ゼクセンの銀の乙女〜盗賊団討伐編 U〜




 ずいぶんと不満そうな顔をしていたな、と先ほど出て行った二人の騎士の顔を思い出してサロメは苦笑した。
 特にボルスの方は、隠そうという気からしてなかったようだ。
「サロメ?」
 どうした、と少女がそんな彼を見る。
 サロメは、この部屋の主となった少女に静かに笑んだ。
「いいえ、何も」
 どうせしばらくすれば、不満は感謝に変わるのだろうことをサロメは確信している。
 彼女がいかに従うに相応しい騎士かといことは、口で説明しても分かるまい、と思う。
 彼女と共にいれば、すぐに知るだろうことだった。
 サロメ自身は、すでに彼女に騎士の誓いを立てている。
 サロメは、「そうか」と再び書類に目を戻すクリスを静かに見つめた。






 パーシヴァルとボルスがクリスと共に出撃するまで、そう時間はかからなかった。
 ゼクセンの商人ばかりを襲う盗賊団の討伐。
 それが、第二部隊に入って初めて出た指令だった。
 グラスランドの盗賊団の棲家をつきとめた騎士団は、第二部隊だけがそこに向かうことになった。
 リザードクランとの国境沿いがキナ臭く、大幅な人員を裂くことができなかったのだ。
「少数精鋭で、短期に壊滅させる。それが、今回の我々の任務です」
 第二部隊のファーストナイトだけが集められ、クリスの横に立つサロメの指示を受けていた。
「敵は盗賊とはいえ、数百人規模の統制のとれた集団であると報告が上がっています。油断せぬよう」
「これより、我らゼクセン騎士団第二部隊、出撃する」
 凛とした少女の声に、騎士たちは剣を掲げた。
 そして、少女とサロメを先頭に、ブラス城を出発する。
 もちろんその中にパーシヴァルとボルスの姿もあった。
「……なあ、パーシヴァル。俺たちの部隊だけで討伐とは、いったいどういうことなのだろう」
 しばらくして、斜め前方にクリスの後姿を見ながら、ボルスは声を潜めて隣のパーシヴァルにそう声をかけた。
 ガラハド団長は、彼女を大切に守っているのではなかったのかと。
 パーシヴァルは、やはり声を潜めて言う。
「さあ……。おそらく、たいした敵ではないのではないか? 武勲をたてさすつもりなのかも」
「なるほど……」
 ボルスは、納得したように頷く。
 その彼らをちらと目で見やり、サロメの隣に馬を並べているロランがそっとサロメに問う。
「……新人の口を、閉ざさせますか」
「……まあ、かまわないでしょう。すぐに、彼らも気がつきます」
「…………」
 しかし、銀の髪の少女を貶める言動はこのエルフの騎士には許せないものらしく、いつもは何の感情も読ませない顔が不快を浮かべている。
 サロメはそれに、少し笑った。
「昔のロラン殿と同じですな」
「…………。何年も前のことです」
 ロランは苦い顔になった。
 クリスが、隣のサロメを見る。
「どうした?」
「いえ……。今日は、新人が二人いるという話をしていたのです」
「ああ…………」
 クリスは頷き、そしてちらりと後方を振り返った。
 パーシヴァルとボルスはそれに気づく。
 ボルスは口元を引き締め、パーシヴァルは美しい少女に儀礼的に柔らかく笑んだ。
 クリスはその二人を認め、視線をサロメに戻す。
「パーシヴァルとボルスと言ったか……。かなりな腕前だと評判だな」
「はい。数十年に一人の逸材かと」
「ふふ……」
 一瞬、クリスは少女らしい笑みを浮かべる。
 それに、サロメとロランはドキリとする。
「サロメ、お前。それをこのロランの時にも、そして私の時にも言っていたではないか」
 何十年に「一人」の割合にしては、多すぎはしないか?
 笑みを含んだ上司の声に、サロメは笑み返した。
「たしかに。……しかし、貴女の時には100年に一人も現れ得ぬ方だと申し上げました」
「大げさな」
 本気にしていない彼女は、笑って首を振る。
 しかし、とクリスは表情を改めて続けた。
「あの二人がそれほど稀有なら、騎士団として喜ばしいことだ」
「ただ、まだ隊として動くには実戦に欠けますが……」
「それはしかたあるまい。誰でも初めから集団戦で力を出し切ることは無理だろう」
「あの者たちなら大丈夫とは思いますが、この敵はいきなりでは少しキツイかもしれませんな」
 盗賊団といえば寄せ集めのイメージがあるが、クリスたちが相手をする集団は傭兵あがりの集まりだと聞いている。住処も、丘の上に簡易に砦まで築いているらしい。
 駆け下りる戦より、駆け上る戦の方が騎士団は苦手だ。どうしても勢いで攻めることが難しくなる。
「有望な人材を、慣れるまでに壊されては困るな」
「わたしが、彼らをフォロー致しましょうか?」
 ロランが、そうクリスに問う。
 クリスはロランに目を動かした。
「それは困る」
 声は笑みが含まれているが、その目は半分以上真剣だった。
「お前には、私を見ていてもらわねばな」
 彼女はもちろん、背中に目がない。
 激しい敵前に一番に切り込む役目の多い彼女の背中を守るのは、ガラハド団長の隊にいた時からロランの役目であった。
 彼の矢は、決して彼女の背に敵を立たせない。
 何度も戦場に立っているクリスだが、第二部隊で戦うのは彼女も今日が初めてなのだ。絶対的に安心できると身をもって知っている騎士は、ここにはロランしかいない。
「承知いたしました」
 彼女の信頼に、柄にもなく胸が熱くなるのをロランは自覚した。
 サロメが、ではわたしが、と名乗りを上げようとする。
 それもまた、クリスに却下された。
「お前に、足手まといになるかもしれないヤツはつけられんぞ。お前が倒れれば、我らが騎士団そのものが困る」
 そして、クリスは頷いた。
「わたしが、見よう」
「クリス様!」
「いや、実際にその腕とやらを近くで見てみたいのもある。それに、それほどの腕ならば遅かれ速かれ、私とともに敵前に切り込んでもらわなくてはならなくなる。連携は、はやめにとれるようにしたいからな」
「……クリス様が、そう言われるのでしたら……」
「ありがとう。――パーシヴァル、ボルス!」
 クリスは、振り向くとよく通る声で二人の騎士を呼んだ。





 名を呼ばれて、パーシヴァルとボルスは「はい」と答えた。
 少女が、自分たちを振り返っている。
「こちらへ!」
 サロメがそう言い。
 パーシヴァルとボルスは互いに顔を見合わせてから、クリスの側に馬を駆った。
「パーシヴァル、ボルス。お前たちの腕は聞いている」
「ありがとうございます」
 卑下する理由もない二人は、そう頭を下げる。
 パーシヴァルとボルスが顔を上げると、クリスは二人をじっと見つめていた。
 あれほど嫌だったはずなのに、ボルスは頬が熱くなるような気がした。
 パーシヴァルでさえ、これほど間近で見るのは初めてなので言葉をなくす。
 風にサラリと揺れる銀髪は、光を弾いてキラと光り。
 夜明けの空に似た色の瞳は、どこまでも澄んで。
 見事としか言いようがない美少女で。
 ただ、硬い宝石をイメージさせる彼女は多少少女らしい柔らかみにかけるような気がしたが、それさえ神秘的に見えるから美しいというのは不思議だと思った。
「今日の戦いでは、わたしのそばにつくように」
 なるほど。
 パーシヴァルは内心皮肉げに頷く。
 光栄にも、姫君のお守りに選ばれたわけか。
 クリスの実力を知らない彼らが、自分たちの腕は自負しているのでそう思うのはしかたがなく。
「クリス様、それならわたしがお側に!」
 そう彼らの後方から訴えた騎士の思惑が、まさか自分たちがクリスの足手まといになるからかもしれないという危惧であると気づくはずもなかった。
 クリスは、その騎士を見る。
「ミリアム、大丈夫だ」
「ですが……」
 ミリアムは、その整った顔を心配げに曇らす。
 パーシヴァルとボルスは、ミリアムはクリスの信奉者なのだと思った。
 もちろんそれに間違いはなかったが、ミリアムは騎士団の可憐な姫君として彼女を崇拝しているわけではむろんない。
「大丈夫」
 そう、クリスに再び言われて。
 ミリアムはしぶしぶ退いた。
 それから何回かの短い休息をはさみ、第二部隊は盗賊団の砦が見える所までたどり着いた。
「……これは、思った以上に丸見えですな」
 サロメが、眉を寄せる。
 砦から騎士団を遮るものがなかった。
「正面から当るしかないということか?」
 クリスが、そうサロメに問う。
 見晴らしのいい丘に立つ砦を、包囲して攻めあがるのはまず無理だった。
 駆け下りる敵の方が圧倒的に有利だ。
「本来なら、持久戦で攻めたいところですが……」
 それが確実で安全な方法だったが、如何せん今回はその時間が許されていない。
「向こうも持久戦は避けたがるでしょうからな。……一度正面で当ってみて、頃あいを見計らって退きましょう。持久戦をかけると見せれば、相手も焦るはず」
「ふむ。それに、相手の力量も分かる、か」
 クリスは頷き。
 そして、じっと砦を見上げた。
 パーシヴァルとボルスは、そんなクリスを見つめる。
 彼女の表情に恐れはない。
 けれど。
 こんな可憐な少女だ。内心怖れているに違いない。
 そう、思った。
 そう思ってしまえば、彼らは騎士で、男である。
 小鳥のように震えているだろうその少女の心を、安心させてやりたいと思うのは当然のことで。
「クリス様、必ず貴女を守ります」
「貴女に傷一つ負わせませんから、ご安心を」
 クリスは、驚いて二人を見。
 そして微笑んだ。
「ありがとう。……頼む」
(…そうか、この調子なら背中ぐらいは任せて大丈夫ということか)
 クリスがそんなことを考えているとは思わず、二人は姫君の騎士よろしく頷いた。
 どちらの心情も分かってしまったサロメとロランは、互いに気まずく目を見合わせる。
 クリスは、揃った騎士たちを振り返った。
「これより、攻撃に出る。相手が引いても、深追いはするな」
 そして、クリスは剣を抜くと、自らの前に掲げた。
「女神ロアのご加護のあらんことを!!」
 さすがに見栄えするな、とパーシヴァルは頭の片隅で思っていた。
 陽光を受けるクリスの姿は、神々しいほどだ。
 クリスは、砦へ剣を向けた。
「――我ら、ゼクセン騎士団の名のもとに!!!」
 手綱を、強く握る。
「突撃!!!」
 そして。
 クリスは砦に向かって、馬を駆け出した。
 まさか彼女が一番をきるとは思わなかったボルスとパーシヴァルは、不覚にも一瞬出遅れ。
 騎士たちの鬨の声に押されるようにして、慌てて彼女の馬を追った。





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