| determination V |
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| 鐘の音が響く。 執務を終わらせ、レオニスは執務室を出た。 このところの問題の多さは普通ではない。国境付近は危険地帯になっていた。本当なら近衛騎士であるレオニスには直接関係ない話のようだが、彼は特別だった。 このクラインで1,2を争う剣の腕を持つ彼は、重要な任時には特例でかりだされる事になる。 これ以上災厄が続けば、遠からず彼にも声がかかるのに違いなかった。 レオニスにとってクラインのために動くことは本望だが、正直今は都を離れたくはなかった。 ちりちりと胸の内側に触る、漠然とした不安。 レオニスはふう、と息をついた。 この不安が何に対するものかは分からなかったが、こんな時にメイの側を遠く離れることはしたくなかった。 「隊長!」 若い騎士が三人、レオニスの姿を見つけて駆けてくる。 その内の一人が、レオニスと並びながら報告する。 「今のところ、街で特別に起こった事件はありません」 「そうか」 災厄の直接的被害はなくとも、不安が犯罪を呼び込む事もある。 治安の悪化を危惧して、騎士団は見回りを強化していた。 騎士たちはそれぞれ、担当の地区の様子をレオニスに報告する。 それに、レオニスは頷いたり新たな指示を出したりしていた。 「・・・・・・レオニス」 漏れた声に、レオニスは顔を上げる。 廊下の先に、メイの姿があった。 レオニスは、視界に映る景色が急に鮮やかになった気がした。 彼女が自分に、笑う。 ただそれだけで全てが光に満ちる。―世界が祝福されたものになる。 空気さえも暖かくなるように感じて、レオニスはメイに自然に笑った。 「メイ。・・・・・・どうした?」 どこまでも柔らかな瞳、そして優しい声。自分のそれが特別なものであることに、レオニスは気づいていない。 周りの騎士たちが、普段から想像できない上司のそれに言葉をなくしている。 「えっと、迎えに来たの。もう終わりかなーと思って」 メイはいつもの笑顔を見せる。そして、少し首をかしげた。 「でも、まだ仕事なんだったら・・・」 「いや、もう終わった」 レオニスはきっぱりと答えた。 そして、部下たちに目をやる。 「ではわたしは戻るが、何か新しい情報が来たらわたしの方へまわしてくれ」 「あ、は、はい」 「了解いたしました」 騎士たちは、我に返ると各々慌てたように頷いた。 レオニスは彼らに頷き返してから、メイを促す。 「では、帰ろうか」 「うん」 メイはそう頷いてから、彼女の傍らに立つ騎士を振り返った。 「そうだ、ありがとね!」 「・・・・・・」 はじめてその騎士の姿を認めて、レオニスの瞳が微妙に細められる。 騎士はメイににこりと笑って返すと、レオニスに一礼してから去っていった。 レオニスの部下で、家柄も剣の腕も一流の青年だ。若手の筆頭格の一人だった。 「あいつが案内したのか?」 レオニスがその騎士の背中を見送りながら言う。少々軽薄な所と、女に手が早いのがその騎士の欠点だった。 まさか手をだそうとしたのではないだろうな。 一瞬だけそんな剣呑な思いが胸をよぎるが、レオニスは軽い苦笑とともにそれを切り捨てた。 女には親切にせずにはいられない性癖が発揮されただけだろうと思い直す。 レオニスの恋人に手を出そうとする命知らずな男がいるはずもなかった。 「おもしろい人だよね」 メイの声はあっけらかんとしている。 そう、多少軽薄な所もしなやかな明るさだとすれば充分長所だ。そう考えて、レオニスは眉を寄せた。 「・・・・・・あの癖がなければ言うことのない騎士なのだが・・・」 女性問題は、レオニスにとって頭の痛い所だった。以前も一度、婚約者がいる女性に惚れられて相手の男と決闘さわぎにまでなったこともあった。 「え?」 聞き返すメイに、レオニスは我に返る。 「・・・いや、何でもない」 レオニスは少し困ったようにそう答えた。 部下を統制するのも隊長のつとめだが、その部下の頭の痛い性癖を愚痴るのも情けない。 レオニスはメイを促した。 「行こう」 「うん!」 二人は並んで歩きだす。 歩幅があまりにも違うので、レオニスはメイにあわせてゆっくりと歩く。 騎士団宿舎を出ると、レオニスとメイは自然と手をつないだ。 メイは楽しげに、今日あった事を話す。店屋でこんなものを見たとか、喫茶店のお茶の味だとか、それはたわいない話だった。 しかしレオニスは、そんなメイの話を聞くのが好きだった。 一生懸命話す様、上気した頬、時おり見せるちょっと小首をかしげるような仕種、さらさらと揺れる髪。 そんな全てが、レオニスは愛しかった。 |