甘い接吻
〜時代劇浪漫譚妖恋話−其之七之二〜
(Written by 聖 京 さま)
その三
芝居が終わり、セイリオスはディアーナを伴って表通りにでた。
「どうだった?ディアーナ?」
「面白かったですわ。また連れていって下さいですの」
「駄目だ。お忍びなんぞ、そうそうするものではない。危険だろう」
「あら、わたくし、今までに危険な目になんてあったことありませんわ」
「……なるほど。やっぱり私の目を盗んで、城を抜け出してたんだね」
「あわわ……。余計なことを言ってしまいましたわ」
袖で口元を覆い、上目遣いに見たセイリオスは笑っていた。
「仕方ない奴だな」
それだけ言うと、先に立って歩き出した。
「お兄さま?道が違いますわ」
「いいんだ。少し回り道をして帰ろう」
そう言いながら、ディアーナに手を差し出す。
ディアーナが嬉しそうに、セイリオスの手を握りしめた。
「迷子にならないようにね」
「迷子になんてなりませんわ」
「どうかな?」
少し意味ありげな、上様スマイルを浮かべてディアーナを見つめた。
「う〜」
ディアーナには子供の頃に旅先で迷子になると言う前科があった。
その時は家臣団がひっくり返るくらいの大騒ぎになってしまった。
幸い見知らぬ公家風の若君が、ディアーナを宿まで送り届けて事なきをえた。
ただその若君が名前も身分も告げずに立ち去ってしまったので、未だに何処の誰か分からない。
ディアーナはそれ以来、その金髪碧眼の若君に再開することを夢見て、その若君がくれた白扇を大事に持っているのだ。
そんな子供の頃の思い出を大事にしている純粋なディアーナが、セイリオスにはたまらなく愛おしかった。
「たまにはいいだろう?ゆっくり歩きながら話をするのも」
「そうですわね」
ディアーナのあどけない笑顔に、少し良心の痛む上様セイリオスであった。
段々人気が無くなって来る。
町屋と違い、この辺りは塀の高い武家屋敷が立ち並んでいる。
そのせいで人の往来も少なく、ひっそりとしていた。
セイリオス達の前方に、見知らぬやくざ風の男が四人立ちふさがった。
立ち止まって後ろを振り返ると、また前の四人と同じ様なヤクザ風の男達。
「私になにか用かな?」
ディアーナの手を強く握りなおしながら、セイリオスは余裕の笑みを浮かべた。
「セイリオス=アル=サークリッド様とディアーナ姫とお見受けする」
セイリオスの真正面の男が尋ねた。
なりは渡世人風だが、言葉は武家の物だ。
「人違いではないか?私は見ての通りの貧乏旗本の三男坊だよ」
「戯れ言を!上様、お命頂戴!」
八人の男達がいっせいに、刀を抜いた。
「お、お兄さま」
「大丈夫だよディアーナ」
ディアーナの手を離し、側にある路地の方にディアーナを突き飛ばした。
「きゃっ」
悲鳴を上げ倒れそうになるディアーナを路地から伸びた手が受け止め、そのまま路地に引き込んだ。
「ディアーナを頼んだよ。シルフィス」
「はい、上様」
ディアーナが恐る恐る顔を上げると、友達であるシルフィスがいた。
「シ、シルフィス〜どうしてここにいますの」
「説明は後です。姫、斬り合いが始まりますのでこちらに」
「ディアーナ姫を逃がすな」
さっきからセイルオスに声をかけている男が命じた。
「まちな!お前さん達の相手は俺達がするぜ」
その男の後方から、シオンが現れた。
ほぼ同時にセイリオスの後方の男達の後ろに、レオニスが立ちはだかった。
「貴様ら何者だ?!」
「遊び人と若旦那だ!」
「……シオン様……もう少し他に言い様は無いんですか?」
袂に手を突っ込んだレオニスが、ため息混じりに言った。
「間違っちゃいないだろう」
「それはそうですが……」
「何をごちゃごちゃ言っておる。そいつらもまとめて切り捨てろ!」
シオンの目の前の男が刀を抜いて躍りかかる。
上段から振り下ろされた刀をシオンが両手で受け、相手のバランスを崩したところで刀を奪い取った。
「くそっ!」
刀を奪い返そうとする男を、返す刀で斬り捨てる。
しゅっと、こぎ見よい音と共に刀についた血が振り払われた。
「来な」
シオンの顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
「こちらも来るといい」
レオニスの右腕が上がる。
背中に仕込んだ白刃が引き抜かれ、日の光を弾く。
そのまま大上段に刀を構えた。
「……」
レオニスの無言の威圧感と、シオンの不敵な笑みに男達が凍りつく。
「こ、この!」
一人の男が刀を抜いて、レオニスに飛びかかる。
それを合図にセイリオスの前方の三人がシオンに、後方の四人がレオニスに向かった。
勝負は一瞬。
レオニスが最初の男の刃を叩き伏せてから、四人目の男に突きを食らわすまでの動きを見切れた者はほとんどいなかっただろう。
シオンの方も残る三人をいなすように、切り伏せていく。
紙屑の様に八人に無頼者が、血しぶきをあげて倒れていった。
「あっけないもんだな」
「上様、お怪我は?」
シオンとレオニスが、セイリオスに駆け寄る。
「私は大丈夫だよ。ご苦労だったね」
ねぎらいの言葉に、レオニスが黙って頭を下げる。
「セイル……俺達が護衛についてるのに気づいて、こんな人気のないところに入り込んだんだろう。わざとあいつらをおびき出すために」
「そうだよ」
セイリオスが悪びれた様子もなく微笑む。
「上様……なんと危険な……」
レオニスが、眉を寄せた。
「お前達二人が守ってくれてるんだ、危険なんてないだろ」
「ったく〜」
シオンが手にした刀を投げ捨てながら言った。
「お兄さま〜」
ディアーナが飛び出してくる。
後ろからシルフィスも追ってきた。
「大丈夫だったかい?ディアーナ?」
「わたくしは平気ですわ。シルフィスがいましたもの」
「いえ、私は何も……」
そう言おうとしたときシルフィスは倒れている一人が動くのに気づいた。
「姫!危ない!」
あわててディアーナの達の前に立ちはだかったと同時に、銃声が武家屋敷の白壁に響いた。
「シルフィス!」
レオニスが叫んだ。
銃声のした方を見る。
地面に伏した男の一人のそばに、短筒と白い扇が落ちていた。
男が慌てて短筒を拾おうとする。
路地からもう一つ白い扇が飛んできて男の手の甲を打った。
男が手を反射的に、手を引っ込めた。
レオニスがすかさず男にとどめを刺す。
「ぐわぁ!」
男がやっと絶命した。
「シルフィス!」
地面にうずくまるシルフィスを、セイリオス達が取り巻いている。
レオニスも駆け寄った。
「シルフィス!撃たれたのか?!」
何時も冷静沈着なレオニスからは考えられないほど、心の動揺が声に現れていた。
「だ、大丈夫です」
少し震えているが、シルフィスがはっきりと応えた。
「あの男が短筒を懐から取り出すのに気づいて、姫の前に立ちふさがったのですが……男が引き金を引く瞬間に、あの扇が飛んできて銃口を逸らしてくれたんです」
「そうか……よかった」
刀をきつく握りしめた手から力が抜けた。
「だが怪我をしてるぜ、逸れた弾が腕に掠ったらしい」
「平気です。かすり傷ですから。それよりあの扇は……」
シルフィスが怪我をした右腕を押さえて立ち上がり、扇と短筒の落ちている方を見た。
全員がそちらを見る。
路地から金色の髪に、蒼海の瞳をした着流し姿の若者がゆっくりと歩み出て扇を拾った。
「君が助けてくれたのかい?」
セイリオスの言葉に、若者が顔を向けた。
「結果的にそうなったみたいですね」
「お前?誰だ?」
シオンがいぶかしげに尋ねる。
「只の無宿者ですよ」
不敵とも取れるような笑みと共に答える。
確かに無宿者風ではあるが、その風貌は何処とはなく高貴な印象を与える。
不思議な若者であった。
ディアーナが慌てて駆け寄り、もう一つの扇を拾った。
真っ直ぐに若者の顔を見つめ、扇を差し出す。
「ありがとうございます。姫」
「……どうしてわたくしを、姫と呼びますの?」
一瞬、しまった、と言うような表情が浮かんだが、すぐに笑顔に変わった。
「名前を知らない女の子を姫と呼ぶのは、僕の癖なんですよ。女の子はみんなみんなお姫様ですからね」
「お会いしたこと、ありませんですかしら?ずーっと昔。子供の頃に」
「…………」
何も答えずに若者はディアーナから扇を受け取ると、そのまま背を向け歩き出す。
「待って!お礼をしたいですわ」
若者が立ち止まり、首だけ振り返った。
「気まぐれでやったことです。礼には及びませんよ」
「お名前……聞かせていただけませんの?」
「……仲間内ではアルムと呼ばれています」
「また、お会いできますかしら?」
「……御縁があれば」
若者は再び前を見て歩き出した。
二度と振り返りはしなかった。
「……似てますわ……小さい時にに会った若君様に……」
ディアーナが小さく呟いた。
「ディアーナ」
セイリオスが、ディアーナの肩に手を置いた。
「帰ろうか」
「……はい、ですわ」
少し元気のないディアーナにセイリオスが、穏やかな笑顔を向けた。
「じゃ、俺は上様と姫さんを送って行くわ。レオニス、シルフィスの怪我の手当をしてやれ」
「ああ、その方がいいね。シオンがいれば大丈夫だし、人の多い通りに出れば危険は無いだろうからね」
「分かりました。それでは失礼いたします。……シルフィス歩けるか?」
「はい、大丈夫です」
セイリオス達が、人の多い通りに出ていくのを見送ってから、二人は店への帰路についた。
その四
自室に戻りレオニスはシルフィスの腕の怪我の治療を終えると、やっと安堵のため息をもらした。
「他に怪我は無いな?」
「はい……心配をお掛けしてすいませんでした……」
「まったく……無茶をする……」
「……すいません……なんのお役にも立てなかった上に、心配までお掛けして……」
俯くシルフィスの頬に手をやり、自分の方を向けさせる。
深い青色の瞳が、静かな優しさを湛えてシルフィスを見つめた。
「お前は姫をお守りした。ちゃんと役に立ってただろう」
「でも……」
「戦うだけが隠密の仕事ではない。命じられた事を忠実に実行出来ればいい。お前は私の命令通り、姫をお守りした……良くやったな」
「はい、ありがとうございます」
シルフィスの顔に笑顔が戻る。
レオニスはそのまま自分の胸に、シルフィスを抱き寄せた。
「だがもうあんな無茶はやめるんだ…………心の臓が止まるかと思った」
「旦那様……」
「いいな?」
「はい。今度はこんな怪我をしたりしませんから」
レオニスは思わず苦笑を浮かべた。
もう危ないことはしません……とは言ってくれないようだ。
もっともそれがシルフィスらしいのだけれど……。
出来ることならさっさと自分の嫁にして、床の間にでも飾っておきたい。
けれどシルフィスは、そんな風に人形の様に扱われるのを望まない。
望まない娘だから、生き生きとして強く優しい娘だから、自分はこんなに惚れているのだ。
「旦那様?」
シルフィスが顔を上げ、レオニスの顔を覗き込む。
その顔にレオニスはそっと自分の顔を寄せた。
シルフィスの瞼が閉じられ、長いまつげが白い頬に影を落とす。
その陰影の美しさを見てから、レオニスはシルフィスの唇を塞いだ。
ゆっくりと薄い唇に舌を滑り込ませ、シルフィスの舌を捕らえる。
「ん……」
塞がれたシルフィスの唇から、吐息の様な声が漏れた。
……シルフィスの唇は、何時も以上に甘く柔らかった。
唇を離し、シルフィスの目が見開かれてから尋ねた。
「腕は動くか?」
「はい大丈夫……っつ!」
右腕を無理に動かそうとして、シルフィスは痛みに顔をしかめた。
「無理をするな」
「……はい」
「しばらく動かさない方がいいな」
「えっ、でも仕事が……」
「隠密の仕事はしばらく休みだ。店の方は、私の書庫の整理を手伝うと言うことにしておく。この部屋から出る必要はない。どうせお前の部屋の障子も直ってないことだしな」
「……はぁ……ですが……」
「お前の腕が動くようになるまで私がお前の世話をしよう」
「えっ!で、でも、そんな!」
「遠慮はするな、着替えも食事も私がさせてやろう」
「そ、そこまで……だ、旦那様……なんだか楽しそうですね……」
「そう見えるか?気にするな」
「き、気にしますって〜!」
「たまには大人しく私の側に、いてくれないか?」
「旦那様……でも……」
「主の命令だ。いいな」
「旦那様〜〜〜〜〜〜」かくしてこの先一週間、シルフィスはレオニスの部屋から出して貰え無かった。
シルフィスの部屋の障子が直るのはさらにその二週間先の事となるのであった。
終
感謝の言葉おお、シオン!アルムレディン!(何かネタが浮かんだらしい)
パラレルなのに、ちゃんと原作を意識していて素敵です〜〜。さすがです〜〜。しかーも、やっぱり大甘若旦那レオニスだし(爆)。
シオンもやっぱりシオンだし(笑)。夜這いしにいって、見せつけられたんじゃアンタ何しに行ったのさとツッコミが入りました。
お笑いあり、様様な想いありの素敵な創作です。ありがとうございました。