Love panic X![]() |
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賛辞は聞きなれているパーシヴァルだったが、どうでもいい女性たちから聞くのとは全く違う。 クリスの口から聞けることなどよもや絶対にないと思っていただけに、彼にとってはかなり美味しい状況だった。 はじめは淡々とパーシヴァルがいかに魅力的かを述べてくれていた彼女だったが、だんだん自分の言っていることがどういうことなのか自覚しはじめたらしく。 その声は小さくなっていく。 「く、唇は……」 そして。 ついに彼女は、鏡のパーシヴァルの唇に触れたまま、固まってしまった。 白い頬が薄い朱色に染まって行くさまを見つめながら、パーシヴァルはくすりと笑んだ。 (……可愛らしい方だ) そう、うっとりと想う。 パーシヴァルは、その低音で彼女の耳にそっと促した。 「唇は?」 クリスはビクリとする。 「く、唇、は……」 耳まで淡い朱に染まり、小さく震えているクリスに、パーシヴァルは目を細めた。 鏡の自分の唇に触れている彼女の指をそっと手にとり。 そしてその指に、優しく唇を押し付ける。 クリスは制御できない感情に、慄くしかないようで。 こうも狙い通りの反応を返されると、自分がかなり悪い男になった気がしないでもないが。 パーシヴァルは、静かに高揚する自分を抑えつつそうちらりと思う。 しかし、長年焦がれ続けた彼女を逃がしてやる余裕も寛大さもパーシヴァルにはすでにない。 彼女は、泣きそうな、困ったような、……そして答えの分からない解答を求めるように助けを請うような目で、鏡ではなく傍らに立つパーシヴァルを見上げた。 パーシヴァルはじっと彼女の菫色の瞳を見つめながら、彼女の手を解放し。 「…………クリス様……」 逸らせることもできない様子の彼女の瞳を、その目で絡み取ったままそっと顔を寄せた。 こういう時には、目を外せば逃げられるということを、彼女は知らない。 そんなクリスにほんの少々の罪悪感と、さらなる愛しさを抱きながら、パーシヴァルは口付けた。 柔らかな感触と、腕に感じる震える彼女の身体に、ゾクリとした熱さが身体の芯から拡がる。 勢いだけで貪り抱き潰したい衝動を、パーシヴァルはなんとか理性で抑えていた。 「…………クリス様……」 近づいてくるパーシヴァルの目に、クリスは動けない。 制止しようと思うのだが、言葉が出てくれない。 それでもなんとか、待て、と言いたくて。 かすかに開きかけた唇に、パーシヴァルのそれが重なった。 温もり、というよりもその熱さに。 思わずギュッと目を瞑る。 そしてすぐに、それが失敗だったことをクリスは知った。 視覚をなくした感覚は、自然と感触だけをリアルにする。 「……んッ……」 痺れるような感覚に、意識を飛ばしかけ。 ハッとクリスは我に返った。 目を、開ける。 そこにはもちろん、端正なパーシヴァルの顔。ちなみに相手は目を閉ざしている。 (ななな、何をやってるのだ、私は――!?) いかに鈍いクリスとはいえ、自分とこの騎士の状況が分からないはずもなく。 (ど、どうしてこうなってるんだ!?) (どうして、私とパーシヴァルが!?) (いや、別に嫌ではないんだけれど……) (↑って嫌じゃないってどういうことだ、私――!!) もう泣きたいくらいに混乱しているクリス。 とりあえず濃密なキスから逃げようとする。 しかし、パーシヴァルがそれを許してくれない。 パーシヴァルの瞳がそっと開いた。 当然、視線は交わる。 しかしクリスの目とあっても、パーシヴァルは戸惑ったふうもなく尚も舌をからませる。 (キ、キスしながら目を開けるな!!) 自分のことは棚に上げ、クリスは胸で怒鳴る。 同時に。 先に目を瞑った方が負ける。 なぜかそう直感した。 クリスが必死に目に力を込めると。 パーシヴァルの瞳が、危険な笑みを浮かべた気がした。 「!! ――んッッッ……っ」 (だ、ダメだ、目を閉じるな!) 必死に、そう自分を叱咤するのだが。 ゾクリとした感覚に、震える。 (だから、閉じるなっていうのに!!) (だ、だめ) 力が抜ける。しかしパーシヴァルは容赦しない。 「………ッ……」 たまらず、クリスはギュッと目を閉ざすと、パーシヴァルの胸に縋りつく。 (ま、負けた―――!!(>< それでも、尚、休むことのない口付けに。 クリスの思考は完全にとんだ。 上がる息を静めることもできず、クリスはパーシヴァルの肩に頭をのせていた。 とっくに足に力が入らなくなっているクリスを、背後の机に座らせ、その上半身が崩れないようにパーシヴァルの腕が支えている。 「――クリス?」 首筋で囁かれて、ビクリとクリスが反応する。 クリスは、うっすらと涙を瞳にためたまま、パーシヴァルを睨んだ。 大丈夫かと問う声音なわりに、どこか意地の悪い満足感を漂わせた笑みの男が、腹立たしい。 「――離せ。降りる!」 いつまでも、こんな恥かしい格好はごめんだった。 パーシヴァルは名残惜しげに彼女を放す。 少し下がった騎士を、クリスは見た。 腹立たしいのだが、嫌だったという感情はどこを探してもなくて。 嫌どころか……。 そこまで思って、クリスは自分で自分に赤面する。 それではまるで、自分がパーシヴァルを好きであるようで。 (スすす好きって、私が、パーシヴァルを!?) ドンドン自分で突っ込んで、クリスは逃げられなくなる。 パーシヴァルが自分を見つめていることに気づき、クリスは我に返った。 と、ともかくここから降りなくては。 そう思って、床を見た時。 パーシヴァルが声をかけた。 「……まだ立つのは無理かと思うのですが」 「!!」 自分の頬が、再び熱くなるのが分かる。 クリスが顔を上げると、パーシヴァルは、目を細めた。その口元は嬉しげでさえあった。 「そんなに、よかったですか?」 「馬ッ 馬鹿者、違ッ」 「違うのですか」 「違………違………違、わない、のだが……」 そこまで正直でなくてもいいのに、(馬鹿)正直なクリスであった。 耳まで赤くなるクリスに、パーシヴァルは微笑む。 「それはそれは、光栄の至り」 「し、しかたないだろう!!」 クリスは翻弄されて立てなくなった自分が恥かしく、そして何より悔しくて。 さらに、どうやら認めたくないが、自分もこの男が好きなようで。 腹立ちまぎれに目の前の男を怒鳴った。 「お前と違って、私は慣れていないんだ! す、少しは、手加減しろッ!!」 「分かりました」 「――は?」 「手加減します」 きっぱり言って。 パーシヴァルはクリスに再び手を伸ばそうとする。 クリスは、焦って首を振った。 「い、嫌、いい! やり直さなくていい!」 「大丈夫ですよ。ちゃんと手加減します」 「だ、だから、止めろ。パ、パーシヴァル!」 後ずさるにも座った状態のクリスが下がれるはずもなく。 「ダメだ! ダメ!」 「……そういう目で、嫌だ嫌だとおっしゃられては、来てくれと言っているように見えますよ?」 (そんな自分勝手な解釈するな――!!) クリスは半泣きでそう思うが。 所詮この種の攻防で、クリスがパーシヴァルに適うわけがないのであった。 |
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