determination W

 いつからだろう。
 お前の目に怯えが見えるようになったのは。
「・・・何を恐れている・・・?」
 腕の中で眠るメイに、レオニスは静かに問いかける。
 元気そうに笑っていても、時々その目に影がさすのをレオニスが気づかないわけがなかった。
 目に見える敵ならば、いくらでも追い払える。
「・・・何に怯えている・・・」
 誰にも傷つけさせたりしない。
 けれど。
 ぱたり、とメイの頬を涙が零れ落ちた。
「泣くな・・・」
 泣くな、メイ。
 レオニスは眠りつづける恋人の頬に、そっと頬を寄せた。
 わたしがいるだろう?
「こうして、わたしがお前を抱いている」
 だから・・・・・・。
 レオニスは自身が歯がゆかった。敵が目の前にいるなら、この腕の中で恋人を不安がらせたりなどしない。
 守りたいと思うのに。
 彼女の身も、そして心も・・・・・・。



 レオニスは毎日休息をとらずに執務を進め、5日後の午後に休暇を搾り出した。そして、メイを誘った。
 郊外の泉の更に向こう、林を抜けた先に、その場所はあった。
 レオニスが昔、一度だけ行ったことがある場所。有名な場所ではあるが、岩だらけの足場の悪さに、めったに人影はなかった。
「メイ」
 レオニスは、岩から滑って降りようとしたメイを制した。
 レオニスは先に岩から飛び降りた。その体躯から想像もつかないほど、ふわりと静かに地に立つ。
 レオニスはメイを振り返ると、岩の上のメイに向かって手を差しのべた。
「メイ」
「うん」
 メイはその手をとる。
「ありがと」
 レオニスは彼女を、抱きかかえた。
 軽い。
 もともと軽い彼女だが、最近さらに軽くなった気がする。
「・・・・・・」
 レオニスは、ゆっくりと恋人を傍らに下ろす。
 見つめるレオニスの先で、メイが目の前に広がった泉に歓声を上げた。
「わあ! 綺麗・・・」
 ほんの小さな泉は、真っ青に輝いていた。
 大きさに比べてここは水深がかなり深く、さらに大きな岩石にかこまれて殆ど陽が入らないのだが、その光の差す加減でか晴れた夕刻前、この泉は目にしみるほどのブルーに染まって見える。
 目を輝かせて泉を見入るメイに、レオニスは内心ほっとした。
 久しぶりに見る、かげりのない笑顔だった。いつも笑って見せているメイだが、―事実、ほとんどの人間は気づいてはいなかったが―彼女が最近本当には笑っていないことをレオニスは知っていた。
 メイはレオニスを振り返る。
「すごく綺麗! つれて来てくれてありがとね」
「・・・・・・」
 レオニスはうなずく。
 メイは勢い良く、また泉へと身を乗り出した。
「・・あ」
 メイの漏らした声に、レオニスはぴくりと反応する。
 勢いづきすぎて、ぐらりとメイの上体がかしいだのだ。
 もちろんレオニスが、そのままメイを泉に落とすわけがない。
 すばやく伸ばした腕が、がっしりとメイを支えた。
「・・・・・・っ」
 レオニスのその腕を、メイはぎゅうっと一瞬握った。
「メイ?」
「・・・・・・」
 メイは力を抜いた。レオニスを振り返った顔は、いつもの笑顔だった。
「ありがと、レオニス」
「いや・・・・・・」
 レオニスはメイを足場の悪い場所から引き寄せ、そして躊躇してから口を開いた。
「・・・・・・何を、思い悩んでいる?」
「・・・別に、何も・・・」
 メイは珍しく、歯切れ悪く答えた。
 レオニスの眼差しに、メイは目を反らしてしまう。
「何でもない」
「・・・・・・」
 レオニスはじっとメイを見つめる。
 それでもメイは応えなかった。

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