開かれた扉 [



「・・・・・・わた、し・・・」
「エルリア」
 ランスロットは、ベッドに近寄った。彼女に手を伸ばしかけ、だがその手はそのまま下ろされた。怯えさせるのではないか。そう、思ったのだ。
「・・・・・・大丈夫か? ・・・・・わたしが、分かるだろうか」
 できるだけゆっくりと、静かに問いかける。しかしランスロットは、自分の声が震えていない自信はなかった。忌まわしい記憶が、彼女の心に刻まれた傷が、今にも彼女を本当の狂気に連れ去るのではないだろうか。そんな恐れが、ランスロットの胸を支配する。
 それでも、自分の罪の大きさから目をそらすことはできない。
 ランスロットは、裁かれる罪人の面持ちで彼女の前に立っていた。
「エルリア・・・?」
「・・・・・・ご迷惑を、おかけしました」
 エルリアは、そう口を開いた。
 ランスロットは彼女のその静かな声に、言葉をなくした。
 エルリアは泣かなかった。叫ばなかった。嘆きも、なじることもしなかった。
 それでいて、人形のように感情を失っているわけでもなかった。
 ランスロットが想像していたどんな状態にも、彼女はならなかった。
「・・・ごめんなさい、ランスロットさん」
「違う」
 自分が、彼女を見捨てたのだ。故意ではなかったことは、いいわけになどならない。
「わたしが、君も、ティリエルも、守れなか・・・・・」
 突然外から聞こえてきた歓声とも怒声ともつかない多数の声が、ランスロットの声をかきけした。
 ランスロットは窓辺に駆け寄った。
 館の前に、おそらく全ての仲間の兵達が終結していた。ひどく興奮しているのが、ここからでも分かった。
「すまんエルリア、また後で」
 短く言い置き、ランスロットは部屋を駆け出して行った。
 彼を見送ったエルリアと、ラレスの目があう。
 ラレスは目をそらせると、先ほどのランスロットのように窓辺によると外を見下ろした。
「・・・ラレス。何が起こっているの・・・?」
「・・・・・・爆発したんだ、皆」
 ラレスはつぶやくように言った。今までランスロットとウォーレンが彼らを抑えていたが、長くもつわけがなかった。
「ラレス・・・?」
「ティリエルが死んだんだ!!」
 ラレスは、エルリアを振り返った。
「皆、不安で、どうしようもないんだ!! 当たり前だろ! ティリエルがいなくちゃ、ティリエルがいなくちゃ、ダメなのに!!」
「・・・・・・」
「どうして、エルリアが生き残って、ティリエルが死んじゃうんだよ!?」
 自分の悲しみで精一杯な少年は、叫びを止めることはできなかった。
「どうして、あんたが死ななかったんだ!!」
 ティリエルこそが、生き残らなければならなかったのに!
 その叫びは、だが、ラレスだけのものではなかっただろう。
 館の前に集まる兵達も、同じ想いを持っていることをエルリアは理解できた。おそらくランスロットもそう思っているだろうと、エルリアは思う。
「ごめんなさい・・・」
 どうして価値のない自分のほうが生き残ってしまったのだろう。
「ごめんね」
 私が。
 私のほうが死ねばよかったのに。
 そうすれば、誰もこんなにも苦しまずにすんだのだ。
 静まることのない怒声ににた声が、窓の外から響いている。
「・・・・・・・・・・」
 エルリアは立ちあがると、窓辺に寄った。
 皆には、絶対に妹が必要だったのだ。同じ双子でありながら、なぜ自分は彼女の身代わりに死ねなかったのか。
 甘やかされていたからだ、とエルリアは思った。
 妹に甘え、ただ守られ、剣を持つこともなかった。戦いは恐ろしいと、妹だけに血を流させていた。
 エルリアは、唇を噛んだ。
 ティリエルは選ばれた人間だった。彼女の使命を考えれば、双子として産まれた自分は、彼女の影武者でも自ら引き受けていて当然だった。この手に剣を持って、彼女を守るために戦わなくてはならなかったのだ。
 それなのに私は・・・・・・・!
 『この世界が好きだわ。今は狂っているけど、私はそれを正したい』
 再びティリエルの言葉が、エルリアの胸によみがえった。
 震える拳を胸に抱く。
 決めたんじゃないの、エルリア。
 そう、自分にささやく。
 せめてティリエルがめざした明日を、天上のあの子に見せるって。
 そのために、できる限りのことをするって。
 そう、決めたのでしょう?
 エルリアはそして、泣き崩れている少年を見つめた。
 必ず、平和を。
 そのために、私の全てを捧げよう。
 それが妹を、ティリエルという神に選ばれた英雄を救えなかった、自分の償いなのだ。





「落ちつけ!」
 そのランスロットの声も、兵達の叫びにかき消されてしまう。
 館の前に集まった兵達の興奮は、頂点に達しようとしていた。
 ティリエルを失った喪失感、押しつぶされそうな不安に、彼らは耐えられなくなっていた。引くことができないなら、城を攻めようと訴えているのだ。この状態のまま抑えられるのなら、いっそ当たって砕けてしまいたい。そんな苛立ちさえあった。
 終わりなのか。
 これで終わってしまうのかと、ランスロットは兵達の叫びを前に拳を握り締めた。
 今まで決起を耐えてきたのは、平和を得る勝利を手にするためだった。そのために何年も耐えてきたのだ。
 それが、これで終わってしまうのか。
 全ては、無駄になってしまうのか。
「・・・このまま、決起するしかありませんな・・・・」
 ウォーレンはランスロットに言った。もう彼らを止めることは不可能だと、彼も感じていた。
「このまま戦って勝てるわけがない」
「それでも」
「瓦解か討ち死にかどちらかしかないと?」
 ランスロットのその硬い声に、ウォーレンは首を振った。
「それでも、万が一にかけるしか。この勢いのまま当たって、勝てる・・・かもしれぬ」
 しかし、この統制のとれていない状態で勝てる確立は低く、さらに万が一勝利したとしても、次の戦いへ続くことは難しいだろうことは容易に想像できた。
 それでも。
 ランスロットは苦しげに兵達を見た。
「・・・・・・他に道はないと、そういうことか」
 その時、館の正面の扉が勢いよく開いた。
「何を騒いでいる!!」
 強く、澄んだ声が響いた。
 そこには、エルリアが立っていた。
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