがなんのことはない。それから街を襲う嵐の話になり、それからそのために不安に揺れている国民の心情について触れ、不安といえば我が娘も心を痛めている・・・・・・という話になり、結局はその娘の話ばかりになっている。
 これが軍団長でなければ、無理やり追い出している所だ。
 これはもう無視するしかないと思い、レオニスは表情を動かさないまま聞き流している。
 けれど、
「どうだね、娘を見舞ってくれるだろうね」
 と言い出したのには、慌てずにはいられなかった。
「待って下さい。なぜわたしが軍団長殿の屋敷をうかがわねばならないのですか」
「このところの災厄に、不安に震えていてね。君にぜひ慰めてやってもらいたいのだ」
「それはお気の毒と思いますが、わたしは」
「あれは君を心底慕っているのだよ」
「軍団長殿・・・!」
 もういいかげんにして欲しいと思いつつ、レオニスは続けた。
「何度も申し上げていますが、わたしには共に暮らす女性がもうおります」
「わかっておる。が、若いころは遊びも大切だろう」
 レオニスの顔色が変わった。軍団長の言う遊びとは、彼の娘のことではない。
「わたしは真剣です」
「だが結婚するつもりはないのだろう?」
 結婚の2文字に、レオニスの胸はズキリと痛む。
 メイと暮らしだして半年、二人は結婚していない。しかし、寝室は別々ではなかった。
「結婚するつもりです。・・・ただ、まだ姫のお許しがでないので」
 以前の事件が尾を引いて、ディアーナはまだ親友の夫となることをレオニスに許していなかった。しかし事実上は夫婦同然である二人に、結婚を許すのは―もともとメイのことを思えばこその反対だったので―もうすぐだろう、とはセイリオスの言だった。
 レオニスは本当なら、結婚できるようになるまで寝室は別々にするのがけじめだと分かっていた。メイにとっても、いや、メイのことを本当に大切に思うならそうすべきだったのだ。そう、レオニスは思う。そうすれば、この目の前の上司にこんなことを思われずにすんだのだ。
 しかしそうするには二人は互いの想いを知り過ぎていたし、何よりレオニスがメイを深く愛し過ぎていた。強く彼女の存在を求めたのは自分、受け入れてくれたのは彼女。メイは幸せだと笑うが、レオニスにはやはり未婚であることの負い目があった。
 特に、メイとのことが遊びだという誤解を受ければ、それはなおさらだ。
 しかしレオニスは知らないが、二人の熱々ぶりに、二人が遊びで暮らしているなどと思っている者はクライン中捜してもどこにもいないのだが。
 この軍団長でさえ、本気でそう思っているわけではない。ただ、わが娘可愛さから、どうしてもレオニスを娘にあわしてやりたいのだ。
「では、姫君の意向に逆らってまで、一緒になろうというほどではないわけだ」
「―っ」
 レオニスはすぐに応えられなかった。図星をさされたからではない。爆ぜた憤りの大きさに、言葉が紡げなかったからだ。
 何もわからぬくせに。
 そんな憎しみに近い怒りが、一瞬胸を焼く。
 レオニスはディアーナの反対を押し切って結婚することはしたくなかった。ディアーナがメイの親友だからだ。メイが、どれだけディアーナを好きか、大切にしているかレオニスは知っている。そのディアーナの心からの祝福がなければ、メイは寂しい想いをするだろう。こちらの世界に家族がいない彼女は、せめて親友に祝って欲しいと思っているに違いなかった。
 だからこそ、結婚はまだしていないというのに・・・。
 レオニスはそれでも自らを落ちつかせ、静かに口を開いた。
「わたしの妻としたい者は彼女だけです。申し訳ありませんが、軍団長殿のお嬢様にお会いするつもりはありません」
「心はかたいか」
「はい」
「・・・では、残念だがしかたあるまいな・・・・・・」
 軍団長の言葉に、レオニスはほっとするが続けられた台詞に言葉をなくす。
「・・・今回のところはあきらめるとしよう」
 またくるぞ、とでも言うように笑う軍団長にレオニスは内心、怒りを通り越して虚脱してしまう。
 儀礼通りのあいさつを交わして、軍団長はレオニスの執務室を出ていった。
「・・・全く・・・・・・」
 レオニスは椅子に、深く沈み込む。
 悪い方ではないのだが・・・・・・。
 すぐに娘を自分と会わそうとするのばかりは、どうにかしてほしかった。
 朝から気が重くなってしまった。
 レオニスはふと、窓から空を見やる。
 最近では珍しく、快晴だった。
 そういえば今日は、シルフィスと一緒に遊びに行くといっていたな。
 そんなことを、レオニスは思い出す。
「メイ・・・・・・」
 朝別れたばかりだというのに、レオニスはなぜかメイの笑顔が恋しかった。

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