不望永遠
中編
 景は延の腕の中で目を覚ました。
 彼を起こさないように、ゆっくりと身をおこす。
「・・・・・・」
 恋人の寝顔に、陽子の口元にふふ、と笑みが零れた。
 こちらの世界で、親しい友も頼れる臣もでき、ようやく国も軌道に乗り出している。忙しくもあるが充実した日々。
 そしてこの男がくれる時間が、この日常をさらに愛しくしてくれている。
 この幸せは、彼が与えてくれるもの。
 願わくば、自分も彼に幸せを与えるものの一つであるように。
 そう、想う。
「・・・・・・あまり見つめられると、照れるぞ」
 突然動いた口に、陽子は驚く。
 尚隆は目を開き、そんな陽子を見上げるとニッと笑んだ。
「どうした?」
「・・・いつから起きていたのですか」
「つい先ほどな。・・・・・俺があまり男前だから見惚れていたのか?」
 尚隆はからかうように笑うが、「はい」と真面目に陽子が頷いて返したので、反対に赤くなってしまう。
 陽子はぷっと吹き出した。
 赤面ものの言動も自分がするのは平気なくせに、他人(ひと)から真っすぐ言われたりするのにこの男は弱い。
 恋人としてつきあうまでは陽子も知らなかったことだった。
 いつも一枚も二枚も上手の延だが、こういう面を見ると「かわいい」と陽子は思ってしまう。
 客観的に見て公的でも恋愛においても対等の立場ではまだないような延王と景王だったが、こういう時は重ねた歳の差も恋愛経験の差も消え去って、二人は対等だった。
「・・・・・・からかうな」
 苦く言って―だが、その目は笑っている―、尚隆は軽く陽子の額を指で小突く。
 陽子はその手をそっととった。
「陽子?」
「大好きです、尚隆」
「・・・・・・―だからっ!」
 延は身を起こすと、景を抱きしめた。
「俺は、言われるより言う方が好きなのだ」
 かなり照れている。
 陽子はくすくすと笑いながら、尚隆の肩に頬を預けた。
 愛しい、と想う。
「愛してます・・・・・・」
「・・・俺もだ。俺も、お前が誰より愛しい」
「これからも」
 ずっと、貴方が好きです。
 そう言おうとした陽子の肩を掴み、尚隆は身から離した。
 陽子は、驚いた目で尚隆を見る。
「尚隆?」
「言うな」
 苦い目で、尚隆は小さく笑みながら陽子を見つめた。
「それは、言ってはならん言葉だ」
「なぜです・・・!?」
 結婚はできない。けれど、この心は決して変わらない。
 そう思っていた。
「未来永劫は俺には誓えん」
 傷つかなかった、と言えば嘘になる。
 陽子はしかし、尚隆を責めはしなかった。
「でも! でも、私は!」
「お前も同じだ」
「同じじゃない!!」
 悲鳴のような声を上げた陽子に、尚隆は手を伸ばす。
 陽子はそれを振り払った。悔しさに、込み上げる涙をこらえる。
「私は、本当に尚隆を・・・・・・!」
「お前だからだ、陽子」
 静かな、しかし強いその声が陽子の激情を遮った。
 言葉を失った陽子の瞳を、尚隆はしっかりと見つめる。
「お前だから、言った。もし他の女なら、俺はいくらでもおためごかしに未来を誓えただろう」
「・・・・・・」
「お前に、気休めも嘘も言いたくはない」
 真っすぐに、延は言う。
「俺は今、お前だけが愛しいと誓える。だが、未来に絶対はないからこそ、俺は永遠は誓えない」
 理性では、尚隆の言うことも分かった。
 けれど、
「―お前も誓うな」
 その言葉には、陽子は納得できなかった。