Answer is approaching  U




 息があがる。
 さっきまともに入った一撃で、口の中に、錆びたような血の味が拡がっていた。歯が折れていないのが、不思議なほどだった。
 少なくとも3人は完全に潰したはずだった。
 すでにアキラの思考は停止していた。
 気力と反射神経だけで戦っていた。
 後ろから腕を引っ張られる。アキラはそれに逆らわず、むしろ勢いをつけて後方へ倒れこむようにして肘を入れる。アキラは数えている余裕はなかったが、それで5人目が沈んだ。
 しかし、倒れた男から腕を抜く前に、眼前を影が走った。
 とっさに上体をひねるが、勢いを完全に殺すことができず、回し蹴りを芯にくらってしまう。
「―――っ」
 目の前が、スパークする。頭の中が、真っ白になる。そして、急激に暗く。
 自分が意識を失うことさえ、自覚する間もなくアキラは倒れた。
「くっは。強ええ・・・」
 蹴りを放った男が、地面に倒れ付したアキラを見下ろして息をつく。
 もう一人の男が、アキラの腕を引きずり上げた。
 アキラの意識は戻らない。
「行くぞ」
「OKOK」
 潰された仲間を迎えに来るように携帯で連絡をつけてから、残った3人はアキラをひきずって近くの公園へと向かった。
 まだ深夜とはいえないが、それでもその公園には人影がない。
 繁華街は通りを2つほど隔てた所なのだが、不思議なほど暗く、人通りもなかった。近くの高架を通る電車の音が響く。
 男はアキラを地面に放りだした。
 アキラのポケットに入れられた携帯のリダイヤルが、当たって押された。
 アキラは小さくうめく。
 男はアキラを見るが、意識が覚醒していないのを認めてタバコに火をつけた。
「しっかし、さすが、鬼面の親衛隊長だな。あの状況で5人も完全に潰されるか?」
 全くだ、というようにもう一人の男が頷く。
 そして、アキラの顔を足で上向かせた。
「どうするよ? もう片っぽの目も潰しとくか?」
「バーカ。何も見えないんじゃ楽しくねーだろ」
「そーそー。その前にイタブるのが先だろ? やっぱ見せしめだしな。拉致ってるのがバレる前に、何人か呼び出しとくか」
「鬼面のヤツらに、俺らの怖さってのを教えとかないと」
 言って、どっと笑う。
 アキラは、その声に意識を戻した。
 ズキリ、と痛みが走る。
 アキラは思わずうめいた。
「お前、呼び出せよ。俺は、じゃあ、薬入れとくから・・・・ん?」
「お目覚めかな?」
 頭の上から降ってきた声に、アキラはハッと我に返る。
 がばりと身を起こした。しかし、視界がクラリと揺れる。落ちかけたアキラの、顎を男は乱暴に掴んだ。
「離っ――」
 抵抗しようとするアキラの口に、男は小さな錠剤を押し込んだ。とっさに反応できず、アキラはそれを飲み込んでしまう。
「予定通り、××公園で始めてる。こっちが3人じゃ絵にならねーからな。何人か連れてこいよ」
 そんなアキラと男に目をやりながら、そう他の男が携帯で連絡をとっている。男は言うだけ言うと、携帯を切った。
 薬を飲ませた男は、アキラを、顎を掴んだ時と同じ乱暴さで、離しざまに打った。
 鋭い音が響く。
 身体に受けていたダメージと疲労で、それに耐えられるはずもなく、アキラは再び地面に倒れた。
「・・・・・・っ」
 しかし、唇を噛むとすぐに身体を起こす。
 震えそうになる自分を、意志の力で抑える。
 得体の知れないものを飲み込んだ恐怖が、アキラの胸を震えさせていた。
「あっれ、怖いの?」
 揶揄する響きに、アキラの頬をサッと朱が走る。
「ち、違・・・っ」
「目が怯えてるぜ」
 明らかに、相手を弄る口調。
 アキラは拳を握り締めた。
 男が、そんなアキラに近づく。
「情けないよなあ。それでよく親衛隊長はってられる」
「――だま、れ!」
 ぐいと立ち上がると、アキラは蹴りを放った。
 が、力が入らない。
 怪我や疲労というものではなく、異常な脱力感。蹴りの力どころか、軸足からもかくりと力が抜ける。
 そのアキラの足を軽く受け止め、男はニヤリ、と笑った。
 男の右の突きが、アキラの腹に入る。堪えることもできず、アキラは吹き飛ばされた。勢いよく地面に叩きつけられる。
「―――は・・・っ」
 息が、一瞬止まる。
「許してくれって、言ってみろよ?」
「!」
 アキラは、とっさに悲鳴を飲み込んだ。
 ひねったらしい腕を、上から踏みつけられていた。
「泣いてみろよ! オラ! 助けてくれって詫びいれろよ!!」
 男がそう力を入れるたびに、腕が音をたてて軋む。
 アキラは痛みに、ギュッと目をつぶった。
 怒りや悔しさ以上に、自分の中に恐怖があるのが、アキラは悔しかった。
 フクロにされるのも、初めてではないはずなのに。鬼面党に入って間もないころ、それこそたった一人で敵チームに切り込んだこともあった。敵に飲み込まれたことも、あった。
 けれどその時は、こんなにも怖いとは感じていなかったはずだった。
「―――ああっ・・・!」
 堪えきれない悲鳴が、アキラから漏れる。鈍い音とともに、重い衝撃が腕から身体にかけて走った。
 ・・・・・折れた・・・・。
 そう思ったすぐ後、男の蹴りのラッシュが始まった。顔を、肩を、胸を、腹を、なんとか内側をガードすれば、背中を、足を。
「――オラ! もっと泣き叫べってんだよ! オラ! オラ! オラ!!」
 アキラは悲鳴を殺して、蹴りの嵐が去るのにじっと耐えることしかできなかった。








 伊沢はギリッと唇を噛んだ。
『―――オラぁ!!』 
 携帯から漏れるのは、男の愉悦を孕んだがなり声ばかりになっていた。
 伊沢のハンドルを握る手が、抑えきれない怒りに震えている。
 血が煮えたぎる、などという生易しいものではなかった。
 夜を割くライトが、公園の看板を照らす。
 ――殺してやる・・・・!!
 エンジンを切るのももどかしく、伊沢は車から飛び降りた。



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