Answer is approaching  V




 アキラを蹴る男のそばで、もう一人の男がカメラをまわしていた。
 カメラは、アキラを映しつづけている。
 アキラは、意識を何度も手放しかけた。
 けれど、休みなく続く暴行がそれを許してはくれない。
 ともすれば朦朧とする意識に、自分を痛めつける男のがなり声が響く。けれど、もうその声が何を言っているのか知覚することもできなかった。
 だが。
 響いた、よく知った声がアキラの意識に届いた。
 アキラを弄っていた男が動きを止める。
 再び、強く名前を呼ばれて、アキラはぼんやりと目を開いた。
「――貴様らッ!!」
 咆哮とともに、男を殴る伊沢の姿が映る。
 ――いざわ・・・?
 初めてだった。
 彼がこんなにも感情を露わにしているのを見るのは。
 どんな時にも冷静な伊沢が、なぜこれほどに激しい怒りを見せるのか。
 アキラがそれに思いがいった時、先ほどまで自分を痛めつけてきた男に乱暴に押さえられた。
 アキラは、我に返る。
「――なっ・・・」
「動くな!」
 外灯に反射する刃が、アキラの目の端に映っていた。
  




「―――やめろ!」
 響いた声に、男たちの動きが止まる。
 伊沢は、男の足元にボロボロになって倒れているアキラを見つけた。
 それは携帯で聞こえてきたことから、予想していた姿だった。
 けれどそれが、衝撃を軽くするわけではない。
 伊沢の顔が歪む。
「アキラ!!」
「・・・・・・・鬼面の副党首か? どうしてここに・・・・」
 その声に、伊沢はタバコをふかしている男に目を向けた。
 伊沢の目に、男はゾクリとする。修羅場をくぐって来た男の感覚が、危険を告げていた。
 男の口から、タバコがこぼれる。
「・・・・・貴様ら、よくも・・・・・」
 伊沢は、男の問いには答えずに口を開いた。
 肺の中が爛れているかのように、息をするのも苦しかった。
 それほどの、自分の中のうねる怒りに、伊沢の拳は震えていた。
 頭の奥が熱い。自分の体中の血が沸騰しているかのようだった。
 伊沢から立ちのぼる尋常ではない空気に、男たちは誰も動けなかった。
「――貴様らッ!!」
 男たちが我に返ったのは、伊沢に一人沈められた後だった。
 だめだ。
 残った二人は、そう無意識に後ずさりする。
 ――かなわねえ。
 男の手から、ぼとりとビデオカメラが落ちた。
 伊沢の視線が、ちらりとそれを捉える。
 怒りは収まることを知らず、何もかも全てが新たに伊沢を刺激する。
 許せない。
 許せない。
 ――許さない。
 伊沢は感情の命ずるままに、カメラを落とした男に殴りかかった。
 男の顔が恐怖に歪む。
 戦意さえ失って見える男に、だが、今の伊沢は躊躇しなかった。
 手加減もなく。
 伊沢の続けざまに繰り出される拳に、男は倒れることもできなかった。
「動くな!」
 伊沢は、声のほうを向いた。
 伊沢に殴られていた男の身体が、やっと地面に倒れることを許される。
 それを青い顔で見ながらも、最後の男はアキラにナイフを向けていた。
「動けば、刺す」
 カッとアキラの頭の奥が熱くなる。
 自分がこんなふうに足手まといになるのが、悔しい。
 思うように動いてくれない体が、苛立たしかった。
「――っ・・・・!」
「動くな」
 それでも必死で男の下で抗おうとするアキラをそう制止したのは、伊沢だった。
 伊沢の静かな声が、繰り返す。
「動くな、アキラ」
 え?
 アキラは、伊沢を見る。
 伊沢の声は、この現状に不似合いなほど落ち着いていた。
 そしてアキラを見る眼は、優しいともとれるほどだった。
「大丈夫だ」
 大丈夫だから。
 心配するな。
 そう、伊沢の目が言っていた。
 なぜか、どうしようもなく泣きそうになって、アキラは目をそらした。
  


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