Guardian knight U ![]() |
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かまえた剣をおろさないボルスの腕を、クリスが引っ張った。 「ボルス! 止めるんだ!」 しかし、ボルスの腕はビクともしない。 たしかに、彼は騎士としては感情の起伏が激しい男だ。 だが、決して戦場以外で女子供や弱い者に剣を向けるような男でもなかったはずだった。そして、自分の制止を聞かないことなど。 ありえないことに、頭が混乱する。 「ボルス、何の騒ぎだ」 ちょうど見回りに出ていて、起こった事態にカラヤの男にここまで連れてこられたパーシヴァルとロランが、抜き身の剣をかまえたままのボルスに近づく。 ボルスは、ちら、とパーシヴァルを振り返った。 しかしそれはすぐにそらされ、ルースを庇うように武器をかまえて立つ、ジョルディに戻される。 「クリス様!」 彼らに近寄り、クリスの顔を見てロランは驚く。 その声に、パーシヴァルも彼女を見、そしてぎゅっと眉を寄せた。 片頬から唇にかけて、赤黒く腫れあがってきている。美しい彼女の顔の中で、その半分がひどく異質だった。 だがクリスは、そんな二人の様子に気をかける余裕はない。 「ボルス!」 なんとか、彼を静めようとする。 その間も、騒動を聞きつけて人が集まってくる。 パーシヴァルとロランは、クリスの殴られた顔と、ボルスの様子に状況を正確に把握した。 「我らが騎士団長を殴打するとは、如何な理由か」 ロランの声は剣呑で。 その鋭い眼差しは真っ直ぐ、ジョルディとルースに向けられている。 クリスが、そのロランを止める前に。 パーシヴァルが大きく息とつくと、かたわらのロランを見た。 「――これ以上事態を悪くしてどうするのです」 もちろん、パーシヴァルの中にも怒りはある。 どんな理由があったとはいえ、――おそらくこの様子では、抵抗しなかったのだろう彼女に手を上げたことは許し難い行為だった。 しかし、ボルスとロランがこれでは、自分が抑えに回るしかなかった。 しかも、問題はボルスだった。 長年の付き合い――しかも六騎士の中でも特に友として親しくしてきた彼には、今のボルスの状態がどれほど危険か分かる。 そして、対処のしかたも。 「クリス様!」 声のトーンを高くして、パーシヴァルはクリスのすぐ側に寄る。 「これほどとは……お辛いのでは?」 今はそんな場合ではない、と言いかけたクリスを、パーシヴァルは軽く手を上げることで制する。 ここはわたしにまかせて下さい、と耳元で囁く。 そして再び声を上げて言った。 「すぐに冷やさなくては。このままでは、ひどく痛むのでは」 予想通り、ボルスの意識がクリスの方に向く。 パーシヴァルは、ボルスを見た。 「すぐに、医務室にお連れするぞ」 「もちろんだ! ……が……、パーシヴァル、先に――」 行っていてくれ。 ボルスがそう言いかけるのに気づいて。 クリスはやっとパーシヴァルの思惑が分かり、ボルスを見た。 「ボルス、先に戻ってトウタ先生に話を通していてもらえると助かるのだが……」 その目でじっと見上げられて、今度こそボルスは剣を引いた。 「分かりました。すぐに!」 そして、鋭い目でルースたちを一瞥してから踵を返すと駆け出して行った。 それを見送って。 クリスは息をつき、ジョルディたちを見ようとし、パーシヴァルに身体ごとさえぎられる。 「パーシヴァル?」 「ここは、わたしにまかせて下さい。ロラン殿、クリス様を」 「承知した」 「しかし、私は――」 「貴女が戻らないと、またぞろボルスのヤツが暴れ出しますから」 パーシヴァルは、彼女の抵抗をそう封じた。 ロランが、クリスを庇うように促す。 「参りましょう」 それは、乱暴ではないが静かな強引さを持っていて。 逆らうことが出来ずに、後ろ髪を引かれながらクリスはその場を後にした。 ジョルディは我に返ると、集まっている人々を散らす。 「騒がせたな、皆。散ってくれ」 「軍曹」 「大丈夫かい、ルース」 「ああ……」 頷くルースと、そしてジョルディに、パーシヴァルは一歩近寄った。 その気配に、ジョルディはパーシヴァルを見上げる。 「騎士ってのは、理性と忠誠に従うと聞いていたんだがな」 「耳が痛いですね。たしかに、アレはゼクセン騎士団として誉められない行いだ」 「誉れ高き六騎士が、聞いて呆れる。戦場でもない場で、丸腰の女性に本気で切りかかるとは」 ジョルディは、やっとバラバラに散り出した人壁を見ながら言う。 「しかも、こんな状況の時に、だ」 ゼクセンとグラスランドが協力をしようと決めたときに。 よりによってゼクセン騎士団の頂点を占める位置に立つ六騎士が、衆目の前でグラスランドの人間に剣を向けるなど。 騎士という以前の問題だった。 「その通り」 正論に、パーシヴァルは苦笑して頷いた。 「しかし、我らの女神は我らにとって特別なのですよ。……もちろん」 パーシヴァルの目が、すうっと細められる。その目に浮かぶのは、穏やかではない光。 「――この、わたしにとっても、ですが」 「あんたも剣を振るう気か?」 「まさか。わたしには理性という楔がありましてね。クリス様の許しも得ずに、そのようなことはいたしませんよ」 許しがあるなら、話は別ですが。 どこまで冗談か分からない口調で、パーシヴァルは応える。 それに、ジョルディは片目をすがめた。 「あの小僧は、理性が欠けているようだがな」 「同僚として訂正させてもらえれば、あれは理性も常識も十分以上に持ち合わせていますよ。ただ、あの方に関係しないことであれば」 「気が狂ってるとしか思えん」 はき捨てたジョルディの言葉に、予想外に騎士は同意した。 「その通り。あれは狂っているんです。我らが女神の前には、道理も善悪もなくなるようでね」 「……もう、手出しはせんだろうな」 ジョルディは、洗濯を干すために持ち場に戻っていくルースの後姿を見て問う。 自分がいるならいいが、彼女にあの剣を避ける術はない。 パーシヴァルは、さて、と軽く顎をさする。 「断言はできませんね。あいつは、普通じゃありませんから」 「おい!」 ジョルディの声に怒声が混じる。 パーシヴァルは、肩をすくめた。 「まあ、我々には止められませんが、一人だけ止めることのできる方がいますから。先ほどと違って、少しは頭も冷えているでしょうしね」 「……たいした女騎士だ、とは思うが」 ジョルディは、戦場での彼女の戦いぶり、そして普段接する彼女の凛とした物腰を思い浮かべて言った。 特に戦場でのカリスマは、種族の違う自分でさえ驚くほどで。 だが、それでも。 そこまで、この六騎士たちが世界の中心に据えるほどの女とも思えない。 「今心に思ったことは、口に出さないほうが互いのためですよ?」 ダックの表情を読めるとは思えないのに、正確に言い当てられたようでジョルディは驚く。 パーシヴァルは、変わらぬ笑みでジョルディを見ていた。 「あいつよりはずっと常識のある俺だが、それでもあの人が特別なのは違いないのだからな」 しかしそのパーシヴァルの目は、少しも笑ってはいない。 ジョルディはふん、と息をついた。 「ゼクセンの白き魔女とはよく言ったもんだ。……俺には、分からないがな」 ダッグのその目に浮かぶのは、挑戦的とも言える笑み。 微かな緊張と、そして軽さに支配された空間で。 パーシヴァルは口調を戻し、さらりと応える。 「分かった時には、遅いですから」 「……そうかい」 くっとジョルディは嘲笑ではなく喉の奥で笑った。 |
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