甘い接吻
〜時代劇浪漫譚妖恋話−其之八之二〜
(Written by まりあ さま)

〜大奥擾乱弐之段〜


 
任務を頼まれたシルフィスは、表向きは彼女の腰元として身を寄せる予定になっていた。まずは姫君が大奥入りする前に、探りを入れる為にシルフィスは潜入したのであるが、彼女にはそれはとても未知な世界であった。
大奥の世界は狭き女の園である。大奥の女は全て将軍のもの。世のある男は羨んだ。だが、将軍の自体は興味が無いのか、一向に寄り付かぬわで跡取りも未だ居ない。実の処、彼の意図するべき処ではない。お家が大事とされるこの時代であるからこそ、彼は重鎮や乳母の手前、形だけは残してあるが、彼はとんと興味がなかった。
だが、何時将軍が来るともしれぬとばかりに、女達は日々己に磨きを掛けていた。そんな中、シルフィスは、その女性達の強さに圧倒されながらも、仕事に実直にこなしていた。取り敢えず先行してディアーナ姫の腰元として身を寄せながら、大奥の様子を冷静に眺めていると、色々なものが見えてきていた。その様な中、一人だけどうもこれはという女性が一人居た。一人だけどの美女よりも美しくも、妖しい女性が・・・・。彼女と会ったのは、まだ最初にここに入ったばかりであった。最初は、ただ美しい、大人の美女と言ったようであったが、ここ数日の動きで端々と何処か奇妙な動きを見せていた。もしかしたら、何処かの間者なのかもしれない、とシルフィスは特に気を付ける事にしていた。
幸い、シルフィスが目を光らせている為か、大奥では裏の面でも表でもそれほど大きな動きはなかった。
 
 

「・・・どんな方かは知りませんが、お兄様のお嫁さんになるって事は私のお姉様になると言う事ですわよね」
ディアーナの世話をしているシルフィスに、セイリオスの妹姫ははぁと溜め息を吐いた。
「お嫌ですか?」
シルフィスは、姫君の貝合わせの付き合いをしながら、不思議そうに見詰めた。
「う〜んと、よくわかりませんわ。でも、お兄様が幸せなら良いかもしれないです」
自分も小さい頃に助けられた見知らぬ公家風の若君に憧れている自身、夢見がちであるとはいえ、兄が幸せならば一番である。だが、今回は帝の娘という事もあり、政略結婚ではないかと心配している様だ。
そんな姫に、シルフィスは微笑んだ。だが、直ぐに彼女の笑みは消え、何かの気配を感じ身構えると、襖を思い切り開ける。だが、そこには誰も居なかった。
(人の気配がしたのだけれど・・・)
シルフィスは、廊下を見渡すが、やはり人は居なかった。
「一体、どうしましたの?」
怪訝そうに声を掛けるディアーナに、シルフィスは何でもありませんとだけ応え、襖を閉めた。
閉めた後、ゆらりと人の影が現れた。出てきたのはエメラルドグリーンの髪に、蒼い瞳の美女だった。
 
 

その夜、レオニスはシオンから教えてもらった大奥の裏ルートでやってきた。やはり何だかんだ心配であったのであろう。本能というべきものかそれとも愛の力か、ほぼ自力でシルフィスの部屋を探り当てる。怪しまれない様に普通の腰元と同じ生活をしているシルフィスは、殺気とは違う温かい気配に気が付き、他の者にばれぬ様にそっと抜け出した。庭に出ると、きょろきょろと辺りを見渡す。他に自分ともう一つの気配以外無い事を探りながら、そのもう一つの気配に近付いて、シルフィスは微笑んだ。彼女の前には、黒い装束に身を纏った愛する人に現れた。
「・・・旦那様」
声を潜め、愛する人にシルフィスは抱き着く。
「どうだ、様子は」
彼は、同じ様に声を潜めながら、恋人を優しく抱き止めた。
「今の所は表立っては特に・・・ただ、何か」
シルフィスは、昼間の気配、それから数日の間調べ、妖し気な美女の事を思い出していた。レオニスは、それ以上問い詰めず、目を鋭く光らせる。
「分かった。・・・だが、油断するな」
「はい」
気を引き締め直し、シルフィスはこくりと頷き返した。
「あんまり長居すると、お前が怪しまれるからな。本当はもっとゆっくりしたかったが・・・」
「いえ、旦那様に会えただけでも嬉しいです」
にこりと笑みを返す可愛らしい恋人に、レオニスはもっと居たい衝動に駆られるが、そうもいっていられない。一回軽く唇を落としてから、また闇の中へと消えていった。シルフィスは、その姿を見送ると、また寝床へと戻っていった。
 
 

そんな中で、時の帝の姫君の輿入れの準備は着実に進められていた。そして、当日へと差し迫っていた。噂の姫君の名はリリア内親王という。彼女は、見目麗しく宮一の美女と噂され、帝の寵愛を一心に受けた娘である。習字、和歌、音楽の全ゆる芸術を愛しているかと思えば、文学のみではなく政治等の学問にも精通している才女だと言われている。どの様な少女であろうか、と大奥でも頻りに噂になっている。それもその筈、大奥の主、御台所(みだいどころ)になる女性なのだから。
「あぁ、本当に今日来るのですわねぇ」
妹姫ディアーナは、顔を紅潮させながら、朝から落ち着きが無かった。そんな妹を余所に、将軍セイリオスはいかにも落ち着き払っていた。
「お兄様、本当に宜しいのですの?」
「何を言っているんだい?」
妙に落ち着き払った兄に対し、妹の方が逆に心配そうに見上げた。
「何をって・・・」
「ディアーナ。お前は誤解している様だけども・・・」
そこまで言いかけた時に、家臣のものが姫君が御入場という報せを届けに来た。セイリオスは、分かったと席を立ちあがり、妹に安心させる様に優しく微笑みを掛けた。
 
 

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