Love panic





「バーツってさ、結構顔はいいわよね」
 …………またか。
 本拠地でのつかの間の平和な昼下がり。
 いつものように部屋に遊びに来ていたリリィの言葉に、クリスはこめかみをピクつかせた。
「聞いてるの?」
「聞いてる」
 それでも、律儀に答えるクリス。
 リリィは、はーっと息をついた。
「クリスってば、どーしてそう、関心ないわけ? 恋人もいないくせにさ」
「私は、恋人など欲しいと思わない」
 今はそんなことを考えている状態でもない。
 そう、クリスは思う。
 しかし、リリィは馬鹿にしたような目でクリスを見た。
「はあ? ……いい事教えてあげましょうか、クリス?」
 教えて欲しくない。
 今までの経験から、心の底からクリスはそう思うのだが。
 当のクリスの返答を待たずに、リリィは続ける。
「恋人ができないのと、恋人を作らないのとは違うんだから」
 ちなみに、とリリィは胸をはる。
「私は、今作っていない、ってダケだけどね!」
「しかし……」
「それにさ、騎士だって恋愛もすれば結婚もしてるじゃないの。アンタみたいに恋愛は駄目だって思ってるのって、反対に女ってことに自分が一番囚われてるんじゃないわけ?」
 正論……かも、しれない。
 何事も真面目なクリス。
 自分を思い返して見る。
 が。
「………駄目だと思ってるのではなくて、恋愛感情が湧かなかっただけよ」
 根っから鈍いクリスは、男性と一緒でも、どうも接する相手が異性だということを意識しないのだ。
 ふーっとリリィは大げさに溜め息をついて見せ。
「だから、言ったでしょ? 恋人を作らないのと、恋人ができないのとじゃ違うって」
「?」
「つまり、クリスは好きな人はいないとか、恋人を作ってないとか言ってるわけだけど。それって、そうじゃなくて」
 ニッとリリィは笑む。
「作れないだけじゃないの?」
「リリィだっていないじゃない」
 クリスもさすがにムッときて言い返す。
 リリィは、勝利の笑みを浮かべた。
「私はね……。作らないだけ。これでもティントじゃモッテモテなんだから!」
 ホントか? とサムス辺りなら胸の奥で突っ込むところである。あるいはリードなら。「そりゃ中身を知らない人間だけだ」と(あくまで)心で言うかもしれない。
 けれど、疑うことを知らないクリス。
「そ、そうなのか……」
「だいたいさ、クリス、恋人ができたときあるの?」
「………………ない」
 何も正直に答える必要はないはずなのに、嘘のつけないクリスであった。
 うんうんとリリィは頷き。
 そして、チラリとクリスの顔を覗き込む。
「告白されたことだってないんじゃない?」
「そ、そんなことはッ」
 クリスは一生懸命過去の記憶を探す。
 が。
「…………」
 本当は何度も経験があるのだが、本人がそれを告白だと気づいていないからしかたがない。
 リリィはビシっとクリスを指さした。
「つまり、クリスはもてないのよ!!」
 がーん。
 いくら普段は女らしくなどと欠片も考えていないクリスだが、彼女だって妙齢の女性である。
 もてると思っていたわけではないが、それほどキッパリ言われては傷つかないわけがない。
 しかもリリィのトドメの一言。
「つまり、女としての魅力がゼロってことよ!!」
 ゼロ。
 酷い言われようである。
 しかし、何事も真面目で疑うことを知らないクリス。
「………知らなかった………」
 頬を、抑える。
「私は、そんなにも魅力が皆無の女だったのか……」
 あくまで、真面目な顔。
 それには、さすがにリリィの胸を痛む。←ちょっとだけ。
 だが。ここでクリスに燃えてもらわなければ困るのだ。
(ごめん、クリス! これもクリスと私と私と私と私と私のためなのよ!)
 ほとんど全部リリィのためである。
 リリィは、がばっとクリスの手を掴んだ。
「いい? クリス。魅力がゼロなら、ただ待っているだけでは救いがないわ」
「……リリィ……」
「がんばって、彼氏を作るの! 努力するのよ!!」
「…………いや……別に彼氏は……」
 欲しいわけではないのだが。
 そのクリスの言葉を最後まで言わせず。
 リリィはさらにクリスに詰め寄った。
「酷い!! 酷いわクリス!! 私がこんなにクリスのこと、心配してるのに!!」
 涙まで浮かべている。
 リリィ……。
 職業柄同年齢の女友達が少ないクリスは、彼女の熱い友情に心を打たれた。
「そんなに、私のことを……」
 学習能力があるのかないのか、警戒するわりに何度も騙されるクリスであった。
 リリィは、ふふっと彼女に微笑む。
「当たり前でしょ! 私たち、親友なんだから」
「……ありがとう、リリィ」
「というわけで」
 いきなり、リリィの口調が変わる。
「いい? 魅力皆無の貴女はもてない。もてない女はさらにもてなくなるの。ない魅力がさらに無く見えるってわけよ」
 親友のわりには魅力がない魅力がないと連呼するリリィ。
 言われるたびに結構グサグサと傷つきながら、クリスは彼女の話を聞く。
「そ、そう」
「だから! とにかく顔がいい男には自分からアタックする! もしくは顔がいい男に告白されたらとりあえず受け入れる!! これ、分かった?」
「…………」
 なんだかかなり無茶苦茶な気がする。
 しかも、なぜ顔が良くなくてはならないのか。
 しかし、リリィはクリスの反論を許さない速さで続ける。
「いいわ、目標を決めましょう。来週の今日までに顔の良い彼氏を作ること!」
「そ、そんな強引な……しかも一週間しか」
「いいわね!!」
 よくない。
 クリスは、ぶんぶんと首を振る。
 いくら何でも、それは……。
「何よ! 何も結婚しろって言ってるわけじゃないのよ!?」
 当たり前である。
 しぶるクリスに、リリィは掴みかからんばかりの勢いで言う。
「親友の気持ちを無視するの!? 貴女はこれくらい追い詰めなきゃ無理だろうから言ってるのに!」
「リ、リリィ、あの、私は、ね?」
「そうじゃなきゃ、魅力が皆無、ううんマイナスな貴女には一生恋なんてできないかもしれないんだから!」
 マ、マイナス……
 さすがにショックで言葉をなくすクリス。
「騎士団長なんだから、人の感情くらい一通り経験しとかなきゃだめでしょ!? 恋愛経験もなくて、部下の気持ちが分かるって言えて!?」
「リ、リリィ」
 いつものごとく、勢いで攻められると弱いクリスだった。
「いいわね! 来週までよ!! 顔の良い男よ!! 絶対、顔の良い男じゃなきゃ駄目だからね!!」
 顔の良い顔の良いを連発しながら、クリスの肩をがくんがくんと揺さぶる。
「ま、待って、リリィ」
「わかった!?」
「リ、リリィ、苦し」
「わかった!?」
「わ、分かったから!」
「よし!!」
 リリィはぐっと拳を握り締め。
 そして、そうだ、と手を打った。
「来週になって誰も相手がいなかったら、あんたトコの騎士を彼氏にしなさいよ。あ、ただし、パーシヴァルかボルスどっちかじゃなきゃ駄目だからね!!」
「な! 馬鹿なことを言わないで!!」
「ロランでもいいかな……。ちょっと微妙だけど……」
 何が。
 クリスはそう突っ込む余裕がない。
「あー。やっぱり確実さを求めるならパーシヴァルかボルスよねえ……」
「リリィ、彼らは……」
「同僚だって言うんでしょ!? 分かってるって。でも、だからクリスの相手をしてくれるんじゃないの! 好意には甘えなきゃダメ!」
「!」
 今までリリィに言われたことの中で、それは一番大きなショックだった。
 ……同じ六騎士だから。騎士団仲間だから。大切な同僚だから。
 だから、相手をしてくれる?
 そういえば、彼らは、クリスを美しいと言ってくれることがある。女神と喩えることもある。
 それは。それは、つまり。
「……わ、私があまりに魅力がマイナスで可哀想だから、そう言ってくれていたのか……!!」
 ああ……知らなかった。
 自分で気づかなかっただけで、本当は、とんでもなくマイナスな女だったんだ……。
 はてしなく落ち込んで行くクリスを、リリィは「やりすぎたかな〜」と微かに思う。
 しかし。
 ここでフォローしては、自分の計画が狂う。
「だから、クリス、来週までに絶対顔が良い男を恋人にするのよ?」
 まだ茫然となっているクリスの手を、もう一度キュっと握りしめ。
「約束、だからね?」
 彼女が約束というものに弱いのを知っていて、一方的な宣告をする。
 そして、やはり茫然とし続けている親友を置いて、部屋を軽い足取りで出た。
 リリィの顔が、自然と緩む。
「ふふ……これで、賭けは勝ちに決まったようなものね……」
 まあ、ちょっとクリスには可哀想だったけれど。
 でも、結果的にはあの子にカッコいい彼氏ができるんだし。
 うんうん、とリリィは一人頷く。
 感謝してもらってもいいぐらいよね?
 リリィは歩いている廊下の壁にかけられている鏡に気づいて、映る綺麗な顔ににっこりと花が咲くような笑みを浮かべた。
 
 
 
 



      
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