in rain 中編




 羅魏と鬼面党のメンバーが入り乱れての乱闘になる。
 伊沢は、幹部の特攻服に群がってくる羅魏を相手にしながら、ずいぶん離れたアキラのいる方をちらりと見た。
 アキラのほうも、難なく相手を蹴散らしているように見える。
 しかし、そのアキラの横に陣取っている仲間の男の方は、ずいぶんと苦戦しているようだった。
「・・・・・・・・・・」
 背後も空いている。
 横にいる仲間が倒れれば、四方が敵に囲まれる位置だった。
 高村の方といえば、かなりの余裕があった。
「・・・・・・・・・・」
 伊沢は、突っ込んできた羅魏の幹部の一人を軽く沈めると、乱闘の中を移動していった。
 アキラの横にいた仲間が倒れるのを目にして、伊沢は一気に距離を縮める。
 羅魏の男が、背後からアキラに鉄パイプを振り上げた。
 アキラは風を切る気配に、反射的に身体をひねる。だが、完全に避けることはできずに彼女の肩をかすっていった。
 伊沢は、勢いよく倒される彼女を右腕で抱きとめる。
 男は、瞬間、ぶつかった伊沢の殺気に満ちた目に身体が凍りついた。次の瞬間、容赦ない伊沢の左の拳で、勢いよく吹き飛ばされる。
「・・・・・・・・・・・」
「っ! す、すみません!」」
 アキラは慌てて、自分を支える腕から身を起こした。伊沢は彼女を解放する。
 腕に感じた細さと軽さが、胸に痛かった。目があえば、そんな感情を隠せない気がして、伊沢は目をそらした。
「・・・・・・・・・・」
 その伊沢の目に、木刀を振り上げる男が映る。
 伊沢はぐいとアキラを背後に押しやった。
 振り下ろされる木刀を、片手でねじり止める。そのままもう片方の拳でその男を後方に吹っ飛ばしてから、伊沢はアキラをちらりと見た。
「集団で戦う時は」
 そこで一瞬言葉を失ってしまう。仲間が強いとは限らない。弱い男では背中を守る壁にはならない。
 本当ならば、俺のそばにいろ、と言いたかった。しかしそれは、決して言ってはならないことも分かっていた。ずっと自分が彼女のそばにいることも不可能だった。アキラは鬼面党ではただの新参の平メンバーにすぎず、副党首の伊沢がアキラに張り付いているのは不自然だ。余計な興味を持たれて、党の中で彼女の身を危うくすることはできなかった。
「・・・・・・・・・仲間と背中合わせで戦え」
 伊沢はそう言うしかなかった。
 アキラは、伊沢の背に背を向けながら頷く。
「は、はい」
「壁でもいい」
 言いながら、伊沢は向かってくる正面の敵を沈めた。気配で、背後のアキラもまた戦いだしたのを感じる。
「――相手を沈めるのに余計な力はかけるな」
「え?」
「お前の正確さなら、さほど力を込めなくても顎を狙えば沈む」
 顎をやられれば、相手は脳震盪をおこす。意識がはっきりしていても、膝をつくはずだった。
「はい」
「・・・・・・・・・・・・」
 返事を返すアキラに、伊沢はかすかに顔を歪ませた。
 こんな場所にいてほしくないと願うのに、こんな場所で生きていく方法を教える自分の矛盾さが腹立たしかった。
 アキラの返事に迷いはない。
 それほどか。
 そう、伊沢は今さらながらに思い知らされる。
 それほど、高村と同じ場所に立つことを願うのか、と。
 彼女の願いがあまりに深く揺るぎなく、そしてそれがどれほどの犠牲を彼女に強いるのか考えるだけでも大きすぎて、伊沢は目を伏せた。
 どれほどの時間が過ぎたのか、もう戦いは終わろうとしていた。羅魏のメンバーで立っている者は、もう殆どいない。
 仲間の意識がこちらに向く前に、伊沢はアキラのそばから離れなければならなかった。
「・・・・・・離れる。背後に気をつけろ」
 アキラの周りに危険な者がいないのを確かめてから、伊沢はそう感情を見せない声で言い置くと、アキラから離れた。
 伊沢は、すでに勝った歓声を上げるメンバーの中を縫って入りながら、ちらりとアキラを目だけで追う。アキラがそばにいる羅魏の最後の男を、回し蹴りで沈めたのを認めてから、高村のほうへ歩き出した。
 高村のほうは余程軽い相手だったのか、顔にも殆ど殴られた痕はなく、倒した羅魏のトップを前に豪快に笑っている。
「・・・・終わったな」
「んぁ? ああ、軽い軽い」
 伊沢の声に、高村がニッと笑って見せた。

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