ゼクセンの銀の乙女〜Knights〜W![]() |
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「サロメ卿……」 クリスの部屋の前に立っている人物に、パーシヴァルは少し驚いた。 サロメはパーシヴァルの胸の中で気を失っている少女を見てかすかに辛そうな表情になる。それでも驚きは彼の表情にはなかった。 驚きがないのは、パーシヴァルの後ろを歩いているガラハドも同じで。 「よぉ、サロメ」 彼がそこにいるのを当然のように、軽く笑う。 「さすが、用意周到だな」 「………無駄になればよかったのですがね」 サロメは笑みも浮かべずそう答え、傍らに連れた男を促した。 ボルスは怪訝に彼を見る。 サロメが連れている男に見覚えがある。 「彼は……」 「ええ、水の紋章師です」 「ペリーズが慌てて医者を呼びに言ったんだがなあ……」 ガラハドはそう苦笑いした。 城下町のこの紋章師にとって、騎士団は得意先である。 しかしだからこそ反対に必要な時に魔力切れであることも多く、絶対にいるだろう場合には予約が不可欠だった。 「とにかく入ろうか」 ガラハドは言って、立ち止まる騎士たちを追い抜かしてクリスの部屋の前に立った。 懐から鍵を一つとりだすと、ガチャリとクリスの部屋の鍵を開ける。 「…………」 じっと自分を見るパーシヴァルとボルスに、ガラハドは片眉を上げた。 「ん? ああ、これか。羨ましいだろ?」 ちゃり、と二人の騎士の前で鍵を揺らす。 「な、そ、そんなことはッ!!」 「ええ、大変羨ましいですね」 耳まで赤くなるボルスと、さらりと頷くパーシヴァルに。 ガラハドはニヤリと笑った。 「…………やろうか?」 「団長!!」 サロメが声を上げ、ガラハドは軽く肩をすくめる。 そして、ガラハドは軽く笑った。 「まあ、俺とペリーズより強くなって、さらにコイツが望めば、な」 言って意識のないクリスを見つめるガラハドの目は、ひどく優しい。 サロメが息をついて、扉を押し開いた。 「……では……」 治癒を終えた紋章師を従えて、サロメは部屋を出て行った。 パーシヴァルは、何となく彼の背中を見送る。 クリスが目覚めるまで、彼もそばを離れないと思っていただけに少し不思議だった。 心を読む技があるわけでもないだろうに、ガラハドが背中を壁にもたれさせながら言った。 「――まあ、あれだ。ああ見えて、相当怒ってんだろ俺に」 ここにいたら、一言二言言わずにすまなそうだったから出て行ったのさ。 そう続ける団長を、パーシヴァルは見た。 ガラハドは顎に手をやる。 「過保護なんだよな、サロメもアイツも」 「…………」 パーシヴァルはそれに頷くことも否定することもせず、ちらりとベッドへ視線をやった。 クリスが横たわっているベッドの前で、ボルスは立ちつくしている。 しばらく続いた沈黙を破ったのも、やはりガラハドだった。 「――騎士たちの殆どは、そいつに心酔している。そいつらの前で、そいつも期待に応えて完璧であろうとするから、多くのヤツがそいつが自分より本当は子供なんだってことを忘れちまうんだな……」 ガラハドはクリスを見つめる騎士二人を見た。 「ボルス、お前は19だ。パーシヴァル、お前はもうすぐ20歳になるんだったよな?」 「よく、ご存じですね」 パーシヴァルは、団長に目を戻すことなく言う。 それを不敬だとも思わないらしい彼は、続けた。 「……そいつはな、まだ16なんだぜ? お前らより、まだ3つも4つも下なんだ。いくら大人びて振る舞ってたってな、まだまだガキだ。……だから、完璧じゃないそいつも、受け入れてやってくれ」 「……完璧な人間など、この世にいませんよ」 元から、パーシヴァルは彼女をそんなふうには見ていない。 目を見張るほどのカリスマも。そして戦場に立つ凛々とした姿も。 その強さも。 元から完璧な者のそれならば、驚き敬いはしてもそれ以上の感情など生まれない。 いや、もっとはっきり言えば、そんな面白みもない人間に興味もない。 時折かいま見える少女の瞳を知っているから。その迷いを、揺れる心を感じる時もたしかにあるから。 まっすぐに立とうとする彼女に心から感嘆する。 そして――切なくも、守りたいとも、愛おしいとも思うのだ。 それが敬愛なのか恋情なのかは、パーシヴァル自身にもまだ分らなかったが。 「俺は……」 ボルスは、クリスを見つめるまま口を開く。 「俺は、団長のおっしゃることが、正直分りません。俺の目には、いつだって、クリス様は完璧な方に見える。上手く言えませんが、もしクリス様が弱くても、間違っても、それがクリス様なら、俺はそれが完璧なのだと思います」 「…………」 パーシヴァルは苦笑した。 全く彼らしい、と思う。 この男には、崇拝と恋情の境目も、完全と不完全の違いもないのだろう。 自分の運命だと決めた時から、クリスは彼自身にとって完璧な存在なのだ。 その真っ直ぐさと単純明快さを、パーシヴァルはほんの少しだけ羨ましいとも思う。 ガラハドは吹き出した。 「お前にかかれば、弱さやガキ臭さも『完璧』を構成する欠片(パーツ)ってわけか」 けれどそのボルスを見る目は優しい。 ボルスはムッとして振り返る。 「クリス様は、弱くもガキ臭くもありません!」 「分かった分かった」 適当な相づちをガラハドがうったとき、ベッドで身じろぎする気配がした。 慌ててボルスは振り返る。 クリスの形の良い眉がぎゅっと寄せられ、そして、瞼が開いた。 ボルスの影になっているせいで、今は深い色の紫の瞳がボルスを映す。 「ク、クリス様……」 「………………」 むくりと起きあがり、目をそらす彼女に。 ボルスは頭を下げた。 「申し訳ありませんッ! 俺ッ!」 「――謝るな」 憮然とした声で、少女は答える。 ボルスは顔を上げるが、クリスのかみしめた唇が震えているのは気のせいではない。 ボルスは泣きそうな顔で、額を抑える。 「でも、俺、俺は……貴女に、怪我を……」 「謝るなと言った」 クリスはボルスを見ずに、ベッドから立ち上がる。 歩き去ろうとする彼女の身体を、ボルスは慌てて遮った。 「――ダメです! まだ休んでいなくては!」 「うるさい」 「ろ、肋骨が折れていたんですよ!? 肩も! 紋章師が治癒しましたが、今日一日は安静にしていなければと言って――」 「離せ……」 クリスは、ボルスの腕を払おうとする。 骨自体は治ったが、疲労や他の打ち身が治っているわけではない。 ボルスは今ばかりは、彼女の言うことを聞くわけにはいかなかった。 「ダメです、クリス様! どうかベッドに戻って下さい!」 「離せ……! 離せ! 離せッ!」 クリスは、ボルスの腕を解こうとする。 「クリス様! お願いですから」 「離せ! 離して!!!」 少女はボルスの腕の中で身を捩り。 そして、ついに泣き出した。 「ク、クリス様……ッ」 「ボルス……」 パーシヴァルがボルスの肩に手をおき、狼狽えて自分を見るボルスに首を振って見せる。 その手を離すんだ、と。 そう静かにパーシヴァルは目で言う。 ボルスは、しゃくりあげて泣き続ける少女の身体を解放した。 「―そんなに悔しいか?」 この場にそぐわぬ軽い声が、室内に響く。 もたれていた背を壁から離して、ガラハドはあまり意地がいいとは言えない表情で笑った。 「その男の腕に抵抗もできない非力さが、悔しいか、クリス」 驚くボルスと、目元を歪めるパーシヴァルと。 そして泣きながらも、ガラハドを鋭い瞳で睨む少女に。 騎士団長は続けた。 「しかたないだろ? お前は女なんだから」 ひゅっと空気の音が少女の喉から漏れたのを、かたわらのボルスとパーシヴァルは感じた。 おそらく、女だから、とか。女のくせに、とか。 そういう形容が彼女を一番傷つけることは、男のパーシヴァルでも想像に難くない。 なんてことを言い出すんだ、この男は。 怒りかショックかで、血の気を失ったクリスの顔を見てから、パーシヴァルはガラハドを睨んだ。 |
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