確かな想い




大切なのは
わたしが憶えていること
わたしが愛していること
ただそれだけ

 「これだけ言っても協力する気はないのかね」
「答えは同じ。変わらない」
 きっぱりとそう言うエアリスに、プレジデント神羅は芝居がかったため息をついた。
 エアリスの背後にぴたりと立っているツォンの目が、大きなデスクを通り越して近づくプレジデントを映す。
 プレジデントはエアリスの顎を掴んだ。
「優しく言っているうちに従ったほうが利口というものだ」
 息がかかる。エアリスは嫌悪の表情を隠しもせずに、男の手をぱしりと払った。
 キッと睨む。
「脅しても無駄。どんな目にあっても、わたしはあなたの、神羅の言いなりにはならない」
「勇ましいことだ」
 プレジデントの頬は奇妙に歪んだ。
「だが、お嬢さん? どんな目にあおうとと言ったが、君は本当の拷問を知っているのかね? たとえばムチだ。あれは痛い。身体中が腫れ、皮がむけ、熱が出る。立つことも座ることも、横になることさえ痛くてまともにできなくなる」
「・・・・・・」
「そんな時代的なものが気に召さなければ、電気ショックという手もある。これは・・・そうだな、いっそ殺してくれと誰もが懇願する」
 エアリスの肩がかすかに震えているのに、ツォンだけが気づいた。
 プレジデントは続ける。
「身体の苦痛は、簡単に精神を屈服させるものだ。お嬢さんも、例外ではない」
 エアリスは内心怯えていた。それらが自分の身に起こることを考えると、恐ろしかった。
 その時、ツォンの手がエアリスの肩に触れた。
 プレジデントに従えと促しているのか、それとも全く違う意味かエアリスには分からない。だが、エアリスはそれで我に返った。
 拳を、握りしめる。
「・・・・・・変態」
 エアリスは見下すような目で、プレジデントを見やる。プレジデントの言葉が詰まった。
「サディスト。異常。陰険。悪趣味。下劣」
 次々と並べられる言葉に、プレジデントは口をはさめない。入り口の側にいる警護の兵たちが、耐え切れないように吹き出した。プレジデントの凶悪な睨みに、兵たちは慌てて笑いを押し殺す。
 エアリスの語彙は尽きる事がない。
 プレジデントの顔が、憤怒に赤くなった。
「黙れ!!」
 叩きつけるように叫び、拳を振り上げる。
 エアリスに振り下ろされた拳を、ツォンの手が掴んだ。
「・・・・・・落ち着いて下さい」
 静かなツォンの声に、プレジデントは我に返る。小娘の言葉に逆上するなど、見苦しいことは彼のプライドに反した。舌打ちすると、拳を下ろす。
「・・・まったく、可愛げのない娘だ」
 呆れたように言うが、負け惜しみにしか聞こえなかった。
 その時。
 入り口のある壁が吹き飛んだ。兵たちが悲鳴を上げる。
 激しい爆風に吹き飛ばされる。
 ツォンはとっさに、エアリスを胸の内に抱き込んだ。背中から反対側の壁に強く叩きつけられる。ツォンはそのまま、エアリスの上に覆いかぶさった。
 爆音と振動が続く。電灯が割れ、ガラスが天井から降った。
 ツォンに頭を抱えられたまま、エアリスは身じろぎする。
「ツォ・・・」
「動くな!」
 ツォンの鋭い声に、エアリスの動きは止まった。
 ふいに辺りが静かになる。非常用の明かりがついた。
 ツォンは身を起こした。そして、壁によりかかる。ずきりと、わき腹が痛んだ。どうも骨を折ったようだった。
 エアリスも身を起こすと、ツォンを振り返った。ツォンは乱れた前髪をかきあげ、エアリスの視線に気づいた。
「・・・なんだ?」
「・・・ありがと」
「・・・・・・。ケガはないな」
 ツォンの冷たい声は問いではなく確認に近かった。自分がかばったのである。完璧にガードできたはずだった。
 エアリスはそれにうなずく。
「平気。ツォンは、だいじょぶ?」
「ああ」
 そっけなく言い、そしてツォンの表情はハッと鋭くなった。エアリスは驚いて、ツォンの視線の先を振り返る。
 砂塵が収まった、そこに。
 抜き身の剣を手に下げた男が立っていた。
 そのもう片方の手には、エアリスたちから見てもこと切れていると分かる、プレジデント神羅を引きづっていた。血だらけのプレジデントの死体を、男は無造作に、床に放り投げる。
 男はそして、エアリスたちに顔を上げた。
 冴え凍る月のような、美貌。
「セフィロス!?」
 ツォンとエアリスは同時に叫んだ。
 セフィロスはエアリスを見て、一瞬驚いたように目を見開いた。
「・・・エアリス・・・」
「ほんとに、ほんとにセフィロスなの? 無事だったんだね!」
 エアリスは泣きそうな顔で笑った。母親とともに宝条の元を逃げ出した時以来だ。その後は会った事はなかったが、英雄セフィロスの事は知っていた。・・・彼が死んだと言うことも。
「生きてたのね・・・! 会いたかった」
 エアリスにとって、セフィロスは幼い時に知る数少ない存在だった。
 セフィロスはふっと微笑んだ。
「わたしもだ。・・・会えて嬉しいよ、エアリス」
 エアリスはビクリとする。微笑むセフィロスの瞳に、暗い炎を見つけて。
「この手でお前を殺せる」
 ゾッとするほどの殺気と、そして残酷な愉悦がその声にはあった。
 セフィロスは血だらけの手を、エアリスに差しのべた。
「おいで、エアリス」
「セ、フィロス?」
「わたしの腕に来い。お前は特別に・・・」
 セフィロスは、薄く笑んだ。
「生まれてきた事を後悔するほどに、最上の苦痛とともに殺してやろう」
「セフィロス!」
 エアリスは首を振り、セフィロスに踏み出した。
「どうしちゃったの!?」
「エアリスだめだ!!」
 ツォンが叫ぶ。
 エアリスはためらうようにツォンに首を巡らした。だがその腕を、音もなくエアリスの前に立ったセフィロスが掴む。
 くぐもったような、声にならない悲鳴がエアリスの喉から漏れた。
 背中を、ぞわりとした不快な波が襲う。セフィロスに掴まれた腕から、濃い穢れのような気が拡がる。魂から冷えていくような。がくがくとエアリスの足が震える。力が抜ける。
 倒れこむエアリスを、セフィロスは胸に抱きとめた。
 見た目には、優しくエアリスを抱きしめる。
「・・・い、や・・・」
 エアリスは新鮮な空気を求めるように、空に向かって切れ切れに息を吸う。
 頭の芯が重い。
 痺れるような苦痛。だがそれよりも、自分の身体から魂までが、何か異質なものに浸食されていくような不快感が耐えられなかった。侵されてしまう。何か、恐ろしいモノに。芯から変貌させられてしまう恐怖に、エアリスはあえいだ。
「た、す・・・け、て、ク・・・っ」
 ―クラウド。
「エアリス!」
 ツォンは顔色を失う。セフィロスをギリ、と睨んだ。
「やめろセフィロス!」
「・・・・・・なるほど」
 セフィロスはツォンに目をやった。セフィロスはエアリスの顎をつかむと、ツォンの方に向けさせた。
 エアリスはかすむ瞳で、ツォンを見る。
「・・・・・・お前は相変わらずだな」
 セフィロスはエアリスの耳に囁いた。皮肉のこもったセフィロスの言葉の意味を、エアリスはつかめなかった。
「エアリスをはなせ、セフィロス」
 ツォンは両拳を胸の前で交錯させる。空気を切る音がして、ツォンの拳の握りしめられた人差し指と中指の間に、細長い針が現れた。ツォンの握る指にはさまれた針は、明かりを反射して光る。
 セフィロスは嘲るように目を細めた。
「アスペクト・ニードルか。腕はなまっていないようだな? しかしそれでわたしにかなうとでも?」
「・・・・・・」
 ツォンは軽く肩幅に足を開いた。
 だが、そのツォンの手は止まる。
「エアリス!!」
 崩れた壁を乗り越えて、クラウドたちが現れたのだ。
 エアリスの顔に、たしかに喜色が浮かぶ。
「ク、ラウド・・・っ」
「セフィロス!?」
 クラウドはセフィロスを驚愕の目で見、すぐに彼の腕のエアリスに気づいて声を上げた。
「エアリス! セフィロス、エアリスを放せ!!」
「ふ・・・。何を熱くなっている?」
「うるさい! 彼女をはなせセフィロス!」
 怒りを抑えきれず叫ぶクラウドを、セフィロスは無言で見た。バカな、と思う。クラウドが見ているのはセフィロスではなかった。ただ一心に、エアリスを見ている。クラウドが誰かを愛せるはずがない。
 しかし。
「お前は特別、と言うことか」
 敵のツォンであれ、あのクラウドであれ。
 お前に惹かれずにはいられないと。
 セフィロスの憎しみさえある声に、エアリスは自分を抱く男を見た。
「今は殺さない。もっと良いことを思いついたからね。・・・・・・少しだけ命を伸ばしてやろう」
 セフィロスはまるで愛を囁くように優しく言うと、乱暴にエアリスを放り出した。
 クラウドがエアリスを抱きとめる。
「エアリス!」
「クラウド・・・っ」
「大丈夫か!? ケガは? どこか苦しい所は?」
「うん・・・」
 エアリスはクラウドを見上げ、にこっと微笑んだ。
「だいじょぶ」
「大丈夫って顔色じゃないぞ」
「来てくれて、ありがと」
 エアリスは立ち上がる。まだ足元の頼りない彼女を、クラウドは支えた。そして、少し照れたように言う。
「・・・当たり前だろ」
「クラウド、セフィロスがっ」
 ティファの声に、クラウドは目を戻した。セフィロスはいつの間にか、ガラスが割れ落ちてしまった大きな窓に足をかけていた。
「セフィロス! 逃げる気かっ」
「わたしを追って来るがいい、クラウド」
 そしてセフィロスは、ちらりとツォンに目をやった。
「・・・道化だな、ツォン」
「それは貴様も同じだ」
 冷たく淡々としたツォンのその言葉に、セフィロスは一瞬だけ鼻白み、小さくはき捨てるように言った。
「わたしは違う」
 そして、セフィロスは姿を消した。
 気づいていないだけだ、セフィロス。
 ツォンは小さくそう呟き、抱き合うクラウドとエアリスから目をそらせた。

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