Answer is approaching  W




「・・・・・それで?」
 伊沢が男に向けた声は、アキラへのそれと違って酷く冷たいものだった。
 男は答えられない。
 伊沢に倒された仲間は起きる気配がない。アキラにナイフを突きつけている自分が、動くことも不可能だった。
 伊沢の声に、苛立ちが滲む。
「それで、どうするつもりだ」
「―――っ。・・・・・・・・仲間が来るまで、動かないでもらう・・・」
 はやく。はやく来い。
 先ほど携帯で呼び出した仲間が来るのを、男はじりじりと待っていた。
「仲間か」
 ふっと伊沢の声に含まれた嘲り。
 有利なはずの男は、カッと顔を上げた。
「何がおかしい!」
「何人だ? 何人来る? まさか一人や二人というわけではないだろうな」
「あ・・・当たり前だ!」
「10人か? 20人か」
 伊沢は、1歩男に近づいた。
 男はビクリとする。
「――動くなって言っただろう!!」
 男の額を、汗が流れ落ちる。
 仲間は鬼面の副党首までいることを知らない。せいぜい集まって10人いるかいないかのはずだった。
「そんな人数で勝てるのか」
「・・・・・・・。こっちには、人質がいるんだぜ」
「・・・・・お前は人を殺せるのか?」
 伊沢はためらうふうもなく足を進めた。
 他の仲間が来る前に、勝負を決めなければならなかった。アキラが人質にとられて、自分が沈むわけにはいかない。そうなってもアキラが無事に解放されるわけがないからだ。
 なにより、それはアキラを傷つける。
 伊沢が守りたいのは、アキラの身体だけではない。
「殺せるのか」
「と、止まれえ!!」
 男は、叫んだ。
 後1歩というところで、伊沢は止まる。
 男がアキラを掴む腕に力を込めたのだ。
 アキラの目が、伊沢を見上げている。伊沢は冷たい色を消して、アキラを見た。
「すぐにすむ」
「な・・・・・・っ」
 伊沢の落ち着きぶりに、男のほうが動揺する。
 伊沢は男に目を戻した。
 男は、ごくりと喉を鳴らす。
「本当に刺すぞ!!」
「――アキラを刺せば、お前を殺す。お前はアキラを刺して、俺を一瞬で殺せるか?」
「――っ」
「俺を殺さなければ、貴様は死ぬ」
 怒鳴るわけではなく。
 ただ当然のことのように言う鬼面の副党首に、男のナイフを持つ手が震えた。
 脅しではない。
 男にも、分かった。
 伊沢が本気なのが。
「う・・・・・うう・・・・っ」
 空気が、張り詰める。
 男は、ついに耐えられなくなったように
「うああああ!!」
 大きくナイフを振り上げた。伊沢は、地を蹴った。
 アキラは、思わず固く目を閉ざす。
「・・・・・・」
 しかし、予想していた痛みは襲ってこない。かわりに、ポタリと頬を何かが滑った。
 アキラはハッと目を開けた。
「!」
 振り下ろされたナイフの、刃を伊沢が掴んでいる。
 伊沢の手からボタボタと血が流れ落ちていた。
 悲鳴にならない声を上げて、ナイフから手を離したのは相手の男の方だった。
 伊沢は、腰を抜かす男の胸倉を引き寄せた。
「――殺される覚悟もないなら、コイツに手を出すな・・・・!!」
 伊沢の目の、剥き出しの殺意に男はガクガクと首を上下に振る。
 事実、膨れ上がる怒りに、伊沢は我を失いかけていた。
 手にしているナイフを、無意識に柄の方で握りなおす。
 だが。
「・・・・い、ざわ・・・・っ」
 彼女の、声に。
 伊沢の何かが戻ってくる。
 伊沢は息を吐くと、ナイフを投げ捨てた。胸倉を掴んでいた男を、殴り飛ばす。
 男は動けても動く気はもうなかった。ぴくりとも動かない男に一瞥だけ与え、伊沢はアキラを向いた。
「――アキラ」
 そっと、アキラを抱き起こす。
「遅くなった」
「・・・伊沢・・・・・・」
 上手く力の入らないようなアキラを、伊沢はそっと抱きなおした。そのまま、立ち上がる。
 伊沢のひろい胸に抱かれて、アキラはほっと息をついた。
 そして。
 安堵している自分に、突然気づいた。
「・・・・・・・・っ」
「アキラ?」
 腕の中のアキラの様子に、伊沢は眉を寄せる。
「アキラ?」
 優しい声。
 心地いい安堵感。
 どう、して。
 アキラは、ぎゅっと目をつぶった。
 男たちに囲まれたとき、どうしようもなく自分は怯えていた。
 それを、思い出す。
「・・・・・っ・・・・・・」
 高村のために、アキラは強くなろうとしてきた。
 強く、なったと思っていた。
「アキラ?」
「・・・・ふ・・・っ・・・・く・・・」
 強くなったと・・・・。
 自惚れていただけだったのか。
 強く、強く、そう思っていたのに。
「!? 晶・・・っ」
 アキラは泣いていた。
 ただ、泣き続けていた。
 それは伊沢が見たことがない泣き方で。
「晶、どうし――・・・」
 痛いのか、辛いのか、苦しいのか。
 それとも何がそんなにも悲しいのか。
 アキラの心がわからず、伊沢はただ動揺する自分を外に出さないようにするしかなかった。
 アキラは泣きながら、目を閉じた。
 俺は強くなったんじゃない――。
 弱くなったんだ――。
 伊沢といると、どんどん弱くなってしまいそうで。
 アキラは自分が悔しく、そして怖かった。
 ――もう、ダメだ・・・・
 何がダメなのか、それはアキラにも分からなかった。
 けれど何か大切なものを失ったような、そんな気がした。


 
 
 
 

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