| Answer is approaching T |

| バイクに乗れないって不便だよな。 アキラは思いつつ、家に向かっていた。 がしゃり、と路上に並んでいた自転車に軽く左足をぶつける。 「―――」 アキラは息をつくと、大きく迂回した。 左が完全に死角になる。それに、まだ慣れることができなかった。 高村のために左目を失ったことを、後悔はしない。けれど、その不便さを時がたつほどに思い知らされる。 両目が見えていた時には、気づきもしなかったこと。たとえば、電車で座る時にも左手で座席を軽く探らなければ座ることもままならない。たとえば、道をただ歩くだけでもひどく神経を使う。 右目が小さく痛んで、アキラは手をあてた。 左眼が使えないために、右目が酷使される。こんなふうに夜の道を歩くのは、余計に残った目に負担をかけた。 「!」 空気の、切れる音。 アキラは反射的に身体を沈めた。アキラの頭の上を、何かが空振って行く。 「――うっわ」 振り返ると、男たちが驚いた顔で立っていた。 「避けられるか、フツー・・・・・・」 「さっすが、鬼面の親衛隊長ってトコか」 「お前の蹴りが甘いんじゃねーの?」 アキラは鋭く目を細めた。 どう見ても、族関係だった。 7人。 一人でさえなければ、勝てる数だ。1対7より2対14のほうが、ずっと楽だった。しかし一人の今は、勝てるか勝てないか、微妙な数だった。 どうするつもりだ、とは聞くまでもなかった。襲われる理由なら、数え切れないほどある。襲ってくる敵(チーム)も、同様だった。 「・・・・・・・」 後ろに気配を感じて、アキラはそっと視線を向けた。 8人目、か。 背後をとられた。アキラは拳を握り締めた。 一人でも、勝てないまでも、一方的にやられる数ではない。・・・・以前ならば。 左の大きな死角に、すうっと2人が移動する。 「鬼面の親衛隊長が、片目なくしたってのは本当らしいな」 誰か、死角に立つ仲間がいれば。無意識にそう思って、急にアキラはゾクリとした。 突然、地面を無くしたかのような、感覚。 ―――い、ざわ。 そして思い知らされる。 乱闘の時、当たり前のように、自分のそばにその姿があったことを。 左目を失ってからは、その死角に必ず伊沢がいた。 「予定通り、拉致るぞ」 「!」 不安が、恐れが、アキラの身体をかたくする。 そして、その自分の感情にアキラはショックを受けた。 何を、怯えている!! 戦う前に気圧されるような、そんな情けない自分ではなかったはずだった。 アキラは唇を噛んだ。 目をそらそうとしても、自分の中にある怯えを自覚せずにはいられない。 もしこの時、アキラが特攻服を着ていたらまた違ったかもしれない。あるいは、鬼面党の他のメンバーと一緒だったなら。 だが今アキラは、震える自分を抑えるしかできなかった。 空気が、張り詰める。 ――来る。 同時に、8人が動いた。アキラは、地を蹴った。 携帯の音が、車内に響く。 伊沢はハンドルに手をかけたまま、片手をのばした。 携帯をとり、しばらく眉をひそめる。 携帯の向こうで、何か言う気配がない。そのかわり、多少耳障りな雑音が続いていた。遠く、電車の音が聞こえて来る。 何だ・・・・・・? 悪戯にしては、妙だった。 伊沢はラジオを完全に消すと、携帯の音を最大まで上げた。 何かを通して聞こえてくるような、遠い話声が聞こえ出す。しかし、そこに出た言葉に、伊沢はハンドルを誤りかけた。 『―――すが、鬼面の親衛隊長だな。あの状況で5人も完全に潰されるか?』 ―――アキラ!? 伊沢は、車を左に寄せるとエンジンを切った。完全に無音になった車内で、切れ切れに聞こえる声に集中する。 『――するよ? もう――の目も、潰しとくか?』 一気に、血液が逆流する。そんな、感覚。 伊沢は、食いしばる歯の間から空気を吐き出した。 『――の前に、―――だろ? やっぱ――だしな。拉致ってる――バレる前に、何人か呼び出しとくか』 そしてまた、電車の音。 ―――どこか、線路のそば。声からすると一人や二人ではなかった。その人数がたまって、目立たない場所。 伊沢はちらりと腕時計に目をはしらせた。 この時間だと、アキラが家に戻る途中で拉致されたとしてそんなに間がたっていないはず。 ということは、遠くではないはずだった。 『――じゃあ、薬入れとくから』 声を出すわけにはいかなかった。伊沢は片手で口を覆う。握る手が震えるのは、怒りのためだった。 『――公園で――』 公園の名前までは聞き取れなかった。それでも、走る電車の音が聞こえる、この辺り周辺で人目につかない公園というのは、一つしかない。 もし、拉致されるのに車を使われていて、伊沢の知らない遠くであるなら万事休すだった。 けれど。 伊沢は携帯を胸のポケットに入れると、乱暴にエンジンをかけた。 GTRは音をたてて進路を変えると、加速して行った。 |