約束


それは貴方だけがくれる


真実の強さ。




「遅いわ・・・」
 ラウニィーが目を伏せた。
 エルリアはそんなラウニィーを見る。
「・・・・・・」
 反乱軍の中枢メンバーは、一人を除いて全員がこの部屋に集まっていた。いつも作戦会議その他が行われる部屋だ。しかし今は、部屋の内の誰もが口を閉ざしていた。
 部屋の窓の外は、夕闇が迫っていた。
 別動隊を指揮していたランスロットが、まだ戻らないのだ。予定では、エルリアたちが戻るより先に帰還しているはずなのに。
「・・・迎えに出るほうがよくありません?」
 おずおずとアイーシャがそう言った。
 それにウォーレンは首を振る。
「それはできません」
 エルリアはそのウォーレンの言葉に頷きつつ、口を開いた。
「帰着時刻がこれだけ遅れるということは、戻るルートも予定とは違う確立が高いわ」
 室内にエルリアの声が淡々と響く。
「やみくもに兵を出すのは危険よ。それに今日は強行軍だったから、皆疲れているわ」
「でも・・・」
「さ、この話は終わり。皆解散して。各自部屋に戻って休んでちょうだい」
 パン、と手を叩きエルリアはそう皆を見回した。
 アイーシャが微かに顔を曇らす。
「終わり・・・って・・・。ですが、このままじゃ・・・」
「私たちがここで考え込んでいても、何も変わらないわ。どうしようもないことを悩むより、明日のために休むほうがずっと建設的よ」
 明るく言うエルリアに、皆は不安げな目を向ける。
 エルリアはにっこり笑った。
「大丈夫。ランスロットだもの。今夜中には戻って来るわ」
 エルリアの自信に満ちた声に、アイーシャたちの表情はやわらぐ。
 そして多少の不安を残しながらも、それぞれに部屋を出ていった。
 エルリアは皆の背中を見送る。
 壁にもたれていたカノープスは、エルリアを残して最後の一人が部屋を出ていき、扉が閉まるのを見た。
「・・・・・・」
 軽く、こめかみの辺りをかく。
 エルリアはそんなカノープスに強く笑った。
「カノープス、貴方もよ」
「ん〜」
 カノープスは腕を組んだ。
「『リーダーは決して取り乱さないこと』・・・だったっけ? お前の持論」
「・・・・・・」
 カノープスはエルリアの前に立つと、ぽんと彼女の頭に手を置く。
「俺の前でまでその顔よせって」
「・・・私は・・・」
「いいから!」
 強く言ってから、カノープスは声を和らげた。
「どうしたい? ―どうして欲しい?」
「・・・た、い」
 うつむいたままのエルリアから、くぐもった声が漏れる。
「―さがしに行きたい」
 カノープスはぐいとエルリアの頭を自分の胸に押しつけた。息を一つつく。
「それはだめだ」
 分かっている。
 エルリアは唇を噛んだ。
 自分はリーダーだ。単身捜しに行くなど許されない。
 そんなことはよく分かっていた。
 けれど。
「・・・だめなの」
 怖い。
 胸を締めつける恐怖。めまいがするほどの焦り。
 まるで、地面を失ったような不安。
 ランスロット、ランスロット、ランスロット!
「あの人が無事じゃないと、私はだめなの・・・っ」
 あの人が大丈夫じゃないと、立っていられない。
 震えるエルリアの、頭をカノープスは黙って撫でる。
 なんて弱々しさだ、と思う。
 いつもの輝くような強さが、今は全くなかった。
 ランスロットの存在の重さを想う。
 ランスロットの存在自体がエルリアの強さの全てなのだ。ランスロットを守ろうと、支えようとすることで、彼女は反対に支えられている。
 俺がお前を慰めてやれればいいのに。
 そう、カノープスは思う。
 自分なら彼女を苦しませない。もっと上手に彼女を安らがせてやれる。
 けど、しょうがねーか。
 カノープスは小さく苦笑した。
 ランスロットを一心に想っているエルリアに、自分は惹かれたのだから。
 エルリアのランスロットを愛している心を含めて、愛しいと思うのだから―。
「俺が行ってやるよ」
「え?」
 エルリアは泣きはらした目で、カノープスを見上げる。
 カノープスは内心舌打ちした。
 ランスロットの奴。こいつにこんな顔させやがって。
 カノープスは小さな子どもにするように、エルリアをぎゅっと抱きしめるとポンポンと背中を軽く叩いた。
「カノープス・・・?」
「俺がランスロットを捜しに行く」
[私も行くわ」
「だめだ」
「カノープス!」
「お前はリーダーだろうが」
 エルリアは言葉に詰まる。
 リーダー、義務、そして責任。この言葉にエルリアは弱い。
 それを分かっていてカノープスは使ったのだ。
「・・・そうね」
「俺を信じろって」
「・・・ええ。分かったわ」
「よし」
 カノープスはニッと笑って見せた。
「カノープス。もし・・・もし見つからなくても・・・」
「分かってるって。明日の朝までには戻る。お前に二人ぶん心配させるわけにいかないからな」
「ありがとう。・・・気をつけて」
「おう」
 エルリアに見送られ、カノープスは小型のランプを持って窓から飛び立った。
 振り向くと、エルリアのいる部屋の窓の明かりが揺らめいて見える。
 まるで不安に震えている彼女の心のようだった。
 カノープスは前方に目を戻し、スピードを上げた。
 カノープスにとってランスロットは複雑な相手ではあるが、同時にかなり気に入った仲間でもあった。
 そして。
 ランスロットにもしものことがあればエルリアは。
 ・・・あいつは、壊れてしまう。
 ランスロットは必ず見つける。
 ―ったく、世話かけさせやがって。
 カノープスは、見つけたら一発ぶん殴ってやる、と一人ごちた。






next

HOME