開かれた扉 X



 エルリアの息はあがっていた。
 ランスロットの背中はすでに見えない。
 もともと戦闘要員ではない彼女は体力もそうある方ではなかった。
 ティリエルの身を案じて心は焦るのに、足が思うように動かない。
「・・・あっ・・・」
 エルリアの足がからまる。耐えきれず、エルリアは転んだ。
 立ち上がろうとする。だが、がくがくと足が震えた。
 情けなさに、涙がでそうになる。
 ティリエル。
 エルリアは自分を叱咤するように激しく首を振ると、歯をくいしばった。疲労を訴える足に、力を入れる。
 しかし一歩踏み出して、上体はぐらりと揺れた。
「おっと!」
 横から伸びた手が、彼女を抱き止める。
「・・・大丈夫かい?」
 言葉の内容とは裏腹な、下卑た声。
 生理的に嫌悪を感じて、エルリアは反射的に男の手を払った。
 男はにやにやと続ける。
「ひでぇな〜」
「・・・・・・」
 エルリアは男の姿を見、表情を硬くした。
 男の鎧は、帝国騎士のものだった。
「どうした?」
 声がして、エルリアはハッとそちらを見る。やはり帝国騎士が、エルリアを抱き留めた騎士に近づいてきた。エルリアを認め、騎士ははっとなる。
「そっくりだろ」
 男が、その騎士に囁くのが聞こえた。
 その内容に、エルリアは顔を上げる。
「・・・どういう意味、ですか」
「お前、あの反乱分子の女リーダーとどういう関係なんだ?」
 エルリアの言葉を無視して、男はそう聞いてくる。
 エルリアは答えない。
 その間に、もう一人、仲間であろう帝国兵が寄ってくる。
 エルリアはぎゅっと拳を握りしめた。
 逃げなくては。
 エルリアはじりじりと後ずさりし、三人の立つのと反対の方向に駆け出そうとした。だが、その足は男が次に発した言葉に止まる。
「あの首の女の姉妹か?」
 首?
 それの意味することに青ざめて、エルリアは男を振り向く。男はそれを解して、芝居がかった笑みを浮かべた。
「ティリエル、と言ったけな。その女の首はヴォルザークに持ち帰られたぜ? 城門にさらすんだとさ」
「う、そ・・・」
「嘘じゃないさ。俺たち遅れてきた部隊は、ちょうどこの街に来る途中で戻ってくる部隊と会ったんだからな」
 そう他の帝国兵が言う。
「やつらにティリエルの首を見せてもらった。君にそっくりだったよ」
「嘘よ!」
 エルリアはたまらず叫んだ。
「信じないわ!!」
 ティリエルが死んだなど、信じられなかった。
 それなのに、エルリアの心の奥はそれを事実と認めているのか、彼女の足はガクガクと震える。
 顔を覆いよろめくエルリアを、騎士の一人が背後から抱き留めた。
「せっかく来たのに、戦いはとっくに終わってるだろ? そのまま戻ったんじゃムシャクシャするから、少し暴れてのさ」
 家に火を放ち、金品を盗む。することはたちの悪い盗賊と変わらなかった。
「離し、て・・・!」
「だが、おかげで楽しめそうだ」
 エルリアを抱き留めている騎士が、彼女に囁くように言った。
「お前はティリエルの仲間だろう?」
「仲間は根絶やしにせよという命令だ」
「ただ切り捨てるのも芸がない」
 エルリアの前に立つ男が、彼女の顎を掴んだ。
 容赦ない力に、エルリアは小さくうめく。
 エルリアの背後の男が、彼女の両腕を掴む。
「ティリエルとか言う女はすご腕の戦士だったそうだが、見た目は似ていても違うな。見ろよ、この腕」
 エルリアは身をよじって逃れようとした。だが、騎士の腕はビクともしない。それどころか、
「柔らかいぜ」
 そう、忍び笑いを漏らす。
「―力を入れたら、折れそうだ」
「―きゃあ!」
 首筋に下ろされた顔に、エルリアは思わず悲鳴を上げ顔を背ける。
 男たちから、どっと嘲笑が起こった。
「嫌っ! ―放して!」
 我が身に起ころうとしていることに気づいて、エルリアは無茶苦茶にもがいた。
 男の平手が彼女の頬を打つ。
 眼前を、火花が散った。がくりと四肢から力が抜ける。
 ぐったりとなった娘を、男はかつぎ上げた。
 ティリエルを失ったかもしれないショックと、自分の無力さへの腹立たしさ、そして恐怖にエルリアはめまいがした。
 少しして、エルリアは乱暴に床に投げ出された。
 住人が逃げ出した民家の一つらしい。
 息をつく間もなく、エルリアは男に組み敷かれた。
「やめて!」
 逃れようとするエルリアの腕を、別の帝国兵が押さえつける。
 エルリアは泣いた。
 こんなにも力の限り抵抗しているのに、まるでビクとも動かない。
 それは圧倒的な力だった。
 一気に衣服がはぎ取られる。
 悔しかった。泣き喚きたくなるほどに腹立たしかった。
 荒々しい手がエルリアの肌をはいまわる。
「触らないで!!」
 ひどい吐き気がした。まるで気味悪い虫に、体中をはいまわられているような。いや、それ以上に。そんな、生理的で激しい嫌悪感。
 だが泣き出した彼女に、男たちは更に興奮する。
 どうしてこんな目にあわなくてはならないのだろう。
 自分が女だからか。
 力がないからか。
 ―力弱いことは、これほどの目にあわなければならないほどの罪なのか!!
 エルリアが必死で閉ざしていた両脚は、ごく簡単に割られる。
「嫌!」
 エルリアは激しく首を振った。
 おぞましさに、恐怖に、まるで息ができないように胸が苦しい。
 助けて。
 助けて。
 ティリエルの顔が脳裏をかすめた。
 そして。
 優しい目の騎士の姿が。
 エルリアの手は空をかいた。
 ランスロットさん!
「嫌ああああああぁ―っ!!」
 ―ランスロット・・・・・・!!



『力ない人がごく普通に、平穏に暮らして行ける世界。
そんな世界になればいいね』



 それは遠い昔の記憶。
 言ったのはティリエルだったろうか。それとも自分だったのか。
 ただその言葉が、どこか遠くで聞こえた。
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