ゼクセンの銀の乙女〜盗賊団討伐編 Y〜 | ![]() |
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「貴方のお父上は、貴方だけでなく貴方と共に捕われていた全ての人を救って亡くなったのだ」 「……誰が……。誰が、父さんを殺したんだ!!」 「――――」 パーシヴァルは、傍らの女騎士が震える唇で何かを発しようとしたのを感じた。 しかし、その前に。 クリスの言葉が続いた。 「直接手をかけたのが誰かという問いか?」 「――そうだ!!」 「私だ」 あまりにも真っ直ぐな女騎士の瞳に。 少年のほうが気圧されたように言葉を失う。 「ゼクセン騎士団第二部隊隊長、クリス・ライトフェロー。この、私だ」 「…………」 「私が、貴方のお父上を手にかけた」 「――――ッ!!! なんでだよ!!」 少年は、泣き出した。 「騎士は、オレたちを助けてくれるんじゃなかったのかよ!!!」 ロットのがむしゃらに振り上げられた拳が、クリスを打つ。 ガシャリ、と音を立てたボルスたちを、クリスは振り返ることなく軽く手を上げて制した。 少年の拳を受け止めるたびに、鎧をつけていないクリスの身体が揺れる。 どれほどそれが続いただろうか。 荒い息を繰り返す少年は、尚もまっすぐな彼女の瞳に拳を下ろした。 本当は分かっていた。 責めるべきは騎士たちではなく、盗賊たちなのだと。 間近で見る女騎士は、年上とはいえ、自分と5歳も離れているかどうか。 少女は切れた唇の血を拭うこともせず、ただロットを見つめていた。 「――すまない」 静かに、言われ。 ロットの目から新たな涙が溢れた。 「―――ごめん、なさい……っ」 謝りながら自分の胸で泣く少年の肩を、クリスはそっと抱いた。 「お父上の勇気がなければ、我々は砦に捕われた誰も救うことはできなかっただろう。お父上が、ロット貴方を、皆を助けたのだ」 クリスの声が、ロットの胸に静かに広がる。 「貴方のお父上に、騎士団を代表して。――――最大の敬意と、感謝を」 「………お父、さん……ッ」 泣く、少年の頭を。 クリスはそっと撫ぜた。 静かに、サロメが近寄る。 「クリス様…………」 クリスは、サロメを見上げると小さく頷く。 ロットは泣きながら、サロメに促されて、保護された他の商人たちの所へ戻って行った。 「クリス様!」 ボルスが、膝をついたままのクリスに駆け寄る。 鍛えていない少年の拳とはいえ、無数に受けたそれが生身の少女の身体に全く効かないわけがなく。 ボルスは支えるように腕を伸ばした。 「大丈夫ですか、クリス様」 「ああ。ありがとう」 クリスは、ボルスの腕をもらって立ち上がる。 その一瞬にかかった体重のあまりの軽さに、ボルスは驚いた。 たしかに彼女は鎧をつけていないが。 それでも、少女の持つ強さに反して、あまりにも儚く思える。 思わず支えようと出した手は、今度は柔らかく拒否された。 「大丈夫だ」 クリスは平然と言って、自分の力だけで歩き出す。 パーシヴァルの隣で、ミリアムが崩れた。 「――クリス様、どうして……っ」 「ミリアム」 「なぜ、私などを庇われたのです! 私が、あの子の父親を……!」 クリスは、ミリアムの前に立った。 「ミリアム。この戦いで、私が倒した敵の数とお前たち他の騎士たちが倒した敵の数、どちらが多い?」 ミリアムは全く関係がないと思える話を振るクリスを、半ば呆然と見上げた。 「それは……。クリス様個人と、我々皆ならば、数は皆の方が多いでしょうが……」 「そうだな。だが、この戦いの武勲は、私のものとなるだろう」 「それは当然です!」 「では、私がこの剣で罪なき者を斬ったとしよう。その罪は剣にあるか、私にあるか」 「…………」 ミリアムは、クリスの言いたいことを理解した。 剣ではなく振るう者に罪があるように、ミリアムではなく彼女を指揮するクリスに罪があるのだと。 「……クリス様……」 「お前の手に罪はない。お前たちの武勲が私のものになるように、お前たちが流す血は全て私が流したものなのだから」 熱い涙を流すミリアムと、彼女の前に立つ銀髪の少女をパーシヴァルは見つめていた。 迷うことはない。 悩むこともない。 ただ信じて剣を振るえば、それでいい。 敵の血を浴びようと自分の手は汚れることもない。 それは戦いを生業とする者にとって、どれほどの救いだろう。 彼女と共にいる騎士たちが、彼女に縋りたくなるのも分かる気がする。 けれど。 パーシヴァルの目に映る甲冑を外した少女は、華奢なほどで。 夕陽に染まる頬の影が辛そうに見えたのは、錯覚ではない気がした。 嘲笑が、響いた。 後ろ手に縛られたままのルドが、肩を震わせて笑っている。 「とんだ三文芝居だな!!」 クリスは、静かにルドを見た。 しっかり目を合わせてから、ルドはニヤリと笑む。 「反吐が出るぜ、お嬢さん。―――偽善者め……!!」 「――貴様!!」 ボルスが、ルドを打ち据えて黙らせようとする。 丁度サロメが、帰城の用意が整ったと知らせに来た所だった。 「クリス様……ボルス殿?」 「ボルス、構うな。――ブラス城に戻るぞ」 言って、クリスは歩き出した。 ボルスは拳を上げたまま、彼女の背中を見る。 「し、しかし……」 だがクリスが応えないので、ボルスはルドを厳しく一瞥してから彼女の後を追った。 「…………本当のことだからな……」 クリスのその小さな呟きを、そばにいたパーシヴァルの耳だけが聞き取っていた。 ルドはその後はパーシヴァルたちが拍子抜けるほど静かだった。 それはブラス城に戻っても変わらず。 抵抗することなく城の地下へ連行されていった。 「ご苦労だったな、クリス」 団長室で、クリスとサロメ、そしてパーシヴァルとボルスは団長自らから労いの言葉を受けていた。 本来ならボルスとパーシヴァルが特別に呼ばれることはないはずなのだが、一級騎士の初陣であったかららしい。 一通り、言葉が終わり。 サロメはボルスとパーシヴァルを促して、団長室を出る。 扉が閉められる直前。 「男らしい有様になってるなぁ」 「馬鹿! 何言ってるんだお前は!! ――ク、クリス、その怪我はどうしたんだ!? 大丈夫なのか!?」 ガラハドの笑い声と、焦ったようなペリーズの声が聞こえる。 扉が閉められ音が遮断された後、ボルスはまだ後ろを気にしているように見える。 そんなボルスに、サロメは静かに笑んだ。 「我々は、いないほうがいいのですよ」 「あの……。なぜです?」 ボルスの問いに。 サロメは彼女を思い浮かべてか優しく、だがどこか寂しげに微笑んだ。 「あの方にとって、団長と副団長は唯一の家族のようなものですから」 普通の少女に戻れるのは、彼等の前だけなのだと。 そう言外に言われて。 パーシヴァルとボルスは、納得したような寂しいような複雑な気分になった。 クリスには親兄弟がいない。 幼いころから騎士団に入隊したせいで、友人もいない。 彼女に向けられるのは、常に崇拝か敬愛か羨望か、そうでなければ嫉妬か敵意だった。 彼女にとって、昔から、ガラハドとペリーズはそのどれでもなく自分に接してくれる存在であり、どんな自分も受け入れてくれる保護者でもあった。 サロメとロランがクリスと出会った時から、彼女の自然な微笑みはいつも、ガラハドとペリーズの前だけにあった。 今でこそ時折自分たちにも見せてくれる素の少女は、それでも普段は団長と副団長の前だけにある。 サロメにも、寂しい気持ちはたしかにある。 だがそれよりも、張り詰めた少女が安らげる場所があることが、サロメは嬉しかった。 |
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