ゼクセンの銀の乙女〜盗賊団討伐編 T〜





 クリス・ライトフェロー。
 ゼクセン騎士団で、この名を知らぬ者はいない。
 女性でありながら、14歳で初めての一級騎士(ファーストナイト)に。
 稀有な美少女。名門の家柄。
 16歳の時には、すでにガラハド団長のそばにあり、一般兵士や三級騎士(サードナイト)では顔も判別できないほど遠目でしか見たことのない者も多かった。
 なぜなら、彼女は常に団長の側の精鋭の一級騎士に囲まれていたからだ。
「パーシヴァル!」
 よく知った声に、パーシヴァルは振り返った。
 まだセカンドナイトながら、剣の腕はファーストナイトにひけをとらないと言われているボルスだった。
「どうだ、少しは緊張してるか?」
 自分の方がよほど緊張していそうなその友の上気した顔に、パーシヴァルは笑った。
「お前ほどではないさ、ボルス」
 パーシヴァルは平民、ボルスは上流貴族の出である。普通に生活していれば決して交わらなかっただろう彼らだったが、騎士団に入団した時から騎士同士にはその垣根はないに等しい。
 常に戦いの気配が断たないゼクセンを守る騎士団は完全な能力主義だった。
 もちろん、優れた家柄の者はその能力が足りずとも昇進が早い。
 けれど同時に、平民や異民族でも能力さえ高ければ昇進が阻まれることはまずなかった。
 騎士団に入団したころから、パーシヴァルとボルスは同期の騎士たちから傑出していた。
 二人の名は騎士団の中で高くなり、自然お互いが互いの名を知ることになる。
 親交のはじまりは、セカンドナイト昇進の式だった。
 その後、訓練を共にするようになる。
 互いはすでに、同位の騎士相手ではまともな訓練にならない腕を持ちつつあったので、それは自然な流れだった。
 同じ時期に騎士になった気安さと、互いの力量を認められる力を持っていたこと、そして何より性質が違うことがまた合ったのか、酒を酌み交わす仲になるまでに時間はかからなかった。
 今日は、彼らのファーストナイト昇任式である。
 クラス昇進が基本的に2階級飛べない決まりがなければ、もっとはやくファーストナイトになっているはずの二人だったが。
 それでも、18歳でファーストナイトの列に加わるのは異例のはやさと言えた。
「そろそろ始まるぞ」
 パーシヴァルはそう言って、ボルスの肩をたたいた。










 今回新たに一級騎士に昇任する騎士は12名。
 彼らを見守るのは、この式が終わったときより肩を並べることになる一級騎士たちだった。
 騎士たちの視線は、自然話題のパーシヴァルとボルスに集まる。
 それを感じながら、パーシヴァルは柄にもなく緊張しているのを自覚した。
 ざわり、とファーストナイトたちの間の空気が揺れた。
 扉が開いて、現ゼクセン騎士団長ガラハドが鎧の音も激しく入って来たのだ。
 しかし、居並ぶ騎士たちの視線はそのガラハドとその後に続く副団長ではなく、最後に入って来た少女へと向けられていた。
 パーシヴァルとボルスも、思わず目を見張る。
 肩で揺れる、くせのない銀の髪。
 ゼクセンの銀の甲冑を身にまとい、ただ、その凛とした紫がかった空色の瞳だけが鮮やかな色を放っていた。
 ――まるで、奇跡のような美少女だな。
 それが、パーシヴァルが彼女に抱いた第一印象だった。
(なるほど、彼女があのクリス・ライトフェローか)
 そう、思う。
 そして。
 昇任式は始まった。











 晴れて一級騎士となったパーシヴァルとボルスが配属されたのは、第二部隊だった。
 おそらくガラハド団長の直接部隊である第一部隊に配属されるとばかり思っていた二人は、多少の落胆を感じたのは否めない。
 ボルスなどは、顔にそれが出ている。
 パーシヴァルは、正直な彼に内心溜め息をついた。
 今は、その部隊の上司が目の前にいるというのに……。
 サロメは、そんなボルスの様子に気づいているのかいないのか、顔色を変化させた様子はなかった。
「では、明日から第二部隊で通常の任について頂くといことで、よろしいか」
「はい、サロメ様」
 礼を取るパーシヴァルとボルスに、サロメは少し首を振った。
「様は結構、我らは今この時より同位なのですからな」
「しかし……」
 パーシヴァルの知るかぎり、第二部隊の隊長はサロメのはずだ。たしかに……本来の隊長の役はしていないとは聞くが。
 彼は剣より知略が主らしく、第一部隊のガラハドと共に行動していることが多く、騎士団の軍師的存在だった。
 団長と副団長に継ぐbRだとも言われている。
「隊長であられますし」
「いや」
 と、予想外にサロメはそれを否定した。
「今日より第二部隊を率いるのはクリス・ライトフェロー様になる」
 パーシヴァルは、その内容に言葉を失った。
 目線だけで横を見れば、ボルスなどは口もふさがらないほどのショックを受けているらしい。
 それから後は、どういうやりとりをして、部屋を退出したのかさえマトモに覚えていない。
 自分でさえそれなのだから。
 パーシヴァルは、まだ放心している様子の友を気の毒げに見た。
 ブラス城から城下町に出てしばらくして。
「どういうことだ!!」
 ボルスが、やっと放心状態から抜けたのか、今度は顔を赤くしてパーシヴァルに詰め寄る。
「俺は、女子供のお守りをするために、騎士団に入ったわけではないぞ!!」
「……俺に言われても知らんよ」
 たしかに、クリス・ライトフェローは類い稀なほど美しい。
 彼女を守るのも楽しいだろうと思う。
 が、それはあくまで「たまに」であれば、の話だ。
 それはボルスも同じようで。
「俺だってな、パーシヴァル。一度や二度の任務で、彼女を守れというなら騎士として喜んで守るさ。けれど俺はゼクセンの騎士になりたかったのであって、個人の警護に立候補したかったわけではないぞ」
「……それは、俺も同じだよ、ボルス」
「そのお守りする相手が、ガラハド団長ならともかく! なぜ、騎士団を守ることにも国を守ることにも関係ない、女一人を警護せねばならんのだ」
「まあ、諦めるしかないさ」
「パーシヴァル!」
「何も、ずっとということではない。2年もすれば、また所属が変わる。その時は俺たちの希望も入れてもらえるさ」
「しかし……。俺は、自分の腕を少しは認めてもらえているのではないかと自負していたんだ。……それなのに……」
「俺たちの腕は、認められてるようだぞ?」
「何を言う! 認められているなら、第一部隊に――」
「調べてみたのだがな」
 パーシヴァルは、先ほど隊の者に見せてもらった騎士団員リストを思い出していた。
「どうもガラハド団長は、精鋭を第一部隊と第二部隊に割り振っているらしい」
 団で名のある者の多くが、第一部隊と第二部隊に集められている。
 両部隊はゼクセン騎士団の最強部隊と言えた。
「………そんなに、お気に入りなのか。団長の」
 ガラハドは、武勇に優れ騎士たちの尊敬を集める男だった。
 そんな団長が、そういう個人的な理由で隊を編成するとは、ボルスには考えたくないことらしい。
 パーシヴァルは、少し笑った。――皮肉げに。
「それだけではないだろうな。彼女は家柄だけでなく、あの見た目だ。彼女が異例中の異例で級飛びでスピード出世したのは、評議会の意向でもあるらしいし」
「それは、俺も聞いたことがあるが……」
「いわば、彼女は騎士団の――ゼクセンの、宣伝看板なのさ。諸外国に、見せつけるのに丁度いい外見のな」
 いくつか大きい武勲を立ててはいるが、それが本当に本人のものかも怪しい。
 とにかく評議会は、強くて美しい女騎士が市民への人気とりにも、外国への見栄えにも役に立つと思ったのだろう。
 ボルスは、顔を曇らす。
「それでは……騎士団の鎧を着た人形ではないか」
 それが、自分たちの名目上とはいえ、上司になるのである。
 パーシヴァルは、ボルスにグラスを傾ける仕草をする。
「今夜は付き合ってやるから、そうクサるな。それに、人形は言い過ぎだろう?……まあ、騎士団の姫君とでも思えばいいさ」
 なまくらな剣を抱いた、お姫様だがな。
 パーシヴァルは、ボルスに苦笑してそう続ける。
 そうだな、とボルスは今日何度目かの大きな溜め息をついた。





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