ゼクセンの銀の乙女〜盗賊団討伐編 V〜




 いらいらと、団長室で歩き回るペリーズを、ガラハドは椅子に座ったまま呆れたように見た。
「……おい、少しは落ち着けペリーズ」
 目の前をそうやってウロウロされては、鬱陶しくてしかたないぞ。
 そう、ガラハドは頭をかく。
 ペリーズはピタリと足を止めると、上官を睨んだ。
「どうせ、書類なんてサロメが戻ってくるまで進まないのでしょうが。そういう真面目そうな素振りは止めて頂きたいですね」
 一応机に書類を広げているガラハドに、ペリーズは嫌味たっぷりに言う。
 その二人に、レオは内心溜め息をついていた。
 他の騎士がいれば、団長と副団長がもめて、とでも心配する所だが、レオはあいにくそんな二人のやり取りに慣れている。いや、慣れさせられたというべきか。
 ペリーズは、黙って立っていれば副団長という肩書きに似合わず優しげで穏やかな騎士に見えるのだが。
 一般騎士にはなかなか見せないが、これで実は結構な激情家である。
 ガラハドは反対に、荒削りだが凛々しい顔立ちに似合わず、普段はどこか飄々とした雰囲気のある男だった。
「まあまあ、落ち着けって」
「団長! ――いや、ガラハド! お前、クリスが心配じゃないのか!」
 幼馴染みでもある彼らだが、普段は敬称を忘れない。レオは彼らとの付き合いも光栄というべきか長いので、ガラハドもペリーズも他の騎士たちと違ってレオの時はあまり気を使っていないようだった。
「あのな、ペリーズ。俺たちがここで心配してたところで、どうにもならんだろうが」
「分かってるさ! 分かってるが……」
 やはり、俺もついて行くんだった。
 そう悔しがるペリーズに、ガラハドは大きく溜め息をついて見せた。
「だいたい、お前がだな。クリスが評議会になめられてるのが可哀想だと、そう言うから、クリスの隊だけで討伐に行かせたのだろうが。お前が出たら、クリスの力をヤツラに示せんだろう」
「しかし……あの子は俺たちの隊以外で戦うのは初めてじゃないか。慣れていない隊で、いきなり相手が悪すぎないか?」
「クリスにはサロメがいるし、ロランもいる。ミリアムとランチェもいるから、知らない者ばかりってわけでもないだろ? ああ、それに、ほら、有望株の……なんだったか」
「ボルス・レッドラムとパーシヴァル・フロイラインだ」
 ペリーズが答える。
 ガラハドはペリーズの複雑な表情を気にするふうもなく頷いた。
「そうそう、その二人。噂ではかなりの腕前とか」
「……顔も悪くない」
 憮然というペリーズに。
 ガラハドは声をたてて笑った。
「なんだ、お前! そっちも心配してたのか!」
「うるさい。黙れ。しゃべるな」
 同意味のことを羅列してから、ペリーズはふんと顔を背けた。美形が台無しである。
 レオは、笑いつづけるガラハドとますます不機嫌になるペリーズの顔を見ながら、今日何度目かの溜め息をついた。









 振るう剣の鋭さに、パーシヴァルは内心舌を巻いていた。
 眼前で繰りひろげられるクリスの戦いは、まるで剣舞のようで。
 驚くほど、無駄というものがない。
 剣を突き出すのも、また、引くときでさえ。それは次の動作に繋がって行くため必要な動きで。
 それはボルスも同じだったらしく、呆けたように彼女を見ている。
 だが、もちろん今は戦闘で。
 ボルスとパーシヴァルにも敵の剣が襲い掛かり、すぐに頭を切り替える。
 クリスは騎士団の一番先頭で剣を振るっていた。
 ボルスが、彼女の前に出ようとする。
 すると。
「邪魔だ!!」
 鋭い叱責は、少女の唇からたしかに発せられたもので。
 ボルスは驚いてクリスを振り返る。
 そのボルスに襲い掛かる剣を、クリスは馬を駆けて弾いた。
 あっとボルスとパーシヴァルが思った時には、少女はその弾いた返す剣で、敵を切り倒している。
「――私の前に出るな!!」
 この少女のどこに、それほどの威厳が詰っているのか。
 雷に打たれたようなショックを、ボルスは感じた。
 パーシヴァルは、後方から飛んできた矢が自分の敵を倒したのに気づき、声を上げた。
「矢は危険ではありませんか!?」
 その敵を倒した矢は、少しずれればクリスの肩に当るところで。
 しかも、本来弓矢は敵味方の距離がまだ開いているうちに使うものであって、今のように近接戦になってからは使用しないものである。
 しかし、クリスが敵と切り結びながら返した言葉は迷いがなかった。
「大丈夫だ。ロランの矢は決して私には当らない。――もちろん、お前たちにもな」
 揺ぎない、彼女のその信頼が。
 無性に羨ましく。
 向けられている相手に、パーシヴァルは何故か嫉妬している自分を自覚した。
 その時。
 甲高い悲鳴が、聞こえた。
「!!」
 クリスが、そのよく知った声に視線を走らせる。
 その目に、落馬した騎士とそれを守るように立つ騎士の姿が映った。
「――ミリアム!!」
 クリスは、叫ぶと、馬の手綱を強く引いた。
 方向を変えると、二人の騎士に向かって駆ける。
 後ろをパーシヴァルとボルスがつく。
 クリスはそのまま、敵の集団とミリアムたちの間に割って入った。クリスの隣に、ランチェが並ぶ。
 パーシヴァルとボルスは、地面に倒れたミリアムを挟むように馬をつけた。
 クリスに気圧され、敵の攻撃がしばし止まる。
 ボルスは、ミリアムに手を伸ばした。
「今のうちだ、こっちに乗れ!」
 ミリアムの馬は、立てそうになかった。
 だが、ミリアムはただ首を振っている。
 ボルスは、苛立ったように舌打ちする。
「ミリアム殿! ――ミリアム! 何をしている!!」
 ミリアムはそれでも、嫌々をするように泣くばかりで。
 とても尋常とは思えない騎士の様子に、パーシヴァルは眉を寄せた。
「いったい、何が……」
「はやく、乗れと言っているだろうが!!」
 怒鳴りつけ、ボルスは無理矢理ミリアムの腕を掴む。
 しかしミリアムはよほど気が動転しているのか、ボルスに応えない。
「わた、私、私はッ! ああ、私は……!」
「!! お前、女、か?」
 ボルスは、自分が腕を掴まえている騎士が女であることに驚く。
 クリスを知っているとはいえ、女の一級騎士が他にいたとは知らなかった。
「――ミリアム!!」
 鋭いクリスの声に、ミリアムはゆるゆると顔を上げる。
 クリスは振り向いてはいなかったけれど。
 それでも彼女の声は、ミリアムを正気づかせたようで。
 彼女は促されるまま、ボルスの馬に乗った。
「どうしたんだ?」
 問うボルスの声に、ミリアムは無言で首を振るのみだった。
 クリスが、剣を掲げる。
「退け!!」
 それにあわせて。
 退却の合図の音が鳴り響く。
 丘から引き上げる騎士団を、盗賊団は追っては来なかった。






「ランチェ、ミリアムを頼む」
 クリスが言うと、大柄な騎士は静かに頷いた。
 ランチェに肩を抱かれて、泣きじゃくっているミリアムが目の前から去ってから、サロメはクリスを見た。
「いったい、どういうことなのですか? あのミリアム殿があれほど取り乱すとは」
「やっかいなことになった」
 クリスの表情は厳しい。
「どうも、砦には人質がいるようだ」
「……人質、ですか」
 苦いロランの声に、クリスは頷く。
「ヤツラ、さっきの戦闘で、商隊の人間も戦わせているようだ」
「……商人が我々と戦うとは。……たしかに、砦に人質がいないとできない方法ですね」
 サロメが言い。
 ボルスはその内容に憤った。
「くそ、なんて汚い!!」
「しかし、クリス様。わたしは盗賊団以外見かけませんでしたが」
 パーシヴァルがそう、言葉を挟んだ。
 すでにクリスへの侮りはない。
 少なくとも、隊長として仰ぐに値する騎士だと考えなおしていた。
「商人はおりませんでした」
 彼が戦っていたのは、戦いなれしている者ばかり。剣を振るったことのないような相手はいなかった。
 ボルスも、それに戸惑ったように頷く。
「俺も……いえ、わたしも、たぶん」
 ボルスは先ほどの戦闘を必死で思い出し、首をふる。
「いえ、全く相手にいませんでした」
「私もだ」
 クリスはそうパーシヴァルとボルスに頷いた。
 しかし、と続ける。
「ランチェの話では、ミリアムが斬ってしまった敵が商人だったそうだ。息を引き取る間際に、「騎士様、息子を助けて下さい」と言い残したらしい」
「おそらく、一番最近襲った商隊の者たちだけなのでしょう。……しかし、これは、どうするか……」
 サロメは、眉間の皺を深くする。
 無視して攻めれば、後々騎士団の汚名になる。それを見越して戦力にならない商人を戦わせているのだろう。
 かといって、あの見晴らしの良い砦に潜入することは不可能だった。
 何か考えていたふうの、クリスが口を開いた。
「サロメ、奴等は持久戦になるのを避けたがっていると言ったな?」
「はい。丘の上の砦は、補給がききませんから」
「……サロメ、ロラン、パーシヴァル、ボルス」
 そばにいる騎士たちを呼んで、クリスは彼らをじっと見た。
「どうだ? 私は見るからに強そうに見えるか?」
 パーシヴァルたちは言葉に詰る。
 これが美しく見えるか、とか。カリスマはあるか、とかであれば、自分たちは即答していただろう。
 しかし。
 答えが返らないのが応え。
 クリスは少し笑った。
「では、この鎧も置いていけばさらに確実だな」
「ク、クリス様、何を……」
 焦るサロメに、クリスは目で笑った。
「奴等は、傭兵上がりの盗賊団。頭が潰されれば、戦う力も無くす。そうだろう? そして、戦いの勝負を早くつけたいと思ってる」
「まさか……」
 パーシヴァルは呟き。サロメは顔色をなくし、ロランは表面的には平静を保ち、ボルスは目を見開く。
 そんな彼らを前に。
「一騎打ちだ」
 強く、少女は言った。
 さらりと風が、彼女の銀糸の髪を揺らして行った。
 
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