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悪夢 |
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アスピア城前に、共和国軍と帝国軍が対じしていた。 シンビオスの前に帝国兵を麾下に立っているのは、友好を交わしたはずの第三王子メディオンだった。 メディオンは、静かに口を開いた。 「―降伏して頂けないか、シンビオス殿」 「それは、できません」 きっぱりと、シンビオスは言った。今や彼の後ろには共和国の全てがある。ここを引くわけにはいかなかった。 「メディオン殿。貴方こそ、剣を引いて下さい。貴方ならば分かるはずです、帝国のこの暴挙が。貴方が望んで共和国に侵攻するはずがない」 「降伏して頂ければ、貴方の命は保証します」 メディオンはそう、シンビオスの言葉が聞こえなかったように繰り返す。 シンビオスは激しく首を振った。 「メディオン殿!!」 「何をやっておるメディオン! 早く奴等を葬り、この地をわしの手に取り戻さんか!」 メディオン軍の後方から、皇帝ドミネートが声を上げた。 シンビオスはそんな皇帝を見、苦しげにメディオンを見た。 「なぜです? なぜ、あの男のために、わたしと貴方が戦わなければならないのですか・・・!」 「あれは・・・わたしの父だ」 「分かっています。ですが、貴方は間違いは間違いと言える方だったではありませんか」 「もう・・・遅いのです、シンビオス殿。せめてアロガント兄上が死ぬ前だったなら、違う道もあったかもしれないでしょうが・・・」 「遅くなどありません! いいえ、今ならば間に合うのですよメディオン殿」 「遅いのです、何もかも」 メディオンはそう、静かに繰り返した。 戦闘前のぎりぎりの緊張に耐えられなくなった兵士が、促すようにシンビオスを仰ぐ。 「―命令を! シンビオス様っ」 シンビオスはそれに首を振った。 頭の奥の冷静な部分、指揮官としてのシンビオスは、もはや戦闘は避けられないと判断している。先手を打て、号令をかけよ、と。 これ以上麾下の兵に、動揺を見せるなと。 しかしシンビオスの感情は、それで制御することは出来なかった。 シンビオスは拳を握りしめる。 彼の指揮官としての部分が、もしやこのためにメディオンは自分に近づいたのではと警告を発する。 「・・・・・まさか、貴方は・・・・・・はじめから、ここに侵攻するつもりで・・・・・・?」 そんなはずない。 そんなはずがない。 シンビオスは必死にそう胸の内で繰り返す。 「メディオン殿・・・」 「・・・・・・」 苦しさと恐れとに青ざめて自分を見るシンビオスを、メディオンは無言で見つめた。 それは違う。 そう言ったところで、これから起こる戦いが回避できるわけではない。 それなら。 それならいっそ。 肯定を意味する沈黙に、打ちのめされ傷ついた色がシンビオスの瞳に拡がるのを、メディオンはただ見つめていた。 ―いっそ、憎まれたほうがいい。 そう思った。 遠慮もなく、本気で戦ってくれたほうがいい。 「それは違います!」 だが、そうメディオンの横から声が上がった。 メディオンはハッと傍らの騎士を見る。 「キャンベルっ」 「これは王子の本意ではないのです」 「―やめろ!」 メディオンはキッとキャンベルを睨む。 その時、再びドミネートの声が響いた。 「メディオン! いいかげんにせぬかっ。それともアレを見捨てるつもりか」 その言葉に、メディオンの肩がびくりと揺れる。 キャンベルはシンビオスと、そしてその傍らのダンタレスを見た。 「あのお方のお命を救うためなら、どのような非難も甘んじて受ける覚悟だっ」 「どなたかの命を盾にとられているのか」 ダンタレスは向かい合うキャンベルに強い瞳を向けた。 「―たとえ、そうでも。我々は負けてやるわけにはいかない」 「望む所だ、ダンタレス!」 キャンベルも、ぐいと武器を構える。 シンビオスはダンタレスを手で制した。 「メディオン殿!! どうしようもないのですか!?」 「・・・・・・やはり、降伏しては頂けないようですね」 「わたしは貴方と戦いたくないのです」 「もはや、道はありません。貴方が選べるのは降伏か戦いかです」 「降伏は、できません」 シンビオスは一人ではない。父の名代として共和国を発った時、シンビオスが守るものは多くはなかった。しかし今は、共和国すべて、その理念も兵もそして民たちの命運も、シンビオスが握っている。シンビオスは共和国の最後の砦だった。 「わたしには・・・・・・守らなければならないものがあります。わたしがどけば、わたしの背中にあるもの全てが無茶苦茶にされてしまう。それが分かっていて、わたしはここから帝国を進ませるわけにはいきません!」 「・・・・・・これが、わたしたちの運命なのでしょう」 「メディオン殿! もう一度だけ言います。どうか剣を引いて下さい」 そう言うシンビオスに、メディオンは静かに首を振った。 「貴方かわたしか。どちらかが倒れねば、終わりはありません」 「メディオン殿・・・っ」 シンビオスの叫びを無視し、メディオンは地を蹴った。 メディオンがシンビオスに振りかぶる。 「剣をかまえなさい、シンビオス殿!」 「メディオン殿っ」 シンビオスは剣をとっさに構えた。 シンビオスの目に、メディオンの厳しい顔に親しい彼の笑顔がだぶって見える。 シンビオスの剣は震えた。 「―だめだ!」 シンビオスは剣を引いた。メディオンの剣の下に、悲痛な顔を無防備にさらす。 「―貴方と戦うなんてできないっ・・・・・・!!」 「かまえろ! シンビオスっ!!」 苦痛に満ちた叫びが、メディオンの喉からほとばしる。 そしてそのまま剣を振り下ろした。 「―シンビオス様!!」 声とともに、一つの影がメディオンの剣とシンビオスの間に割って入る。 甲高い音が響いた。 ダンタレスの槍がメディオンの剣をはじいたのだ。 「ダンタレス・・・っ」 シンビオスは驚いて、眼前の背中を見る。 「―シンビオス様には触れさせん!」 ダンタレスはメディオンをきつく睨んだ。 メディオンはすうっと剣を構え直す。 順番が前後するだけとはいえ、シンビオスを相手にするよりは胸のつかえは少ない。 「―手加減はしない」 「それは、こちらの台詞だ!」 メディオンの剣とダンタレスの槍が打ち合う。 シンビオスの頭の奥ががんがんとなる。 自分の前で、ダンタレスとメディオンが戦っている。 「待て・・・待ってくれ、ダンタレスっ」 このままではどちらかが死ぬ。 シンビオスは狂おしげに叫んだ。 「僕はダンタレスの死も、王子の死も、見たくない!!」 「―貴方を失うわけにはいかないのです!!」 振り向かず、ダンタレスはシンビオスに叫ぶ。 「―わたしも、共和国も!!!」 「っ・・・」 シンビオスの心を、記憶の情景が走り去る。 自分を慕う領民の笑顔。苦しくとも、必死で生きている善良な人々。自分を育ててくれた、大地。自分に全てを託して逝った父。そしてダンタレスや仲間。 何をやっているんだ、僕は・・・!! これは決して破れてはならない戦い。 「・・・下がってくれ・・・ダンタレス」 負けられない。負けることは許されない。 そしてこの戦いの全てを背負うのは指揮官である自分の役目だ。 「ダンタレス、下がれ!」 凛としたシンビオスの声に、ダンタレスとメディオンの動きが止まる。ダンタレスはシンビオスの傍らに引き、戸惑うようにシンビオスを見た。 「シンビオス様?」 「・・・・・・」 シンビオスの目は、真っすぐにメディオンを見ている。 「わたしは・・・貴方を、倒します」 シンビオスは自分の言葉に、ズキリと胸が痛む。だが、今度はシンビオスの瞳は揺らがなかった。 守ると決めたのだ。 たとえそれがどれほど辛いことだろうと。自分の責務を果たすのだと。大切な人たちと、力ないことで傷つく人々を、その生活を守るのだと。―そう、あの戦乱をくぐり共和国を目指していた時に、決めたのだ。 す、とシンビオスは剣を掲げた。 メディオンも剣を掲げる。 「・・・本気になったようですね、シンビオス殿」 「・・・・・・」 そして。 シンビオスとメディオンの声が、ほぼ同時に麾下の兵に発せられた。 その声に、両軍は激突する。 シンビオスとメディオンは互いに向かって地を蹴った。 剣が何度も打ち合わされる。 シンビオスはまるで、動いているのが自分の身体ではないような気がした。 耳に響くのは兵たちの怒号。 打ち合う剣の音。 これは悪夢か、と思う。 メディオンの剣が突く。 シンビオスはそれを反射的に盾で防いだ。そのまま、剣を振り下ろす。 メディオンは軽く後ろに飛んでそれを避ける。 自分の乱れた息が、シンビオスはやけに耳について感じた。 いつまで続くのか。 この、悪夢は・・・・・・。 それはまるで、永遠のように感じられた。
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