『牝常以静勝牡』
〜その3〜

   


「延王、これが禁軍から選び出した者です。」

浩瀚が尚隆に10人ほどの兵士を引き合わす。

その中に、禁軍将軍桓タイの姿が有った。
「おい、禁軍将軍はまずいぞ。」
見慣れた顔を見つけ、尚隆が苦笑しながら言う。

「どうか、お連れください。主上の一大事に働けねば、自分は何の為に禁軍将軍を
承りましたのか・・・。」
真剣な顔で尚隆に懇願する桓タイ。
「判った。だが、俺の指示には従ってくれ。他の者も、俺が良いというまでは
余計な事をするなよ。」

尚隆は、顔を引き締めつつ、全員の顔を見渡す。
皆が声も無く頷く。

「尚隆、判ったぜ!」
そこへ、使令の悧角を連れた六太と、班渠を従えた景麒が入ってくる。

「どこだ?」
「なんと、それが慶国の中だ。それも、この堯天から遠くない。」
「班渠達によると、拓峰だと・・・。」
「なに?そこは・・・!」
浩瀚と桓タイが同時に叫ぶ。
「例の、拓峰の乱の場所か・・・。なかなか相手も味なことをする。」
苦笑する尚隆を眺め、景麒が兵士達に言い渡す。
「とにかく、主上をご無事に連れ帰ることが先決です。くれぐれも主上の御身
に何も無い様に・・・。」

「任せておけ。」
尚隆が言い放つと、兵士達に向かって号令する。
「行くぞ。付いてこい。」
「六太、悧角を借りるぞ!」
「あ、ああ。お前も気を付けろよ。」

にっと笑うと、尚隆はすばやく先に立って部屋を出て行く。
兵士達も音も無くそれに続いた。

「大丈夫だって。景麒。尚隆はああ見えても、陽子の為なら自分の命だって掛けるさ。」
「・・・。」
六太の言葉に、景麒は今更ながら自分が麒麟であることが恨めしかった。

「班渠。」
「はっ。」
「延王と同行し、主上をお守りせよ。」
「かしこまりました。」

その景麒を見つめ、六太が溜息を吐く。
「あんたも心配尽きないねえ・・。お互い様だけどさ・・・。」

        ★

陽子は相変わらず酷い頭痛と、気持ちの悪さと闘っていた。

矢傷は既にほとんど消えかかっていたが、この気分の悪さだけは全く消えない。
その上、発祥が、「靖共を家宰に戻し、全権を委任する。」という書類に署名し、
御爾を押せと幾度も迫る。
ほとんど陽子は休むことが出来ない。
既に攫われてから数日経っていた。

眠ることも横になることも許されず、頭がくらくらする。
それと共に意識も不安定になる。
粗末な食事は出されるが、手を付ける気にもならない。
数刻毎の激しい脅迫に、拒否するのもいい加減苦痛になってきた。

だが・・・私がここで負けてしまっては・・・。
陽子は歯を食いしばる。
こんな奴等に慶を売り渡すことだけは出来ない。
でも・・・もうどうすればいい!!

尚隆!助けて!
声にならない叫びが陽子の心で響き渡る。

景麒!何とかしてくれ!

その内、発祥も痺れを切らしてきた。
「景女王、いい加減に素直になられてはいかがか?
そう無理をされると王といえども無事には済みませんぞ。」
ついに脅しである。

「好きにするがいい。どうせ、御爾を押した所で、無事には済まないだろう。」

「では、そうさせて頂こう。」

数人の男が陽子を取り囲む。
手に手に鈍く光る剣を持っている。

たとえ、王といえども、首を切り落とされれば・・命はない。

ここまでか・・・・。

陽子はぼんやりと尚隆の事を考えていた。
尚隆・・・私が死んだら、悲しんでくれるかな・・。
きっとあの人の事だから、直ぐに他に好きな女が出来るのだろうな。
そして、
「ああ、陽子か・・。昔、そんな女にも惚れていたな。」
で済んでしまうのだろうな。

景麒だって・・・。
私が死ねば、又新しい王を見つけて仕えるのだろう。

そんな考えが陽子の頭に浮かび、ふっと自嘲の笑みが浮かぶ。

「最後に言い残されることは?」
「ない。だが、お前達の所為でまたこの慶が荒れることはよく覚えて置けよ。」
「余計なお世話ですな。そんな予迷い事は、あちらで言われるが良い。」

剣が振り上げられる。
椅子に固定された陽子が、ぼんやりとそれを見つめる。

剣が降ろされようとした瞬間、その男の剣が薙ぎ払われ、
その反動で体が壁まで吹っ飛ぶ。

「?」

ぼんやりとした陽子の視界に、見慣れた背の高い男が映る。
「陽子!大丈夫か?しっかりしろ!」
「・・・・・尚隆??」

幻かと思い、陽子は目を見開く。声がかすれる。
確かにそれは尚隆だった。
尚隆はめったに無く厳しい、そして、心配に溢れた表情で陽子を覗き込む。

尚隆は直ぐに陽子を戒めていた縄を切り裂き、椅子から陽子を抱え上げる。
無意識に陽子はそのたくましい胸に頭を凭せかけた。

気が付くと回りの男達は既に数人の手慣れによって、ある者は斬り殺され、
又ある者は降伏していた。

「主上!」
抱き上げられた陽子の目の前に叩頭する者がいた。
「桓タイ?」
「ご無事でなりよりでございます。」
「来てくれたのか。」
迫る頭痛を堪えつつ、陽子は笑顔を作る。
「はい。延王君のご指示を頂きまして・・・。」
後は桓タイも声にならない。

「陽子、無理するな。気分はどうだ?」
抱きあげられた尚隆から心配そうな声がする。
「ちょっと・・・気分が悪いのですが・・。大丈夫です。」
そう言っている内に、再び激しい頭痛の為に陽子の意識は遠くなった。

「陽子!」
「主上!!」
二人の声が深淵に落ち込もうとする陽子の意識の外側で空しく響く。

                                           





 (続く)