ゼクセンの銀の乙女〜Knights〜V![]() |
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じりじりとした太陽の暑さと、自分の熱さに目がまわりそうだった。 クリスは荒い息を繰り返す喉が、まるで自分のものではないような錯覚におちいる。 苦しげな音は、耳障りでならない。 頭の奥が激しく痛み、吐き気がした。 倒れてしまえば、いい。 どこで、そう声がする。 命がかかっているわけではない。 楽になってしまえばいい。 そう、囁く声が。 「………ッ」 クリスは、歯を食いしばって剣を握りしめた。 自分が、他の騎士より恵まれていたのは知っている。 従騎士期間の短さ。本来ならあり得ない級飛びの出世の連続。 評議会の声がかりだと、同期の騎士に噂された。 それが事実でも、自分は自分の騎士としての責務を果たせばいいと。 そう思って戦った。 他の騎士の何倍も鍛錬し、騎士にふさわしい者であろうと努力した。 たとえ騎士としての地位が誰かの思惑で他人より早く与えられたものだとしても、自身の実力でそれに相応しくなってみせると。 それでも少女の周りからそれはなくならなかった。……敵意も、嫉妬も、軽蔑も。 特例の出世だから。子供のくせに。女だから。 そう、言われ続けた。 負ければ実力に見合わないと言われ、勝てば小娘相手に本気になれないと言われた。 騎士になりたてのころ、クリスにとって騎士団は身内ではあり得なかった。 ただガラハドとペリーズのみが、彼女を鋭い視線から守ってくれる盾だった。 それがなければ幼い娘には息をつける場所もなかっただろう。しかし、それはまた騎士たちの敵意を和らげるものではなかった。 戦功を上げれば、団長と副団長のはからいだと噂された。 クリスは自身を証明しなければならなかった。 戦闘では先陣を切って剣を振るい、一心に鍛錬を積んだ。 戦って、戦って、戦って、戦って。 模擬戦でも同位の騎士の誰にも負けないようになった。 陰で囁かれた嘲りや、直に投げかけられた蔑みの中で。 クリスは勝ち続けた。 強くならなければならなかった。 誰にも負けてはならなかった。 負ければ、騎士として認められない。 「………ッ」 昔の感情が、クリスの中に蘇る。 騎士団の長であるガラハド以外の、誰にも負けてはいけない。 「………クリス様……」 ひどく辛そうに、対峙する騎士は自分を見ていた。 それでも、クリスには何の感情も浮かばなかった。 ただ、負けられないのだと。 勝たなければならないのだと。 パーシヴァルを睨み続けた。 彼はクリスに攻めてこず、だがその惑いを読みとる余裕はクリスにはもうなかった。 俺は、敵か。 そう、パーシヴァルの胸は痛んだ。 「………クリス様……」 クリスの自分を見る目は、仲間へ向けられるそれではない。 死に直面した敵が見せる、必死の抵抗の目だった。 自分たちは、それほどに彼女の心を追いつめているのだと思い知らされる。 騎士たちの崇拝の前に毅然と立つ彼女が、これほどギリギリな何かを身のうちに持っていたのを知って、パーシヴァルは動けなくなった。 ここで自分が負けて、次の戦いで彼女の命を危険にさらすこともできず。 彼女を打ち倒して、その心を打ち砕くこともできない。 「交代だ」 パーシヴァルの想いを読んだように、ガラハドの声がかかる。 結局勝敗はつかないまま、パーシヴァルはボルスと変わった。 パーシヴァルは、申し訳程度に剣を打ち合わせるボルスと、苦しげなクリスを見つめた。 ボルスも、自分と同じく答えを見つけられないだろうことは容易に想像できる。 いったいどうするつもりなのだと。 パーシヴァルは、辛そうな顔でクリスを見つめるペリーズの隣で、相変わらず飄々とした笑みを崩さない団長を睨んだ。 しかし、――クリスにとっては苦しいだろうが――もはや何の鋭さもない模擬戦の空気が、急に緊張したのを感じてパーシヴァルがクリスたちに目を戻すと。 映った光景に目を見開いた。 パーシヴァルも、ボルスも、強かった。 クリスは、そんなことはとっくに知っていた。 もし自分が鎧を着ていたならば、もっとはやくに自分は負けていたのだろうということも。 クリスの力は、他の男騎士より上だった。 それでも、もっと優れた……すでに騎士団で頭角を現している男にはかなわないのだと言うことも、理性では分かっていた。 どれほど鍛えても。 腕力も、体力もかなわない。 どれだけ歯を食いしばっても、かなわない。 (負け、る……) 腕が重い。 視界が歪む。 クリスは自らの負けを、心底感じた。 『女などに』『ただの家柄で』『騎士団の飾りだ』 昔受けた嘲りが、ぐるぐるとクリスの脳裏に木霊する。 悔しくて一人で泣いた、ファーストナイトになったころの自分。 「――ッ!!」 クリスの中で、意識がとんだ。 自分が鋭い踏み込みとともに剣を突き出したことも、自覚していなかった。 ボルスは、パーシヴァルと同じく迷っていた。 彼女の必死な姿に、泣きたい気持ちになる。 (俺は、貴女の味方なのに……ッ) 自分は、彼女を守りたいのに。 こんなにも大切だと想うのに。 敵を見るような目を向けられ、そして彼女を苦しめている。 ボルスは、激しくガラハドを恨んだ。 彼女を打ち負かすこともできず、ただ戸惑いながら彼女の剣をはじき続ける。 しかし。 「―――ッ」 ボルスの首筋にゾッとした感覚が走る。まるで生死を分かつ戦場の危機感。 その瞬間、ボルスの意識は完全に止まっていた。 他のファーストナイトならば完全に急所に決まっていただろう。 そんな鋭く激しい――そして恐ろしく正確な突きに。ボルスの身体は無意識に反応していた。 「――しま……ッ」 しまった!!! そうボルスが思った時はすでに遅く。 勝手に動いたボルスの手が、その木剣が。 彼女の凄まじい攻撃をかわすようにして、彼女の脇腹を渾身の力で払っていた。 クリスの身体がその衝撃に堪えられるはずもなく。 「……ッぁああ!」 その勢いのままに吹き飛び、壁に叩きつけられる。 「――クリス様!!!」 「クリスッ!!!」 地面に転がった少女に、パーシヴァルとペリーズは地を蹴った。 ボルスは手から木剣を落とす。 「そ……そんな……」 ぐったりと目を閉じる少女よりも、血の気のない顔でボルスは震える。 腕に残る感触は、クリスの身体に確実に入った攻撃の強さを教えていた。 「クリス、クリス……ッ! ――ガラハド! お前!!」 悲痛な叫びで少女を呼び、ペリーズはこの状況を作り出した張本人を振り仰ぎ睨んだ。 副団長の腕で、クリスがかすかに眉を寄せたのに気づき、傍らに膝をついていたパーシヴァルは声を上げた。 「クリス様!」 「クリス!?」 ペリーズも慌てて自分の腕の中の少女に目を戻す。 クリスはゆっくりと目を開いた。 泣きそうな顔で自分をのぞき込むペリーズと、辛そうな表情のパーシヴァルの顔が最初に飛び込んで来た。 そして、ズキリと脇腹が痛む。いや、そこだけでなく身体中が痛んだ。 「わ……たし……」 負けた。 その事実が、クリスに突きつけられる。 その衝撃は、身体の痛みどころではなかった。 ぎゅっと歪んだ彼女の顔に。 ペリーズは慌てる。 「ど、どこか痛むのか!? いや、当たり前だ、怪我を……。医師……医師を呼ばなくては……ッ」 「………だ、いじょうぶ……です」 堅い声で、クリスは言った。 力を込めなければ、泣いてしまいそうだった。 身体の痛みなど、どれほどのものでもなかった。 「平気です」 ペリーズを押しのけるようにして、無理矢理立ち上がる。 しかし、城内へと続く扉に数歩進んで、彼女の意志に反して膝が崩れた。 「――クリス様!」 パーシヴァルが咄嗟に彼女を抱きとめる。 そのあまりの軽さに、パーシヴァルは息をのんだ。 「……は、なせ……ッ」 少女は首を振り。 だがそれが最後の抵抗だったようで、ついにクリスは気を失った。 「…………」 パーシヴァルは、無言で彼女を抱き上げた。 その軽さが切なく。 おそらく身体よりも深く傷ついた彼女の心を思うと、辛かった。 「……部屋に、お連れします」 「……。……ああ。俺は医師を手配させよう」 「そう青い顔するなって」 ガラハドが、膝をつくボルスの肩を叩いた。 ペリーズがキッとガラハドを振り返り、睨む。 「お前ッ!」 「――命に別状はないだろ。あの状況で受け身がとれるんだから、あいつもたいしたもんだ」 ま、骨の1本くらいは折れてるかもしれんが。 そう続ける団長を、騎士3人は不穏とも言える目で睨んだ。 |
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