Love panic X![]() |
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すっと頭を引き寄せされて。 下から重ねられた唇に。 ボルスは固まった。 柔らかで、甘い感触。 彼女が突然ボルスを突き放し、数歩退いた。 それで、やっとボルスは我に返る。 口元を覆い、耳まで赤くなる彼女に。 ボルスは先ほどの彼女の行為を自覚して、一気に頭に血が上る。 (くくクリス様に俺がキキキキスを!!) そう焦り、そして混乱しつつも心で言い直す。 (違、クリス様が、俺に、キスを!!) 俺に俺に俺に俺に。 彼女が。 その言葉が、頭の中でエンドレスに繰り返される。 「……クリス、様……」 信じられない喜びに、ボルスの胸が痛いほど高鳴る。 しかし、反対にクリスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。 「ごめ、ごめんなさい…っ……」 「クリス様?」 「すまん、ボルス」 クリスはボルスの視線から、苦しげに目をそらせる。 ボルスは、震える彼女に近寄った。 「……なぜ……」 謝るのですか。 そう、問うたボルスだったのだが。 彼女は違う意味にとったのか、ますます頬を染めるとギュッと目を閉じ半ば叫ぶように言い訳する。 「私は、ただ……! その、つい! つい、してしまったんだ! 急に、お前に触れたくなって…。違、その、私は」 ボルスは、逃げるように顔を背けたままのクリスを熱い瞳で見つめ、彼女の手をそっととると自分の胸に置いた。 驚いて顔を上げるクリスに、愛しげに囁く。 「……どうぞ。存分に」 「!」 彼女は少女のように狼狽え、そして。 ボルスは彼女の手が震えているのを直に感じる。 あまりに彼女が愛おしくて。 歓喜か緊張か、自分の胸の熱さにボルスは目眩がしそうだった。 夢ならどうか、覚めないないでくれ。 心の底からそう願う。 「クリス、様……」 ボルスは、胸から手を引こうとする彼女のそれをぎゅっと握りしめ。 そして、もう片方の腕をクリスの肩にまわすと抱き寄せた。 柔らかな感触は痺れるほどに心地よく。 自分を仰ぐクリスの、その唇に自分のそれを重ねた。 まわしている腕を、彼女の背中を撫でるようにゆっくりと優しく下に滑らせて、その腰をささえる。 ビクリとわずかに開いたその唇に、するりと舌を滑り込ませた。 「……んん……っ」 漏れる、クリスの声に。 ゾクゾクするような歓びを感じた。 「……クリス、様……」 「ごめ、ごめんなさい…っ……」 クリスは咄嗟に謝っていた。 自分の行為は、あきらかに無礼だった。 そこに親しさと絆があるとしても、自分たちは騎士団の仲間であり上官と部下の関係でしかない。 それが。 「クリス様?」 「……すまん、ボルス」 (――見ないで!!) そう叫びたい衝動を、クリスは抑えた。 彼の視線から、苦しげに目をそらせる。 驚きが浮かぶボルスの目が、拒絶や軽蔑に変化する様を見たくはなかった。 その、どちらにも耐えられそうにない。 「……なぜ……」 その問いに。 ズキリとクリスの胸が痛む。 そして痛んだ事実に、クリスは驚いた。 これではまるで。 自分が、この男に惚れているようではないか。 そう思って。 (そ、そんなことあるものか!!) 自分の胸を怒鳴りつけ。 では何故キスをしてしまったのかと、違う自分が自身に突っ込み。 ボルスと触れあった一瞬の、その心地よさをリアルに思い出して、クリスは更に頬が熱くなった。 (違う、違う!) 「私は、ただ……! その、つい! つい、してしまったんだ!」 そうだ。 深い意味はないんだ! ボルスと自身に、クリスは必死に言い訳する。 無意識で。 「急に、お前に触れたくなって…」 (って、何言ってるんだ私は――!!!) 自分の口から出た内容に、クリスは更に混乱する。 「違、その、私は」 ボルスに手をとられ、その手が熱い体温を感じてハッとクリスは顔を上げた。 自分の手は、彼の胸に添えられている。 「……どうぞ。存分に」 触れてもかまわないとその瞳で言われ。 クリスは、息をのむ。 (な! なななな何を、言ってるんだ、お前はッ!!!) 怒鳴りたいのだが、感情が高ぶりすぎて言葉にならない。 そして、クリスは彼の胸にあてられた手から、彼の鼓動を感じる。 まるでそれに合わせるように、クリスは自分の胸が高鳴る気がした。 ボルスの目は、熱くて。 このままでは、自分がまたおかしくなってしまいそうで。 本能的な恐怖に、手を引き抜こうとする。 しかしその手は、ボルスに反対にぎゅっと強く握られた。 「クリス、様……」 (あっ) そう思った時はもう遅く。 クリスは抱き寄せられていた。 逞しい腕と厚い胸に、ドキリとする。 触れあうその心地よさに自分が理解できず、戸惑ったように顔を上げれば。 男のキスが降ってきた。 背中から腰を撫でるようにボルスの腕がゆっくりと動いて、痺れるような甘い感覚に思わず声を上げそうになる。 一瞬わずかに開いた唇の間から、熱い舌が滑り込んで来た。 「……んん……っ」 逃げようとするが、その舌をボルスのそれは追ってくる。 普段のボルスからは想像もできない繊細さと、そして時折強くなる激しさに意識がのまれそうだった。 無意識に支えるものを探すクリスの手を、ボルスは自分の肩に誘導する。 クリスはぎゅっとその肩に手を回した。 ボルスはクリスの腰を支え、もう片方の手で彼女の頭を支える。 クリスは、より深くなったキスにギュッと眉を寄せた。 逃れようにも、ボルスの手に後ろの逃げ場を奪われて顔を退けない。 (なにが、子犬みたいに可愛い、だ!!) 飛びそうになる意識をなんとかつなぎ止めようと、クリスは必死で心で怒鳴る。 元々子犬云々と感じたのは自分だったのだが。 そこまで考える余裕は彼女にはない。 (サ、サギだ……!!) どうして此奴が、こんなに。 自分の前のボルスしかしらない彼女は、よもやこの男がこれほどこういうことに器用であるとは想像もしていなかった。 なぜか非常に腹立たしく、悔しくて。 クリスは何とか抵抗しようと試みる。 しかし後ろに退けない彼女は、精一杯で首を捻って顔をずらすしかない。 ところが。 それはさらにボルスを受け入れやすい角度にしただけのようで。 「! ……っ」 「んんんん………っ」 ぎゅっと抱く腕に力を込められ。そしてより深く濃厚なキスを受けることになってしまった。 (違う、違う!! 協力してるんじゃないんだ!(><) その言い訳も言葉になることがなく。 意識は奪われる。 (…………悔しい………) ボルスに抱きしめられながら、クリスはそう胸で零す。 足が立たなくなったのはとっくの前だった。 慣れていないクリスには、強すぎる快感は苦しみに近く。 それをまるで分かっているようで、クリスのボルスにしがみついていた腕までが力を失った時、彼はキスを止めたのだった。 荒い息を繰り返し身を小刻みに震わせている彼女が落ち着くまで待っているように、ただ静かにぎゅっとクリスを抱きしめていた。 (悔しい) クリスは、そう繰り返す。 今までは、余裕があるのはいつでもクリスの方だった。まっすぐですぐ慌てる彼を、微笑ましく眺めているのが自分で。 それなのに。 まるで今は、自分の方が翻弄されていて、余裕があるのは彼のほうなのではないだろうか。 そう思うと、腹も立つ。 が、嫌だという感情は自分のどこを探してもないことが、一番悔しかった。 (これは、やはり……) その。 好き、なのだろうか。 そう思って。 クリスはチラリと男を見上げる。 ちなみに抱きしめられた状態のまま。 しかし、今離されては立てないのだからしかたがない。 ボルスは、彼女の視線に気づいて。 「……すみません」 申し訳なさそうに、言う。 「辛かったですか?」 「!」 (そ、そんなこと、口に出して言うな!!) しかも、口調もすまなそうな割に、どうして目がそう幸せそうなんだ!! そう、ふるふるとクリスは震える。 しかし。 ボルスがあまりに幸せそうだから。 クリスは苦笑ですませてしまった。 そして、ぎゅっとボルスの背に手を回す。 「ク、クリス、様……!?」 あれほど濃厚なキスをしたくせに、抱きついただけで裏返った声で身体を堅くする男が。 クリスは無性に可笑しくて、笑みを零した。 しばらくしてパーシヴァルが戻って来。 何事もなかったかのように椅子に座っている二人を見て、苦笑した。 「……遅すぎましたかね」 「な、なんのことだ、パーシヴァル」 「う、うむ」 これで、ごまかせているつもりなのだから。 可愛いことだ。 そうしみじみと思いつつ、パーシヴァルはクリスを見た。 「さて、クリス様? ご酒の方はいかがします?」 「あ、うん。今夜はもう休むとするよ。悪いな、パーシヴァル」 自分から誘っておいて。 そういう意味で言ったクリスの言葉に、パーシヴァルは意味深な笑みを浮かべる。 「いいえ、お気になさらず。どうなろうと……貴女が良いならそれでわたしは良いんですから。わたしの想いは変わりませんからね、気が変わったらいつでも誘って下さい」 酒のことか、それ以上のことか、どちらともとれる台詞を話し。 そして、パーシヴァルはいつもの笑顔で一礼する。 ボルスも、立ち上がった。 「で、では、クリス様。俺もこれで……」 「あ、ああ。そうだな」 クリスは頷く。 そして、クリスは二人の騎士を部屋から送り出した。 麗しの騎士団長の部屋の扉が閉まってから。 まだどこか心あらずのボルスの肩を、パーシヴァルが軽くたたく。 「では我らは予定通り、朝まで飲み明かすとするか」 「え!? そ、そうなのか?」 「そうだ。それからもちろん、全部お前のおごりだからな」 「な、なんだと。おい、パーシヴァル」 「お前のおごりだ。当然だろ?」 「う、ああ」 「では、騎士団の他の連中も誘って行くか」 「お、おい、パーシヴァル……!!」 さっさと歩いていくパーシヴァルを、ボルスは慌てて追った。 |
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