ゼクセンの銀の乙女〜Knights〜U![]() |
|
![]() |
なぜ、こんなことになってしまったんだ! そう、ボルスは痛烈に今の状況を呪った。 自分はクリスを守りたかったのであって、彼女を負かせたかったわけではない。 真剣と同じ重さに作られた木剣を手に、ボルスはクリスと対峙していた。 本来模擬戦は刃を潰した剣で行われるのだが、今回は副団長の命令で見習い騎士が訓練で使う木剣になっている。 中庭の訓練場の扉はすべて閉められ。 そこにいるのはボルスとパーシヴァルとクリス、そしてガラハドとペリーズのみだった。 ぎらつく太陽は、彼らの頭上で容赦なく輝いている。 団長の開始の命令で、クリスは先に動いた。 甲冑を身につけていないクリスの技は素早い。 「!」 ボルスは、寸でのところで彼女の剣を受け止めた。 木剣の、打ち鳴らす音が響く。 (――さすが) 強い、とボルスは思った。 彼女と共に戦うようになってから、自分はずいぶんと強くなったと自負していたが。 はじめて打ち合う彼女の剣は、それでもボルスが焦るほどに鋭かった。 はじめはクリスと戦うことに戸惑っていたボルスだったが、激しい攻防に思考は消え去っていく。 それを眺めるパーシヴァルは、強い日差しに軽く手をかざした。 なぜ、こんなことになってしまったのか。 そう、パーシヴァルはガラハドを睨んだ。 自分はクリスの前を守りたかったのであって、彼女の心を傷つけたかったわけではない。 ガラハドが昼日中――一番暑い時間を選んで戦いの場を設けた理由も、クリスが甲冑無しの戦闘を望んだ理由も、パーシヴァルは気づいていた。 そして、クリスが最初にボルスを相手に指名した理由も。 実際のところ、パーシヴァルとボルスでは剣の腕はボルスが一歩優れる。 だからこそ、スピードと体力のある最初にボルスを相手に選んだのだろう。 反対に言えば。 そうでなければクリスには勝ち目がない戦いと言えた。 それに、どうもガラハドはボルスと自分を交互に、勝敗がつくまでクリスと当たらせるつもりらしい。 ガラハドはパーシヴァルが睨んでいるのに気づき、だがニヤリと笑むと再びクリスたちに視線を戻す。 パーシヴァルは内心毒づいてから、同様にクリスたちを見た。 さすがに強い、とパーシヴァルはやはり感嘆せずにはいられない。 あのボルスが、防戦一方になっている。 ガラハドの隣で、ペリーズはハラハラとその様子を見つめていた。 なぜ、こんなことになってしまったのだ。 そう、ペリーズはガラハドを憎らしく思わずにはいられない。 模擬戦を取り消すようガラハドに言ったのだが、きれいに無視されるだけでどうしようもなかった。 なんとか木剣を使うことは認めさせたが。 力が切迫している者同士の――しかもどちらも優れた腕の持ち主なら――、潰した刃の剣を使った模擬戦はかなりの危険を伴うものだった。刃を潰しているとはいえ、手練れならそれで訓練用の藁束をすっぱりと切ることもできる。完全に腕が骨ごと切り落とされることはないが、腱が切れたり腹に刺さるということは実際まれにあった。 もちろん木剣でも、骨が折れるくらいのことはあり得るし、当たり所が悪ければ内蔵をやられることもある。 「ガラハド」 ペリーズは、激しく剣を打ち鳴らすクリスとボルスから目を離さないまま、小さくガラハドにささやいた。 「やめさせろ」 「まぁまぁ、黙ってろって」 面白げに戦いを見ながら、ガラハドは笑む。 ペリーズは彼を見た。 「……ガラハド!」 「しかたないだろ?」 ガラハドが、ちらりとペリーズを見る。その目は、軽い笑みに反して真剣だった。 「ペリーズ。お前が、できないんだから」 「――っ」 「どうせ、いつかは分からせなきゃならん」 「あの子は、充分分かっている!!」 だからこそ、鎧を脱いで戦うことを望んだのではないか。 ペリーズは、ガラハドの肩を強く掴んだ。 「たとえお前でも、これ以上あの子の心を傷つけると言うなら。俺は、許さない……!」 騎士たちの前での穏やかな美男ぶりを忘れ去って、素の激しさを見せるペリーズに。 ガラハドは大げさに肩をすくめ。 そして、手に持っていたタオルを、ビタンとその顔の正面に投げた。 「!」 「よし、そこまで!」 ガラハドは手を打ち、そしてパーシヴァルを見た。 「パーシヴァル、交代しろ!」 「……ですが……」 「パーシヴァル、何度も言わせるな。交代だ」 「……はい」 「――っ、自分の汗を拭いたヤツを人の顔に投げるな!!」 「あぁ、悪ぃ悪ぃ」 「ふざけるな!!」 怒り心頭に怒鳴り出すペリーズに、ガラハドは目線でパーシヴァルと、呆気にとられているボルスをさした。 ペリーズはぐっと言葉を押さえる。そして、なんとか普段の笑みを浮かべようと努力する。 「……団長。いい加減にしてくださいよ? 俺は真面目に話をしているというのにですね」 「クリス、パーシヴァル。始めろ」 ガラハドは副団長をきれいに無視して、いつもの飄々とした笑みのまま手を打つ。 副団長は何度か口を開けては閉ざし。 そして、脱力したように段の上に座り込んだ。 パーシヴァルは、剣を構えたまま、眼前のクリスをじっと見た。 ボルスとあれほどの攻防をしながら、まだ全く息が乱れていない。 その体力は、並の男騎士以上だった。 想像以上の少女の体力にパーシヴァルは驚いたが、ボルスとの戦闘を見ていたはずなのに、側で見ているよりずっと速い彼女の攻撃に更に驚かされる。 余計なことを考えていては、負けるのは自分の方だ。 風を切る音とともに襲い来る彼女の攻撃を、パーシヴァルは受け流すので精一杯だった。 ボルスの剣も重く強いが、彼女の剣はそれとは全く種類が違う。 クリスの剣は勢いと身の軽さによるものと考えていたが、それどころではなかった。まるで、吹き込んでくる風のようだった。それも、身体の急所やカバーの空いた所からまるで空気の軌道ができているかのように。 さらに言えば、そこを彼女が突いてくるのではなく、まるで彼女の剣を自分の身体が吸い寄せているのではないかと錯覚するほど素早く、そして恐ろしいほど正確だった。 なるほど、これでは騎士団のファーストナイトたちも彼女と戦って負けるはずだ。 そう、ごくりと喉を鳴らし。 パーシヴァルの考えが形になったのはそこまでだった。 持ち前の器用さと身に付いた戦闘のすべで、真剣にパーシヴァルはクリスを相手する。 しばらくそのギリギリの攻防が続き。 そして再びガラハドの制止がかかった。 ボルスがパーシヴァルと交代させられる。 そのころになって、ボルスも不審に思い始めていた。 この暑さは、体力を容赦なく奪う。そして、クリスは休む時間をもらえず、自分たちは交代するため休む時間がある。 それは、ひどくクリスにとって不利な条件だった。 中天にあった太陽が、傾いている。 すでに一刻以上が経過していた。 ボルスは3回、パーシヴァルは4回目の対峙だった。 クリスの息は上がり、その額を汗が流れ落ちている。 パーシヴァルは自分の剣先が揺れているのを感じた。 ボルスもパーシヴァルも勝たなければならない。 そして、この状況なら勝てるだろうことも分かる。 けれど。 勝つということは。 クリスを負けさせるということで。 すでに体力のほとんどを使い切ってしまっただろう彼女は、しかしパーシヴァルを睨む瞳は強さを決して失っておらず。 パーシヴァルは、彼女に勝つために攻め込むことができなかった。 クリス・ライトフェローは第一部隊の左隊長に任じられてからは、ガラハド団長以外に負けたことはないという話を他の騎士から聞いたことがある。 「…………」 これほど肩で息を繰り返しているのに。 彼女の目は、決して負けないと叫んでいる。 どうすればいい。 パーシヴァルは、答えのない問いを自分の胸に苦しげに繰り返す。 どうすればいいんだ。 勝たなくてはならない。そうでなければ、次の戦いでは彼女の命に関わる。 けれど、勝てば。 この必死に負けまいと食いしばる少女を、その誇りを、たたきつぶすことになりはしないのか。 パーシヴァルの手は、それ以上剣に力を込めることができなかった。 |
![]() |